決定版「会社が『本年度付与分』から消化される規則が設定できる理由」
本年度分と昨年度分の両方がある場合、どちらから消化されるか労働基準法に具体的な記述がありません。よって本年度分と昨年度分どちらから消化されるかは、民法488条に基づき、会社と労働者の事前の合意・取り決め従う、とされているのです。
そこで会社は就業規則においてこのことを事前に盛り込み、労働者と労働契約時に、その点が記載されてい就業規則を示して労働契約を結びます。いざという時、そのことをもって「合意があった」と主張するのです。
この理由説明については、ストーリーを用いて説明していきましょう。
- ケース事例
- 労働基準法には、どちらから先に消化されるかの明確な定めがない。事前の合意・取り決めに従う。
- 事前の合意・取り決めが無い場合は、民法の規程(488条1項・488条2項)を適用して対処している。
- 補足:(裁判例に対する学説の意見)会社を「立場の不利な者」とする前提に学説側は疑問を呈している
ケース事例
Aさんは前年度に有給休暇を使うことはほとんどできず、11労働日が繰越しとなった。そして今年度分として12労働日が付与されたので、合計で休暇が23労働日となった。Aさんは有給休暇の使用期限が2年だと知り、前年度のように有給休暇を使わないと11労働日の休暇が翌年度になった瞬間に消えてしまうと思い、休暇希望日の一か月前に3日分の有給休暇を申請した。
しかし同僚から「この会社(B社)は就業規則によって有給休暇は本年度分から消化されるので、あまり使うと休暇のストックはいつまでたっても増えないよ」と言われた。
B社は休暇の取得に際し、手続きが厳格で上司の対応が冷たく取得しづらい環境であり、「本年度分から消化」という取り決めは、B社が有給休暇を極力使わせたくないための対策の一環だとAさんは強く思った。繰越し分がある場合に、本年度分から消化されてしまう取り決めは違法ではないのか?
労働基準法には、どちらから先に消化されるかの明確な定めがない。事前の合意・取り決めに従う。
労働基準法では、どちらが先に消化されるべきか一切書いてありません。行政通達でも、どちらが先に消化されるかについて触れたものがありません。加えて、裁判例でもそのようなものはほとんどありません。
よって、就業規則・労働協約・労働契約に繰越し分・本年度付与分のどちらが先に消化されるかついて事前に合意・取り決めがしてあれば、それに従うことが一般的となっています。
そのような取り決めがされてない場合、民法488条・489条を適用したり(後述)、または取り決めがしてないことによる労使間の争いが発生することもあるため、労務管理の現場では、専門家らが事前の取り決めを使用者らに勧めているのが現状です。よってこれから、就業規則等で明確に「本年度分から消化していく」という定めをした会社が増えていくでしょう。
事例の会社はまさにそのような会社ですね。よって、このような規程は労働基準法違反とは言えず、我々労働者は従わざる得ないのが現実でしょう。
事前の合意・取り決めが無い場合は、民法の規程(488条1項・488条2項)を適用して対処している。
労働法の学者・実務家たちは、労働基準法にどちらから先に消化されるか定められてないため、別の場所に法的な根拠を求める論説を展開しています。この論説で登場するのが民法488条です。まずは条文をみましょう。
(第488条 弁済の充当の指定)
- 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付がすべての債務を消滅させるのに足りないときは、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。
- 2 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。
(第489条 法定充当)
- 弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも前条の規定による弁済の充当の指定をしないときは、次の各号の定めるところに従い、その弁済を充当する。
- 一 債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する。
- 二 すべての債務が弁済期にあるとき、又は弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する。
- 三 債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの又は先に到来すべきものに先に充当する。
