有給休暇の申請期限の設定は、何日前までの設定が許される?
(このページは、2022年1月22日に更新しました。)セラビ組合の代表の世良美(せらび)です。主に零細企業において、労働組合の立ち上げ業務にたずさわってきました。
労働者が有給休暇を申請もしくは消化する場合に、意外な足かせとなるのが「有給休暇の申請期限」の縛りです。
この申請期限、会社によってバラバラとなっています。会社によっては、そのような期限について明確に定めていないところもあります。一方では、有給休暇を申請する期限を就業規則等で定めているところもあります。
申請期限が「前日までに申請すること」程度ならいいのですが、ケースによっては「一週間前までに」とか「一か月前までに」と規定されているところもあります。加えて、「申請期限より後の申請については認めない」と定めてある社内規程もちらほら見られます。
有給休暇の申請期限が定めてあることは、労働者にとっては足かせ以外の何物でもないのです。よって私たちは、申請期限についての行政・司法機関の判断例を知って、自社の申請期限の是非を考える必要があります。
当ページで、行政(厚生労働省)や司法(裁判所)の見解を知って、あなたの会社の申請期限の定めが妥当であるか否かを判断していきましょう。
- プロローグ~子供の発熱で休むのに・・・
- 事例検証~「一週間前までに申請せよ」という期限設定は、制限が著しく労働者にとって不利なものでない限り適法
- この事例に対する具体的な対策とは?
- エピローグ~愚行再び。激突。
プロローグ~子供の発熱で休むのに・・・
「酒井さん、ごめんなさい・・・。やはり、有給休暇の申請、許可されなくて・・・」
「そうなの・・・・・。やはり、申請期限、過ぎてたから?」
「そうなんです・・・高橋課長に言わせると、申請期限後の例外認可を認める例もないから、とのことで・・・・」
「さくらちゃんが謝ることないのよ。ありがとう。それにしても・・・認める例もないなんて、よく言うわ」
「えっ?」
「ううん、何でもないの、動いてくれてありがとうね。」
酒井は、エイコーツールで10年以上働いているベテラン事務員。今回、夜に酒井の娘が高熱を発したため、翌日は朝一番に会社に電話をして、その時居た宿直の従業員に有給休暇を申請しつつ、休みを取った。
当日の申請であっても、やむを得ない事情がある場合は有給休暇の申請は認められると思っていた。なぜなら、労働者代表にも選出されている島田は、完全私用であっても当日有給休暇申請が認められている事実を知っていたからだ。
しかし総務課員・後藤さくらの伝言の通り、申請は認められなかった。よって休んだ日は無給となり、給料の手取りが少し減ることになる。シングルマザーの酒井れい子にとって、手取りの減少は悩ましい問題だった。
「世良美さん、少しいい?」
「はい、大丈夫ですよ、何か不良品でも・・・・?」
「今日は・・・・少し有給休暇について相談したいんだ。組合員以外の私でもいいのかな?」
「そんなことは全く問題ないですよ、何か疑問や不満があったら、どしどし相談していただければ。」
「ありがとう!・・・・・実は・・・・」
酒井は、今回の有給休暇申請が拒否された事の推移を世良美に詳しく話した。それを黙って聞いていた世良美はおもむろに切り返す。
「酒井さんのような不満、実は今、この会社でかなり高まっているんですよ。緊急時の有給使用が認められないため、その都度給料が下がる・・・という不満。生活に直結する問題だけに、爆発寸前です。片や、なぁなぁで認められてる人間もいて、それが怒りに拍車をかけています。」
「島田や奈良のことね、私も疑問には思っていたけど・・・そこまで怒りは達してるのね」
「ヒアリングを出来る限りの人を対象にして、してみたいと思います。組合員も組合員以外も。そして、団体交渉の一大要求事項に加えます。」
「対応・・・・いつもありがとうね、世良美さんが入社してから、相談できる場所ができて、良かったわ」
事例検証~「一週間前までに申請せよ」という期限設定は、制限が著しく労働者にとって不利なものでない限り適法
「世良美さん、やっぱり有給休暇ダメだったの?」
「はい、12月6日が希望日だったため11月30日に取得の申請をしたのですが・・・ダメでしたね。」
