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有給休暇が「本年度付与分」から消化されてしまうのは違法?

労働者が「本年度付与分」の有給休暇と、「前年度からの繰越し分」の有給休暇を持っている場合、どちらから消化されるかは大きな問題となります。

本年度付与分から消化される場合、本年度付与分を全部消化してから繰越し分が消化されることになり、明らかに労働者にとって不利な設定となります。

繰越し分は、繰り越した年を最後に消滅してしまいます(有給休暇の使用期限は法律上2年だから)。つまり、本年度付与分から消化される場合、本年度付与分を全部使いきった後でないと繰り越し分を消化できず、本年度付与分が多くなっているベテラン従業員ほど繰越し分消化が困難となってしまうのです。

この現状を理解したうえで、意図的に「本年度分から消化する」旨の社内規則を定める会社が後を絶ちません。しかし、このような規程を作ることは明確に違法、とはなりません。ではどのように対抗すればいいのでしょうか?

このページで、対抗するための基礎知識と、具体的な対抗法を説明したいと思います。

事例検証~会社は「本年度の付与分から消化」の規則を定めてしまうことができる

ケース事例

 Aさんは前年度に有給休暇を使うことはほとんどできず、11労働日が繰越しとなった。そして今年度分として12労働日が付与されたので、合計で休暇が23労働日となった。Aさんは有給休暇の使用期限が2年だと知り、前年度のように有給休暇を使わないと11労働日の休暇が翌年度になった瞬間に消えてしまうと思い、休暇希望日の一か月前に3日分の有給休暇を申請した。しかし同僚から「この会社(B社)は就業規則によって有給休暇は本年度分から消化されるので、あまり使うと休暇のストックはいつまでたっても増えないよ」と言われた。B社は休暇の取得に際し、手続きが厳格で上司の対応が冷たく取得しづらい環境であり、「本年度分から消化」という取り決めは、B社が有給休暇を極力使わせたくないための対策の一環だとAさんは強く思った。繰越し分がある場合に、本年度分から消化されてしまう取り決めは違法ではないのか?

労働基準法には、どちらから先に消化されるかの明確な定めがない。事前の合意・取り決めに従う。

 労働基準法では、どちらが先に消化されるべきか一切書いてありません。行政通達でも、どちらが先に消化されるかについて触れたものがありません。加えて、裁判例でもそのようなものはほとんどありません。

 よって、就業規則・労働協約・労働契約に繰越し分・本年度付与分のどちらが先に消化されるかついて事前に合意・取り決めがしてあれば、それに従うことが一般的となっています。

 そのような取り決めがされてない場合、民法488条・489条を適用したり(後述)、または取り決めがしてないことによる労使間の争いが発生することもあるため、労務管理の現場では、専門家らが事前の取り決めを使用者らに勧めているのが現状です。よってこれから、就業規則等で明確に「本年度分から消化していく」という定めをした会社が増えていくでしょう。

 事例の会社はまさにそのような会社ですね。よって、このような規程は労働基準法違反とは言えず、我々労働者は従わざる得ないのが現実でしょう。

事前の合意・取り決めが無い場合は、民法の規程を適用して対処している。

 労働法の学者・実務家たちは、労働基準法にどちらから先に消化されるか定められてないため、別の場所に法的な根拠を求める論説を展開しています。この論説で登場するのが民法488条と489条です。この論説の展開は少しわかりにくいので、理解を助けるため、488条を例にとり少し詳しく見ていきましょう。まずは条文をみましょう。

 『債務を弁済しても、すべての債務を消滅させるのに足らない場合は、債務を弁済する者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。』(条文は簡略化してあります)

 一見何を言っているのか分かりにくい表現ですね。この条文のどこが労働法の有給休暇に適用されるのか?そこで、当ページの有給休暇の問題点にあてはめて表現してみましょう。会社が持つ「有給休暇を与える義務」を、「労働者に対して負う債務」としてとらえると、会社は労働者に対して債務者になりますね。そう考えると分かりやすくなります。

       

 『(一定の有給休暇を与えても、労働者に与えるべき有給休暇が全部無くならず、かつ本年度付与分・繰越し分がいまだ残存している場合には、)使用者は、有給休暇を与える時に、本年度付与分から消化していくか繰越し分から消化していくか指定することができる。』