・・・・・一見何を言っているのか分かりにくい表現ですね。この条文のどこが労働法の有給休暇に適用されるのか?そこで、当ページの有給休暇の問題点にあてはめて表現してみましょう。
会社が持つ「有給休暇を与える義務」を、「労働者に対して負う債務」としてとらえると、会社は労働者に対して債務者になります。そのように当てはめて、以下で説明していきましょう。
会社を、債務者(有給休暇を与えなければならない不利な立場の者)として考えたうえで、条文を言い換えて説明
「弁済(べんさい)」とは、分かりやすく言えば、負っている借金や債務を、返済することです。借りていたお金を返したり、与えるべき権利を権利を主張する者に与える行為、が該当します。
ここでは、会社が労働者に対して「請求された有給休暇を与える債務(負債)」を負っている、と考えるので、会社が債務者、労働者が債権者となるのです。
つまり「会社=債務者=弁済をする者」であり、「労働者=債権者=弁済を受領する者」となりますので、その都度言い換えて読むと分かりやすいでしょう。
(言い換えの「第488条」 消滅期限の違う有給休暇分が複数ある場合、どちらから与えるのかの指定)
「会社が同一の労働者に対して有給休暇を与える義務が生じた際(労働者が請求した場合)に、消滅する時期の違う有給休暇分が2種類存在する場合、与える有給休暇日数分で片方の消滅期限分の有給休暇日数をすべて消滅させるのに足りない時は、会社は、有給休暇を与える時に、与える有給休暇分が、消滅する期限が先に来る有給休暇分であるか、消滅する期限が後に来る有給休暇分であるかを、指定することができる。」
・・・・つまりこういうことです。上の事例をもとに説明しましょう。Aさんには23労働日の有給休暇がありますね。Aさんはそこで3労働日の有給休暇を取得しようとしました。その3日分を、繰越し分の11労働日から消化するか、本年度付与分の12労働日から消化するか、(どちらから消化するか事前に定めていない場合は)会社が指定することができる、といっているのです。
会社側にとっては、本年度分から消化させていった方が有利です。ですから当然、本年度分から消化してもらう、と指定する結果になるのです。
(言い換えの「第488条 2項」 労働者の指定に対する会社側の異議)
「2 会社が前項の規定による指定をしないときは、労働者は、有給休暇を付与される時に、先に消滅する有給休暇から消化するか後に消滅する分から消化するかを指定することができる。ただし、会社が、労働者が指定し消化する順序についてただちに異議を述べたときは、そうならない。」
補足:(裁判例に対する学説の意見)会社を「立場の不利な者」とする前提に学説側は疑問を呈している
この考えを頭にいれつつ、民法488条2項を適用する時、民法488条2項ただし書を適用する時、民法488条4項2号を適用する時の3つを見てみましょう。
使用者が指定をしないときは、労働者は繰越し分から消化することを指定できます(民法488条2項)。しかし、その場合であっても、労働者の指定に使用者が遅滞なく異議を述べた時は、結局本年度付与分から消化されることになってしまうのです(民法488条2項ただし書)。加えて、使用者も労働者も指定しないときは、使用者にとって有利な、本年度分からの消化となります(民法488条4項2号)。
民法488条2項・488条2項ただし書・488条4項2号条は、そもそも法律上不利な立場に置かれている債務者が、その立場の弱さゆえに必要以上の不利益を受けないように定められたものです。ですから、どの立場をとっても債務者たる会社側に有利に働いてしまうのは致し方ありません。
でも考えてみて下さい。労使の力関係は、全般的に使用者側が有利であるのは紛れもない現実です。それなのに、488条と489条を用いる必要はあるのでしょうか?
その点について、「労働法」【弘文堂】の著者たる菅野和夫氏も、本文中で「(488条と489条を)必然性はない」と言及しています。我々は、「本年度付与分から消化」の規程が、明らかに労働者に有給休暇をなるべく使わせないための方便とされている場合には、しかるべき対処法で闘うべきでしょう。その対処法を、以下で説明していきたいと思います。
「本年度付与分」から消化される規程がある場合の対策~退職時消化編
どのような流れで、「本年度分から消化」規程下でのフルマックス消化を実現するか~全体像
退職時に消化する際の手順を具体的に示します。手順は以下の通り。見て分かる通り、労働組合などは一切使いません。