「この会社の申請期限は、一週間前だからね。だから風邪とかで休むと、無給になっちゃうの。それって不安定だと思わない?」
「皆さんからヒアリングでちらほらと不満を聞いていたので、今度の団体交渉のネタにしようかと思い、あえて今回、6日前に申請しました。」
「ええっ、世良美さん、何を考えてるの?わざとだったの?」
「はい。実はこの会社、当日に申請しても有給が認められる労働者と、規定通り一週間前でないと認められない労働者で、大きく分かれることが、調査で分かったんです。つまり就業規則の『一週間前申請』そのものに必要性がなく、かつ、その規程を利用して特定の者に不利益な扱いをしている可能性も出てきました。
特に私なんて、労働組合の代表だから、一番気にくわない人間でしょうしね。」
「・・・・そういえば、あの島田とか、あの辺は、ずっと有給、上手く取ってるわね・・・・世良美さんなんて、すんなり取れたことないのに・・あと、若い女の子も、取れてる・・・ねっ」
「世良美さんには申し訳ないですが・・・そうなんですよ。私、皆が取れないこと知っていたので、私だけ取らせてもらうのはいいですって、言ったんですが・・・たしか、さくらちゃんも」
「そうなんです・・・やたらと親切で・・・」
「恵美ちゃんやさくらちゃんが、悪く思うことないのよ。不公平なこの会社がいけないのよ。特に経理の奈良は・・・ほんと下心しか見えないんだから!」
「会社が有給休暇申請期限を設定することの根拠は、『代わりの人を探すため』という根拠しかないのですね。代わりの人を探すのに、果たしてエイコーツールでは一週間も必要なのかどうか?が争点となるんです。」
「各部署に、いくらでも代わりはいるんだから、一週間も必要ないわよね。事実、島田が休む時なんて、突発でしょ?それでも何とかなるし、有給も認められてるんだから。」
「裁判所は、『就業規則上の制限は、その制限があまりに労働者にとって不利なものでない限りは違法とは言えない』と判断しています。つまりこういうことです。ある会社で定められた申請期限について、代わりの人を探すのに規則で定められた日数が本当に必要であるという現実があるならば、その会社における申請期限の定めは合理的であり違法でない・・・と判断したんです。」
「なるほど・・・」
「会社には、労働者が出した取得希望日について、日にちを変えてくれ、と言う権利があります。」
「時季変更権・・・ていうのですよね?」
「その通りです。後藤さん、さすが総務課ですね。その時季変更権・・・有給休暇というものは労働者の希望日に取らせることが望ましいため、会社は時季変更権をなるべく使わないのがいいと考えられています。会社が『わが社は時季変更権をなるべく使いたくないから、○○日前までに申請、という規定を定めた』との理由で定めており、かつその期限が本当に必要な期限であるならば、たとえ裁判とかになっても『適法』となるでしょうね。」
「じゃあ・・・この会社の『一週間前』も、そのあたりの理由から考えていけば、攻略できそうね。」
「そうですね。人によって対応に違いがある事実も確認しましたし。この会社では、実際に穴埋め要員を探すのに一週間も必要ないですしね。
団交によって、申請期限、全員に厳格になるか、それとも緩くなるか・・・あと・・・開き直って現状維持か・・・のどれかですね。
開き直ったら、組合員に対する差別的取り扱いで、団体交渉をしますが。」
「世良美さん、いつも交渉交渉で・・・疲れませんか?」
「まあ、それが仕事なんで、割り切ってますよ」
「仕事?・・・なんだか、交渉人みたいね・・・やたらと慣れてるし。世良美さんって、今まで何の仕事だったの?水樹さんとも仲良しだし・・・」
「・・・・ええっと・・・・単なる機械工ですよ。変な会社が多かった・・・そう、たまたまブラック会社が多かっただけですよ」
「ふ~ん・・・」
Aさんは有給休暇取得希望日の前日に取得の申請をした。しかしB社では就業規則に「年次有給休暇の申請は希望日の一週間前までにしなければならない」という規程があり、そのために申請は認められなかった。就業規則のこのような申請期限の制限は、労働基準法に違反するものではないのか?