 ・・・・つまりこういうことです。上の事例をもとに説明しましょう。Aさんには23労働日の有給休暇がありますね。Aさんはそこで3労働日の有給休暇を取得しようとしました。その3日分を、繰越し分の11労働日から消化するか、本年度付与分の12労働日から消化するか、(どちらから消化するか事前に定めていない場合は)会社が指定することができる、といっているのです。

 会社側にとっては、本年度分から消化させていった方が有利です。ですから当然、本年度分から消化してもらう、と指定する結果になるのです。

 この考えを頭にいれつつ、民法488条2項を適用する時、民法488条2項但書を適用する時、民法489条2号を適用する時を見てみましょう。

 使用者が指定をしないときは、労働者は繰越し分から消化することを指定できます(民法488条2項)。しかし、その場合であっても、労働者の指定に使用者が遅滞なく異議を述べた時は、結局本年度付与分から消化されることになってしまうのです(民法488条2項但書)。加えて、使用者も労働者も指定しないときは、使用者にとって有利な、本年度分からの消化となります(民法489条2号)。

 民法488条・489条は、そもそも法律上不利な立場に置かれている債務者が、その立場の弱さゆえに必要以上の不利益を受けないように定められたものです。ですから、どの立場をとっても債務者たる会社側に有利に働いてしまうのは致し方ありません。

 でも考えてみて下さい。労使の力関係は、全般的に使用者側が有利であるのは紛れもない現実です。それなのに、488条と489条を用いる必要はあるのでしょうか?

 その点について、「労働法」【弘文堂】の著者たる菅野和夫氏も、本文中で「・・・必然性はない」と言及しています。我々は、「本年度付与分から消化」の規程が、明らかに労働者に有給休暇をなるべく使わせないための方便とされている場合には、しかるべき対処法で闘うべきでしょう。その対処法を、以下で説明していきたいと思います。

各ケースにおける対策

 会社の労務管理の方針に対抗する性質の戦いであるため、個人の力だけで戦おうとするのは大変危険です。

 これらの事件は各事件ごとの細かな事情により、判断が分かれる性質を持ちます。判断は複雑であり、労働基準監督署などの行政機関による指導や勧告・刑事処分などが行われる事件ではありません。不満がある場合、各労働者が民事裁判に提訴し、司法判断を仰いでもらったうえで解決される性質も持つ事件です。監督署に出向いて相談しても、そのようなことを言われ、行動してくれることはまずありません。

 戦いは長期化し、その間の精神的なプレッシャーも激しく、会社内で孤立し嫌がらせを受ける可能性も高くなります。

 就業規則で新たに「本年度付与分から消化する」と定められたことで労働者の受ける不利益の程度が著しく増すならば、これは就業規則の不利益変更の問題です。信頼できる同僚を募って組合を結成し一斉に立ち上がるのが最善の対応策となります。就業規則の不利益変更の問題は、簡単に白黒が判明する単純な争いではないため、力を合わせ腰を据えて戦う必要があるからです。

 もし組合結成が現実的でなければ、外部労働組合に加入し、社内での我が身を守りつつ戦うべきでしょう。しっかりとした外部労組に加入すれば、会社の嫌がらせ等に対して、意外と大きな抑止力を持つことができます。

就業規則で、「本年度分から消化」と定められている場合

まずは現実的な戦略で、有給休暇そのものを取得しやすい環境を作る。

 就業規則で「本年度分から消化」していくことを定めている会社は、民法488条1項を前掲の通り利用・応用しているのだと思います。ですから、我々労働者が団結して交渉しようが団体行動をしようが、労基法とこの民法の規程を根拠に拒否されるのは目に見えています。法的な根拠を得ているとして自信にあふれ、かつ開き直っている会社を相手に交渉するのは、非常に困難です。

 この場合はもっと現実的な解決策から取り組んでいくと良いのではないでしょうか?そもそもの原因を探りましょう。有給休暇の取得が難しいから、毎年まるまる繰り越し分が消滅していくのです。であるならば、本年度分を容易に消化し尽くすことができるような休暇取得事情がはぐくまれれば、繰越し分が時効で消滅してしまうのを最小限に食い止められるのではないでしょうか?