誰でも気軽に利用できる、労働基準監督署内の「総合労働相談所」で相談をし、相談した事実を示して会社に心理的揺さぶりをかけます。会社が反論してきた後に再度請求する際も、会社に直接口頭でいうのが嫌であれば、内容証明郵便などを使って請求しても構いません。その書き方についても示します。
- 手順1:規程が存在しない場合における保有日数を確認する(一人でできます)
- 手順2:労働基準監督署の総合労働相談所へ行き、相談。
- 手順3:退職日の設定。保有日数分さかのぼった日から休みに入る。
- 手順4:会社からの反論に、相談所の見解を示しつつ、再度請求する。
- 手順5:支払状況を確認し、請求継続かどうかを決める
『本年度付与分から消化規程』が違法でない以上、規程がある状況下では請求しても規程がない場合分の日数がもらえないこともあります。しかしブラックな会社であればあるほど、潜在的に臨検を恐れているため監督署での相談事実が気になり、結果としてこちらの請求分通り払われる可能性もあるのです。
.よって一応請求して見て「こちらの請求どおりもらえたら儲けもの」と肩の力を抜いて請求してみましょう。
「大江さんが会社との円満退社などにこだわらない場合に行うことは、『本年度分から消化』規程がない場合で、算出した日数を構わず請求することです。」
「そんなことしたって、無理でしょ。何か策はあるの?」
「策はあります。意外と盲点はあるんですよ。成功するか否かは保証できないのですが。もし会社に、就業規則に関する欠点・・・終業規則を誰でも見える場所に掲示していない、あと・・・有給休暇取得について、取得妨げの仕組みがあった、などの事情があるならば、付け入る隙はありますよ。」
「それって、労働組合を使ってする方法でしょ?普通の人では敷居が高いと思うわ」
「この策、労働組合は一切使いませんので安心してください。請求手順の流れは次の通りですよ。」
- 手順1:規程が存在しない場合における保有日数を確認する(一人でできます)
- 手順2:労働基準監督署の総合労働相談所へ行き、相談。
- 手順3:退職日の設定。保有日数分さかのぼった日から休みに入る。
- 手順4:会社からの反論に、相談所の見解を示しつつ、再度請求する。
- 手順5:支払状況を確認し、請求継続かどうかを決める
「確かに組合、使ってないわね。ただ・・・監督署なんて、動かないでしょ?現実的じゃないんじゃない?動いてくれなかったら、それで終わりでしょ?」
「監督署は、相談所を使うだけです。『監督署の考えでは・・』とほのめかして、会社に揺さぶりをかける、それだけです」
「なるほど・・・」
「この対策ならば、最低『本年度分から消化』規程が適用された場合分の有給休暇分は消化できます。ただしそれは、その会社にやましいところがない場合。」
「?」
「就業規則について、周知していない、作成や改訂について、適切な、法律にのっとった手続きを経てない、有給休暇を取らせない・・・散々やりたい放題だった会社は、監督署ですべてについて相談したことを会社にお伝えするため、不安になり、監督署立ち入り時にいいのがれをするため、請求分をそのまま払う可能性があります。」
「それが『心理的な揺さぶり』なのね。」
「このような質の低い会社は、『監督署は動かない。やれるものならやってみろ』と強気の発言をするでしょうが、潜在的に申告後の臨検を恐れているのです。申告したからといって必ずしも臨検がされるわけではありません。しかし可能性は生じます。そして臨検された時、本件以外の様々な違法行為まで、芋づる式で明るみになるのを恐れているのです。だから、無意識に気を遣って?でしょうか、労働者が請求した分まで払って、申告されるのをやめてもらおうと『いい格好』をするのですね。」
「そんなに上手くいくかしら。」
「わかりません。そもそも規程がある以上、規程があるがゆえに消滅した分について、会社は払う必要がないのですから。しかし、払わせるためにわずかばかり確率を高める方法はあります。すべきことはとりあえずやっておく、という考えです。」
「どんな方法?」
「それは、『申告するぞ』とかの脅し文句を言わず、ただ、監督署に相談した事実と、そこで得た所見、得た所見を元にした日数分を淡々と請求し・・・ここが重要なのですが、会社の問いかけには一切答えないことです。相手を攻撃するような発言などは、決してしません。淡々と・・・が重要なのです。そうすると、会社は何を考えているか分からない不気味さから、折れることがあります。」
「ふーん、やり口は組合っぽいけど、確かに組合は使ってないわね。」
手順1:規程が存在しない場合における保有日数を確認する(一人でできます)