・・・このような就業規則上の制限は、多くの会社で見受けられます。
我々労働者にとって、このような規程の存在が有給休暇の取得にブレーキをかけるものであることは、多くの方が感じていることかもしれません。ではこのような制限の違法性を考えていきましょう。
就業規則上の制限は、その制限があまりに労働者にとって不利なものでない限りは違法とは言えない。時季変更権の行使をするか否かを判断するための時間的余裕を確保するための制限として度を越えた場合に合理性のないものとなる。
結論を申しましょう。就業規則上の制限は、その制限があまりに労働者にとって不利なものでない限りは違法とは言えません。しかし就業規則に定めた制限に抵触するからといって有給休暇が全く認められない、という結論は妥当ではありません。
労働者には、自分の望む日に有給休暇を請求し取得する権利(時季指定権)があります。逆に使用者(会社)には、労働者が希望した日に業務を運営する上で都合が悪い場合に他の日に変更させる権利(時季変更権)があります。
※両権利については、会社の時季変更権の濫用に対抗するための「これだけ!」知識 を参照。
裁判例は、就業規則上の制限は、「時季変更権の行使について時間的余裕を与えるものであり、代替要員の確保を容易にするものであり、会社が時季変更権の行使をなるべくしないための配慮からなされた制限である場合に、合理的な制限である」という考えを示しました。
例えば、代替要員の確保にさほどの労力と時間がかからず、ゆえに時季変更権の行使について考える時間が一日くらいあれば十分であるならば、就業規則上の制限は、「前日までに申請せよ」という内容に近くなければ合理性が無いことになります。にも関わらず、「一週間前までに申請せよ。でなければ有給休暇は認めない」という姿勢には明らかに合理的な理由もなく、有給休暇の取得を制限していると判断されても仕方がありません。
代替要員の確保に要する日数は、各事業所によって違います。ある事業所では、各労働者が高い専門性を有し、かつ人的な余裕が無くて、代替要員を確保するのに3日かかるかもしれません。ある事業所では、当日に労働者が欠勤しても職長等がライン作業に代わりに入ることで事業が回ってしまうかもしれません。
前者の事業所では、就業規則上の制限は「3日前までに」に近い規程のものが合理的なものとなるでしょう。後者では「事前に遅滞なく」に近い規程が合理的なものとなるでしょう。しかし突発的な人員不足などの緊急事態も想定して、多くの会社では少し長めの制限を採用しています。
就業規則上の制限の合理性は、各事業所によって異なる。よってあなたの会社での代替要員確保の実際の難易度に合わせて、就業規則の制限の合理性を考える。
冒頭の事例では、「一週間前までに」という制限がなされています。
その会社での代替要員の確保の現実を見ます。その会社では、代わりの労働者をラインに配置するまでに一週間という時間を要するのか?そのような視点で合理性を考えていきます。
1週間前にシフトが決まってしまうような勤務形式の会社であれば、合理的な規程だと反論されやすいでしょう。その理論が独り歩きすると、シフトが2週間前、3週間前までに決まってしまうような会社では、有給休暇の申請を「2週間前までに」という規程が合理的だと主張されるかもしれません。それは明らかに行き過ぎだと考えられます。シフトが決まった後でも、代替要員の確保は決して不可能なことではないからです。
よってシフト制の存在・シフトの決定時期等の表面上の要素ではなく、あくまであなたの会社の現実の代替要員の確保の容易さ困難さに目を向けるべきです。そうして初めて、あなたの会社の就業規則上の合理性の有無が判断できるのです。
この事例に対する具体的な対策とは?