 つまり、「本年度分から消化」という定めを改められるか否か、で目的が達成されるか否かの行方をゆだねてしまう二分法的な考え方ではなく、多くの可能性・解決手段を見い出し、そのひとつひとつを検証し実行することで目的に近づくアプローチも、頭に入れておいて欲しいのです。

 具体的には、取得の際の申請期限の制限が厳しすぎたり上司の対応が取得請求に際してことさらに冷酷で、その結果休暇の取得率が低いと考えられるならば、この二つの阻害要件を除去・改善することで、より最終目的に近い結果(休暇が取得しやすくなり、時効消滅の日数も減少する)に近づくように前進するのです。「本年度分から消化」規程そのものを問題にするよりも、休暇取得の妨げとなっている上司らの態度や取得手続きを問題にし、これらを労基法の趣旨に反するものとして堂々と問題視し、改善を目指して交渉するのです。

 この間接的なアプローチであれば、会社側は真摯に話し合いのテーブルに着かざるえません。常に、会社側にこちらと交渉しなければいけない法上の義務的状況を作り出すよう、頭を働かせるのです。

「本年度付与分から消化」の規程の改善を交渉するには、社内での組合の基盤が固まり、影響力が大きくなってからにする。

 現実的な戦略で、取得率の向上を図ったとしても、規程のため時効消滅がどうしても多くなる場合は、やはり規程そのものを改善するよう働きかけていくしかありません。

 しかし組合の基盤が固まってないうちから、会社の労務管理に口出しをするのは得策ではありません。今まで起きなかった組合つぶしなども起きる可能性があります。規程の改善を要求するためにまずすべきことは、強固な基盤づくりです。これをしておくと、有給休暇以外の事案でも当然役立ちます。これを機に本格的に取り組みましょう。

 基盤強化の具体的な策としては、信頼できる外部労働組合に組合ごと加入して、その支部になる、という策が考えられます。

 基盤強化は、何も組合員を増やすだけで実現されるのではありません。組合自体の戦闘力の強化(紛争経験豊富な外部労組のノウハウを仕入れること・ネットワークを広げること等)をするだけでも効果的に強化されます。外部労組の支部になることは、戦闘力の強化に非常に有効な選択となるでしょう。社内で組合への加入の勧誘を伴わない労働相談を常時行うことも、間接的ですが基盤強化につながります。

 基盤強化がなされれば、影響力は自然と大きくなり、会社は組合の要求する提案を全く無視することはできなくなります。そのような状況が整った後でなければ、法違反を伴わない不利益な取り決めを題材に交渉することに、大きな成果は期待できません。

就業規則に何も定められてない状態で、新たに就業規則に「本年度分から消化」の定めをした場合

 この事例は、「就業規則の不利益変更」の問題として戦います。就業規則の不利益変更における対応方法は、以下の2ページで詳しく述べています。

※就業規則の不利益変更に対抗するための知識については、◇就業規則の変更によって労働条件を切り下げられた場合の対処法(1)~基礎知識編を参照。

※就業規則の不利益変更と実際に戦う場合は、◇就業規則の変更によって労働条件を切り下げられた場合の対処法(2)~実戦編を参照。

 ここでは、就業規則が「本年度分から消化する」と変更された場合に特化して、具体的な戦い方の過程を説明していきましょう。

 就業規則の不利益変更の戦いは、おおまかに以下の流れに沿って行われます。

 不利益変更であるから無効だと解決機関に思わせるような複数の事実を挙げ、そしてそれらの事実を証明し、その結果「今回の会社の行った就業規則の変更は、不当な不利益変更である」という結論を導き出します。そして不利益変更は無効である、という労働法上の大前提に当てはめ、結果「今回の会社の行った就業規則の不利益変更は無効だった」と労使の話し合いの場もしくは紛争解決機関で主張、その主張・言い分を解決機関が審理し、判断し、もしくは和解するのです。

 就業規則の変更が不利益であると判断させるためには、我々は以下の5つのポイントを検証して主張・反論をできるようにしておき、会社との話し合いに臨む必要があります。

不利益変更の有無・程度を調査する

 会社が新たに「本年度分から消化」の定めをした場合、まずは現状分析と改定されることによって新たに起こりうる不利益を予測します。

 司法機関等に就業規則の不利益変更を無効と判断させるためには、変更によって不利益の度合いが著しく増すことが客観的に見て明らかだと示すことが必要となります。変更によって有給休暇の時効消滅数がどのくらい増えるかを、各従業員の今までの取得状況を参考にして検証してみるといいでしょう。