「まず、大江さんが現在持っている有給休暇の日数をハッキリさせましょう。この会社の規程とか関係なく、労働基準法によって権利を保障されている日数分です。ここがかなり重要です。大江さんは、いつこの会社に採用されたんですか?」
「4年前の4月よ。でも本採用されたのは、7月1日づけだったけどね。」
「大江さんの場合のように試用期間がある人でも、有給休暇の保有日数の起算日は、4月1日です。それで計算すると・・・去年の10月には14日付与されてますね。今年の10月には、16日来ます。・・・今年度(昨年の10月1日から今日まで)、何日有給使ったか、わかりますか?」
「今年は旅行で5日しか使ってないわよ、だって一週間前までなんて、分からないから。あと・・・昨年度(おととしの10月1日から昨年の10月1日の間)だって、2日しか使ってないわ。びっくりしたでしょ。」
「そうですね、大江さんですら取れてないとは・・・。『本年度分から消化』規程がある場合とない場合で、今年の10月1日、どうなるか計算してみます。」
「・・・・・・」
「『本年度分から消化』規程がある場合は、今年の10月1日には・・・9日+16日=25日 となります。ない場合は、今年の10月1日には、14日+16日=30日 となります。つまり、一年の間に有給休暇をたくさん使う人ほど、規程の有る無しで、今年の10月1日には差が出てくるんですね。
会社は、有給休暇をたくさん使う人向け対策として、このようなセコい手段で、なるべく有給休暇をたくさん持たせないようにするんです。退職時の消化については、現在はネットによる消化方法の普及で防ぐことが難しくなったため、あらかじめ日数を持たせないようにするんですよ。」
「5日も違うなんて・・・・取らせないうえに、そんな対策までするなんて。さすが悪名高いエイコーツールだわ、っほんと嫌!」
「近年では、経営コンサルタント会社や社会保険労務士事務所らが、経営者の味方・・・などといって、そのような会社にとってのメリット的なアドバイスをするのを売りにしているようです。彼らは色んなことを言って労働者からの批判をかわしますが、やっていることはしょせん、使用者への味方、強者への手助けですね。」
手順2:労働基準監督署の総合労働相談所へ行き、相談
「次は監督署へ行きます。会社の所在地を管轄する監督署へ必ず行きます。動いてくれることを期待・・・というよりも、管轄監督署の名前を出して会社に請求した方が、効果があるからです。正直、それだけですね」
「世良美さんは、ほんと監督署に期待してないわね。相談、といっても、一応監督官の耳には入れるのだから、それなりに何かあるんじゃないの?」
「監督署の窓口にある総合労働相談所に座っているのは、監督官じゃありませんよ。外注委託の部外者です。かといって弁護士でもありません。元人事担当者や、社会保険労務士が多いですね。」
「えっ、そうなの?」
「そうなんです。だから、相談したからといって、監督署がそれだけで動いてくれることはありません。私の経験でも、一度も無かったですね。『申告』という手続を経て、やっと(監督官から会社への)お伺いが入った程度です。会社に後で嫌がらせされて、かえって大変な目に遭いましたね。」
「想像以上にがっかりね。だったら、安易に申告なんてできないわ。それこそ、辞める予定でもなければ・・・・」
「労働基準法には、申告したことに対する嫌がらせ行為を禁じていますが、ただ禁じていて罰則を定めているだけです。会社も悪賢くて、証拠に残りにくいような嫌がらせ、例えば無視するとか、仕事をさせないとか・・・そんなことをして追い詰めてきますからね。それも経営コンサルタント族らの入れ知恵ですね。」
「じゃあ、相談なんて、あまり意味ないんじゃない?」
「相談内容によって、意味のあるものにします。聞く内容は、本ケースで言ったら、(1)自身の有給休暇保有日数・(2)有給休暇を取ることを妨害するような行為があるならそれを全部話してアドバイスを聴く、最後に・・・(3)露骨な嫌がらせをされた際における『申告』の手続きの順序、です。最後の(3)が一番重要です。
申告の手続きを、何かしらの問題行為があった後で手続を進める準備として監督署で教えてもらった事実を、淡々とした文言で請求書の内容に加えたいのです。
先ほども言いましたが、淡々と手続きを進めていく姿勢を示すことの一貫で行うのですね。これは確実に脅威になります。ブラック企業であればあるほど文言内容に過剰に反応しますが、より一層文言内容に恐れるのもブラック企業なんです。」
「さすが歴戦の・・・・。美都子が言ってた通りね。社長や専務が嫌うわけだ・・・」
「高樹さんは、なにか勘違いされてるかも・・・。でも、経営陣に嫌われるのは光栄ですね。」