「実際に、どのように攻めていくつもりなの?専務といい、社長といい、有給嫌いだからねぇ」
「そうですね、有給を取ることができるようにするためだけなら、会社にとって有益、もしくは無害な人間になって、つまり従順になって、その都度、緩く対応してもらうのがいいでしょうね。」
「島田方式ってやつね。でもあれって、傍から見ていて、したいとはおもわないわねぇ」
「先輩ではその方式、きっと無理でしょうね。他にも道があるのですか?」
「はい、会社のご機嫌を伺うような対応策では、根本的な対応にはならないですね。この会社でしたら、専務や社長らの思惑いかんであり、実に不安定です。よって、事実をたくさん集め、矛盾する点を追及しつつ、以後一貫した対応を取るように求めます。要求と併せて、この会社で、代わりを見つけるのに一週間も必要ない事実と、裁判所の考え方を示していきます。」
「烈火のごとく怒りそうね。話し相手になってくれるかしら。」
「団交拒否は不当労働行為となるので、さすがにもう、話し合いのテーブルにはついてくれるでしょう。そのあとですね。きっと態度を硬化させ、一週間前の規定を厳格化するでしょう。今までの経験からすると、高い確率でそうなります。そうなると、争点は、必要性のない申請期限規定で、有給の取得を妨害している、という点で戦うことになります。
有給の取得の妨害は、裁判所での判断が分かれている申請期限の長さの話とは、まったく別次元の問題です。有給休暇を取ることを妨害している、という争点に持ち込んで戦えば、かなり強く交渉できると思います。」
「・・・・世良美さん、楽しそう・・・以前もどこかで、このようなことしてたんですか?」
「えっ!?・・・いや、この会社での経験で・・」
「・・・・ふ~ん・・・そうなの(疑)」
その後、団体交渉申入書の提出がなされ、団体交渉の場が設けられた。会社側からは、エイコーツール株式会社代表取締役社長と、専務が出席。セラビ労働組合からは、世良美と、顧問弁護士の水樹が出席。
両者とも、幾度となく団体交渉をした仲?なので、今回は交渉が穏やかに行われるかと思いきや・・・大荒れの交渉となる
「まず、島田さんが以前風邪で休んだ時、有給休暇を認められたが、私が取得しようとした際は『一週前までが申請期限』という期限を理由に断った理由、つまり対応に差がある点についてお話を聞きたいと思います。従業員ごとに、申請の適用が甘かったり厳しかったりします。その意図をお教えいただけますか。」
「なんだ、今回の団体交渉は、私がお前に有給を認めなかったから、腹いせで行ってるのか?」
「お言葉ですが、この場は団体交渉という労働組合法で認められた交渉の場です、そのような発言は、適切でないと思われます。」
「・・・・ふんっ・・・」
「複数の従業員が、その点について不満をかんじておられます。有給休暇が取りにくい。病欠とか、家族のことで緊急で休むときとかに、無給になって給料が減る。片や、当日申請でも認められる老王同社がいる事実。会社が意図的に、労働者ごとに対応を変えていると言われても仕方ない現状が見られます。」
「なんだ!そのモノの言い方は!」
「何度も言いますが・・・そのような発言と態度はお控えください。不当労働行為うんぬんの問題を通り越す問題となります。」
「・・・・・・・・・」
「申請期限は一週間前と決まっていることだ。それに対し、有利に扱ってやる行為の何が悪い?申請期限を一週間より長く伸ばした訳じゃないんだぞ?」
「組合員である、○○さん、2日前に申請したが拒否される。◆◆さん、5日前に申請するが拒否される。▽△さん、6日前に申請だが、拒否。世良美、3日前に申請したが拒否される。
次は組合員以外です。××さん、1日前に申請して認可。島田さん、当日に申請で認可。■■さん、1日前に申請だが、認可。◇◇さん、当日・・・・」
「うるさい!だから!有利に扱うのの何が悪い!温情だろうが・・!」