不利益変更の必要性を検証

 変更の必要性は、直接会社の交渉担当者に質問してみましょう。お茶を濁すような回答をしたら、「なぜ今回の改定が必要であったのか」について会社が考える動機を何度も質問します。

 実際のところ司法機関における判断の場では、この「必要性」はクリアされやすい項目となっています。例えば、「経営の立て直しを図るうえで行わざる得なかった」と会社側が答えれば、そのまま必要性ありとして認められる、といった具合です。

 しかし労働条件における重要事項の変更(賃金の減額・退職金額の変更・労働時間の変更など)には、高度の必要性が求められます。年次有給休暇の消化順序の変更は、果たして重要事項と言えるか意見の分かれるところですが、消化順序を変更することが休暇取得の抑制策であるだけならば、「消化順序」が重要事項か否かは問題ではありません。必要に迫られて変更したのではなく、休暇取得の抑制を意図して変更したであろう点を主張すればよいでしょう。

変更内容の相当性を検証

 この「相当性」についても、裁判の場ではそれほど重要な判断要素となりえません。法の趣旨・世間一般の常識・同じ職種との比較で判断されることが多く行われています。

 消化順序を変更することの真の意図を話し合いの中であぶり出し、その意図が有給休暇を与えることの法の趣旨に反するものであったならば、それは相当性のない変更だと言えるでしょう。

 そして、消化順序を変更することが、会社の現状の問題点を解決する上でどれほど必要なのか?そしてその必要性は、労働者に「変更による不利益」を強いてまでもすべきことなのか?という視点で相当性を考えます。

 繰り返しますが、消化順序の変更に対して会社の説明する必要性の内容が信頼できなく、かつ有給休暇消化抑制のための方便であるならば、それは相当性があるとは言えません。

代償措置が行われたかを検証

 消化順序の変更によって、労働者に「時効消滅してしまう休暇日数が増えてしまう」等の不利益が発生する場合、それを補うための代償措置が取られていると全体としての不利益性が緩和され、変更に合理性があり、と判断されることにつながります。

 消化順序の変更に際して、有給休暇を容易に取得できるような環境づくりを同時に行っていれば、それは「代償措置を行った」と認められるでしょう。例えば、「本年度付与分から消化」規程の新設と同時に休暇取得申請期限の制限を廃止し、「当日取得も認める」というような管理方針に変更していく、などです。

 従来のまま有給休暇の取得がしにくい状態で新たに消化順序規程の新設をするのであれば、それによって各労働者の有給休暇が時効消滅する分が増えるだけであり、不利益性が労働者に一方的に増えることになります。ですから、何らかの代償措置が全く行われなかった場合には、変更や規程の新設で増えた不利益をより具体的に示して、変更の不利益性を強く主張しましょう。

就業規則の変更手続きが適切に行われ、かつ適切に周知されているか検証

 就業規則の改定に際して、会社が従業員代表や労働組合の意見を聴取したかについて確認します。

 常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して労働基準監督署に届けなければなりません。就業規則を変更する場合には、「労働者の過半数を代表する者」または「労働者の過半数が加入する労働組合」の意見を聴き、その意見を記した書面を労基署に届け出る際に添付しなければなりません。

 そして、就業規則は、変更箇所を示してしっかりと周知されなければなりません。もともと、就業規則には周知義務があり、周知のされてない就業規則の効力を最高裁は否定しています【最判・平成15・10・10】。上司や経営陣の机の上に就業規則が保管されてるだけでは、周知されているとは言えません。

 もっとも、就業規則の不利益変更が無効か否かの判断に際しては、聴取と周知手続きがされてないからといって、ただちに無効判断へとつながるわけではありません。上で挙げた他の4つのポイントも併せて総合的に判断されることになります。しかし変更手続き・周知状況の適切さは、他の要素に比べて重視される傾向にあるので、あなたの紛争において会社がそれらを怠っている場合は、見逃さずに現状をしっかりと証明していきましょう。

 変更手続きの過程を時系列で整理し、周知状況の現状を調査し、その現状を具体的に証する資料を集めておきましょう。