手順3:退職日の設定。保有日数分さかのぼった日から休みに入る。
「『本年度分から消化』規程がない場合である「30日」を前提に、退職日を設定し、そこからさかのぼって有給休暇消化開始日を決めます。この場合、歴日数でさかのぼるのではなく会社稼働日でさかのぼります。土日祝日が休みの会社ならば、土日祝日を省きつつさかのぼっていきます。」
「『有給休暇30日は全部使う。明日から休みに入る。そして退職する。』でもいい、と聞いたことがあるけど、どうなの?」
「その方法でも構いませんよ。引継ぎのこととかで、会社に文句を言われる可能性は高くなりますが、引継ぎについては、義務でもなんでもないですから。インターネットには、引継ぎをすることが義務みたいなことを書いているホームページやブログが多いですが、義務なんてありません。あと・・・マナーとかで責められるなんて問題外ですね。従業員がいなくなって困るケースがあるならば、代替要員を育てておかなかった会社に責任があるのですから。」
「てことは、最初に退職日を設定することは、引継ぎとかのトラブルを最小限にする、という目的のためなんだね。」
「さすが大江さん。そうなんですよ。退職日を設定する、ということは、事前に退職を告げることを意味しているため、『退職する際は○○日前に告げること』という社内規程もクリアします。あと、引継ぎ云々で反論も出来なくなるでしょうね。事前に伝えてあるので、補充要員の募集をかけることもできます。現在はインターネットで従業員募集を速攻で実行可能なので、ますます言いにくい時代です。」
「私の友達で、退職代行サービスを使って辞めた人もいるわ。その場合でも消化はできる?」
「退職代行サービスの利用も、一つの手ですね。ただ、お金がかかることが問題ですが。代行サービス利用の際は、30日有給休暇があることを業者に示し、それで手続きをしてもらい、給料を確認。恐らく規程がある場合の25日分しか払われてないでしょうから、そこで未払賃金として督促します。実はこれ、消化するに当たっての大きな力になるんですよ。」
「大きな力?」
「そうです。実は、会社が怖くて、有給休暇消化の意思を伝えることができない労働者もたくさんいるんです。もしくは・・・勇気出して言っても、脅されて取り下げられる最低な対応をされることもあるんです。有給休暇は、どんな形であれ、労働者が会社に請求した時点で、法律上当然に支払義務が生じます。しかし裏を返せば・・・請求しなければ、30日分どころか、規程が適用された場合の25日分すらもらうことができません。日頃有給休暇を取りにくい環境を作って、有給消化の請求すらさせない悪徳会社もありますから、代行サービスはそんな時強い味方になってくれるでしょう。」
「わたしなら構わず言ってやるけど・・・確かに日頃言えなさそうな人もいるわね。」
「皆が大江さんみたいに豪傑ならいいですが、現実はそうではないですからね。代行サービスを利用する際は、最初に退職日を会社とともに設定し、その後、サービス業者に退職予定日と有給休暇の保有日数を伝えて、手続をしてもらいます。そして給料日に日数分が入っているかを確認。もし払われてない場合は、未払賃金請求という、労働者にとって一番強気に出ることができる反撃方法で行動することになります。」
【労働組合関係者向け】労働組合関係者向けの「本年度分から消化」規程対策
ここでは、「本年度分から消化」規程に対抗する労働組合関係者向けの内容となります。 規程が存在し、もしくは新たに規程が設置された場合、個人だけで対抗するのは無理があります。しかし会社のいいなりでない労働組合がある場合は、その規程自体と戦う事も可能です。就業規則で、「本年度分から消化」と定められている場合
まずは現実的な戦略で、有給休暇そのものを取得しやすい環境を作る
就業規則で「本年度分から消化」していくことを定めている会社は、民法488条1項を前掲の通り利用・応用しているのだと思います。ですから、我々労働者が団結して交渉しようが団体行動をしようが、労基法とこの民法の規程を根拠に拒否されるのは目に見えています。法的な根拠を得ているとして自信にあふれ、かつ開き直っている会社を相手に交渉するのは、非常に困難です。
この場合はもっと現実的な解決策から取り組んでいくと良いのではないでしょうか?そもそもの原因を探りましょう。有給休暇の取得が難しいから、毎年まるまる繰り越し分が消滅していくのです。であるならば、本年度分を容易に消化し尽くすことができるような休暇取得事情がはぐくまれれば、繰越し分が時効で消滅してしまうのを最小限に食い止められるのではないでしょうか?