「ここに調査した結果を記載していますが、労働組合員は申請期限の適用を厳格に適用されている反面、組合員以外は、期限を超えた申請でもことごとく認められています。これは、労働組合員であるがゆえの差別的取り扱いであると言われても仕方ありません。組合法で、そのようなことが禁止されていることはご存知ですよね?」
「ああ、わかった!もういいわ、だったら!これから全員、期限を徹底的に守らせてやる。お前たちのせいだからな、こうなったのは!そう伝えてやるよ」
「申請期限の短縮や、緊急時の柔軟な認可などは、考えてくださらないのですか?」
「君たちの態度で、そんな気持ちも失せた、それをよく考えるんだな!」
「わかりました、次の段階へと進む、ということで、こちらも対応させていただきます。」
「どういうことだぁ?まあ・・いい、今日は終わりだ!」
この交渉の次の日、会社の掲示板に、辞令が貼り付けられた。今後有給休暇の申請期限の徹底遵守を命令する内容だった。しかしセラビ労働組合は、その辞令の横に、新たな団体交渉の予定を掲示した。
「有給休暇の申請期限は、本来、会社が代替要員を確保するために必要な時間を確保するためのものである。エイコーツールでは、要員確保に一週間も必要なく、申請期限の長さに合理性もなく、有給休暇を取得するうえで大きな妨げとなっている。病気・家庭の事情で緊急に休む必要がある時、当規定のために無給休暇とならざるを得ず、従業員の生活に影を落としている。申請期限の撤廃と、緊急時における有給休暇の弾力的運用、職長による理由の尋問行為の禁止を徹底的に求める。」
「世良美!こんなもの貼って・・・!あてつけか!?」
「申請期限の適用については、改善されないということが確定しましたので、有給休暇の取得を阻害している問題規定に次の行動を移すのです。」
「きっさまぁ・・・・・・」
有給休暇の厳格適用の通知は、今まで甘い運用で済んでいた人間にとって迷惑な話だった。それゆえ、セラビ労働組合に対する反発も大きかった。
これこそが、労働組合をつぶす大きな要因である。会社からの不当行為にさらされていない労働者は、現在の状況がこれからもずっと続き安泰であると勘違いし、自分の待遇に少しでも悪い影響を及ぼすような存在を激しく嫌うのだ。
そして、自分が年齢を重ねるなどして立場が悪くなったら時すでに遅し、周囲に味方は一人も存在しない。当然である、誰も彼を助けることはない。味方になってくるような人は、彼のような「自分さえよければいい」という人間に嫌気がさして、早々にその場からいなくなってるからだ。結果、孤立無援で会社を追われることになる。
「世良美さん、組合に対する反発も徐々に聴こえてきてるわよ。予想通りね。やはり大丈夫なの?」
「なんとかなりますよ。高樹さんの話ですと、言ってるのは組合立ち上げ時に冷めた反応をした連中ばかりですしね。あの時彼らには、嫌がらせに対する反論をしておいたから、影で愚痴を言うくらいしかできないでしょう。それよりも・・・今回は何としても、『緊急時の有給休暇の弾力的運用』、実現したいですね。」
「そうなると、お子さんとかがいて、病気とかで休まなくてはならない人にはありがたいですね。」
「そうです。現状では、イエスマン連中が、影でこっそり認めてもらっている状態です。それは容認できません。なあなあで有給休暇の直前申請のメリットを受けていた連中よりも、本当に困っている人に良い影響を及ぼしうる活動の方が、やっていて燃えます。そして組合も心から支持されます。一部のイエスマンらの反発を気にしていたら、申請期限の問題に向き合うこともできませんから。」
「やっぱり歴戦の・・・・。」
「えっ?」
「ううん。そうなると、今度の団体交渉では、その『有給休暇の弾力的運用』である・・・緊急の時の有給休暇の利用可能、の状態を第一に目指すのね」