つまり、「本年度分から消化」という定めを改められるか否か、で目的が達成されるか否かの行方をゆだねてしまう二分法的な考え方ではなく、多くの可能性・解決手段を見い出し、そのひとつひとつを検証し実行することで目的に近づくアプローチも、頭に入れておいて欲しいのです。
具体的には、取得の際の申請期限の制限が厳しすぎたり上司の対応が取得請求に際してことさらに冷酷で、その結果休暇の取得率が低いと考えられるならば、この二つの阻害要件を除去・改善することで、より最終目的に近い結果(休暇が取得しやすくなり、時効消滅の日数も減少する)に近づくように前進するのです。「本年度分から消化」規程そのものを問題にするよりも、休暇取得の妨げとなっている上司らの態度や取得手続きを問題にし、これらを労基法の趣旨に反するものとして堂々と問題視し、改善を目指して交渉するのです。
この間接的なアプローチであれば、会社側は真摯に話し合いのテーブルに着かざるえません。常に、会社側にこちらと交渉しなければいけない法上の義務的状況を作り出すよう、頭を働かせるのです。
「本年度付与分から消化」の規程の改善を交渉するには、社内での組合の基盤が固まり、影響力が大きくなってからにする
現実的な戦略で、取得率の向上を図ったとしても、規程のため時効消滅がどうしても多くなる場合は、やはり規程そのものを改善するよう働きかけていくしかありません。
しかし組合の基盤が固まってないうちから、会社の労務管理に口出しをするのは得策ではありません。今まで起きなかった組合つぶしなども起きる可能性があります。規程の改善を要求するためにまずすべきことは、強固な基盤づくりです。これをしておくと、有給休暇以外の事案でも当然役立ちます。これを機に本格的に取り組みましょう。
基盤強化の具体的な策としては、信頼できる外部労働組合に組合ごと加入して、その支部になる、という策が考えられます。
基盤強化は、何も組合員を増やすだけで実現されるのではありません。組合自体の戦闘力の強化(紛争経験豊富な外部労組のノウハウを仕入れること・ネットワークを広げること等)をするだけでも効果的に強化されます。外部労組の支部になることは、戦闘力の強化に非常に有効な選択となるでしょう。社内で組合への加入の勧誘を伴わない労働相談を常時行うことも、間接的ですが基盤強化につながります。
基盤強化がなされれば、影響力は自然と大きくなり、会社は組合の要求する提案を全く無視することはできなくなります。そのような状況が整った後でなければ、法違反を伴わない不利益な取り決めを題材に交渉することに、大きな成果は期待できません。
就業規則に何も定められてない状態で、新たに就業規則に「本年度分から消化」の定めをした場合
この事例は、「就業規則の不利益変更」の問題として戦います。就業規則の不利益変更における対応方法は、以下の2ページで詳しく述べています。
※就業規則の不利益変更に対抗するための知識については、◇就業規則の変更によって労働条件を切り下げられた場合の対処法(1)~基礎知識編を参照。
※就業規則の不利益変更と実際に戦う場合は、◇就業規則の変更によって労働条件を切り下げられた場合の対処法(2)~実戦編を参照。
ここでは、就業規則が「本年度分から消化する」と変更された場合に特化して、具体的な戦い方の過程を説明していきましょう。
就業規則の不利益変更の戦いは、おおまかに以下の流れに沿って行われます。
不利益変更であるから無効だと解決機関に思わせるような複数の事実を挙げ、そしてそれらの事実を証明し、その結果「今回の会社の行った就業規則の変更は、不当な不利益変更である」という結論を導き出します。そして不利益変更は無効である、という労働法上の大前提に当てはめ、結果「今回の会社の行った就業規則の不利益変更は無効だった」と労使の話し合いの場もしくは紛争解決機関で主張、その主張・言い分を解決機関が審理し、判断し、もしくは和解するのです。
就業規則の変更が不利益であると判断させるためには、我々は以下の5つのポイントを検証して主張・反論をできるようにしておき、会社との話し合いに臨む必要があります。
不利益変更の有無・程度を調査する
会社が新たに「本年度分から消化」の定めをした場合、まずは現状分析と改定されることによって新たに起こりうる不利益を予測します。
司法機関等に就業規則の不利益変更を無効と判断させるためには、変更によって不利益の度合いが著しく増すことが客観的に見て明らかだと示すことが必要となります。変更によって有給休暇の時効消滅数がどのくらい増えるかを、各従業員の今までの取得状況を参考にして検証してみるといいでしょう。
不利益変更の必要性を検証
変更の必要性は、直接会社の交渉担当者に質問してみましょう。お茶を濁すような回答をしたら、「なぜ今回の改定が必要であったのか」について会社が考える動機を何度も質問します。
実際のところ司法機関における判断の場では、この「必要性」はクリアされやすい項目となっています。例えば、「経営の立て直しを図るうえで行わざる得なかった」と会社側が答えれば、そのまま必要性ありとして認められる、といった具合です。
しかし労働条件における重要事項の変更(賃金の減額・退職金額の変更・労働時間の変更など)には、高度の必要性が求められます。年次有給休暇の消化順序の変更は、果たして重要事項と言えるか意見の分かれるところですが、消化順序を変更することが休暇取得の抑制策であるだけならば、「消化順序」が重要事項か否かは問題ではありません。必要に迫られて変更したのではなく、休暇取得の抑制を意図して変更したであろう点を主張すればよいでしょう。
変更内容の相当性を検証
この「相当性」についても、裁判の場ではそれほど重要な判断要素となりえません。法の趣旨・世間一般の常識・同じ職種との比較で判断されることが多く行われています。
消化順序を変更することの真の意図を話し合いの中であぶり出し、その意図が有給休暇を与えることの法の趣旨に反するものであったならば、それは相当性のない変更だと言えるでしょう。
そして、消化順序を変更することが、会社の現状の問題点を解決する上でどれほど必要なのか?そしてその必要性は、労働者に「変更による不利益」を強いてまでもすべきことなのか?という視点で相当性を考えます。
繰り返しますが、消化順序の変更に対して会社の説明する必要性の内容が信頼できなく、かつ有給休暇消化抑制のための方便であるならば、それは相当性があるとは言えません。
代償措置が行われたかを検証
消化順序の変更によって、労働者に「時効消滅してしまう休暇日数が増えてしまう」等の不利益が発生する場合、それを補うための代償措置が取られていると全体としての不利益性が緩和され、変更に合理性があり、と判断されることにつながります。
消化順序の変更に際して、有給休暇を容易に取得できるような環境づくりを同時に行っていれば、それは「代償措置を行った」と認められるでしょう。例えば、「本年度付与分から消化」規程の新設と同時に休暇取得申請期限の制限を廃止し、「当日取得も認める」というような管理方針に変更していく、などです。
従来のまま有給休暇の取得がしにくい状態で新たに消化順序規程の新設をするのであれば、それによって各労働者の有給休暇が時効消滅する分が増えるだけであり、不利益性が労働者に一方的に増えることになります。ですから、何らかの代償措置が全く行われなかった場合には、変更や規程の新設で増えた不利益をより具体的に示して、変更の不利益性を強く主張しましょう。
就業規則の変更手続きが適切に行われ、かつ適切に周知されているか検証
就業規則の改定に際して、会社が従業員代表や労働組合の意見を聴取したかについて確認します。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して労働基準監督署に届けなければなりません。就業規則を変更する場合には、「労働者の過半数を代表する者」または「労働者の過半数が加入する労働組合」の意見を聴き、その意見を記した書面を労基署に届け出る際に添付しなければなりません。
そして、就業規則は、変更箇所を示してしっかりと周知されなければなりません。もともと、就業規則には周知義務があり、周知のされてない就業規則の効力を最高裁は否定しています【最判・平成15・10・10】。上司や経営陣の机の上に就業規則が保管されてるだけでは、周知されているとは言えません。
もっとも、就業規則の不利益変更が無効か否かの判断に際しては、聴取と周知手続きがされてないからといって、ただちに無効判断へとつながるわけではありません。上で挙げた他の4つのポイントも併せて総合的に判断されることになります。しかし変更手続き・周知状況の適切さは、他の要素に比べて重視される傾向にあるので、あなたの紛争において会社がそれらを怠っている場合は、見逃さずに現状をしっかりと証明していきましょう。
変更手続きの過程を時系列で整理し、周知状況の現状を調査し、その現状を具体的に証する資料を集めておきましょう。