「はい。今度の要求では、有給休暇の申請期限は、前日まで。当日は病気等の理由であればOK。申請の際には、専用用紙を提出するだけでOK。部長ではなく、所属の課長に提出するだけでOK。承認行為は禁止。・・・・それらを目指します。今度も、水樹さん付きで。高樹さんと竹田さんには、引き続き水面下の協力者でお願いしますよ。」
「そうなると本当にいいわね!・・・激しい議論になりそうだけど・・・情報集めは任せといて」
「応援しています!要求が通れば・・・きっと酒井さんも喜んでくれますね!」
申請期限に関する団体交渉申入書が提出されたのは、辞令が掲示板に貼り付けられてから2週間後のことだった。
団体交渉申入書が提出されたことは、会社の掲示板にでかでかと掲載された。要求内容も大きく紹介された。口に出せないが、有給休暇の弾力的運用を願う従業員の、心を掴むためである。
昼休み、世良美はいつも自分の担当する機械の横で読書をしている。兵法書やら法律書やらを読むことが多かった。そんな彼を、「学者がまた勉学に励んでいる」「やっぱり変わり者だね」と周りは冷やかしていた。専務や社長の根回しで、世良美は変人で協調性がない人間、と触れこまれていたのもあったからだ。
昼休みのつかの間の学習スペースに、酒井れい子が訪ねてきた。
「世良美さん、申入書、見ましたよ。まさか、本当に動いてくれるなんて。ありがとう。」
「お礼など不要ですよ。それに・・・・まだ何も実現できていません。これからです」
「世良美さんに任せっきりで・・・いいのかな・・と思って。私も組合に入って力になりたいと思っていますが・・・」
「お気持ちは大変嬉しいのですが・・・・まだ酒井さんの部署は、労働組合の味方になってくれそうな人を見た事ないですから・・・・部署内で孤立無援になってしまう恐れもありますので・・・・お気持ちだけで十分ですよ。組合の加入人数がもう少し多くなって、かつ、経営陣が一通りの不当労働行為を行って痛い目を見てから、でも遅くありません。」
「・・・・・・」
「最悪、職場を追われることもあります。酒井さんは私と同じ一人親なので、仕事を失った場合の大変さもわかります。組合に入ることで酒井さんが窮地に陥る事態は絶対避けたいんです。酒井さんには、影で味方になってくれれば、それで最高に心強いですよ。」
「・・・・わかったわ。でも、世良美さんは大丈夫なの?高校生の娘さんがひとりいるでしょ?娘から聞いてるわ、かおるちゃん。・・・何かとお金もかかるでしょうし。」
「大丈夫ですよ、そんなときのために、バイト先のつてもありますし。例えクビになっても、復帰後に会社には復帰までの期間分の賃金を払わせるわけで、それまでの準備があります。娘も『またか』という感じですし」
時間と下準備をもとに周到に地盤を固め、徹底的に改善していく戦い方の説明
就業規則の制限がネックになり有給休暇の取得ができない場合は、規程の撤廃または改善等を会社側に働きかけることになります。
しかし労働者が就業規則の改善を要求したところで、使用者がその要求を採り入れてくれる可能性は限りなく低いでしょう。それに加え、従業員としての地位を失うなどの大変危険な結果を招くこともあります(睨まれることはしょっちゅうです)。
就業規則の中で有給休暇の取得に過酷な条件を付ける会社は、有給休暇そのものを与えたくない、認めたくない、と考えているものです。有給休暇は会社の承認如何にかかわらず当然に労働者に認められるものであると労働基準法に定めてあるのですが、それでも与えないというのは、法を守る意識が著しく欠けている会社だと判断できます。
戦う労働者に、「団結力のある社内労働組合」もしくは「積極的に活動してくれる外部労働組合」の後押しが無い限り、正面きっての規程をめぐる戦いに勝ち目はほとんどありません。
「会社と上手く調子を合わせ取得する」戦法では、経営陣の胸三寸によって左右されることになり、根本的な解決になりません。ここでは、規程を改善させ、有給休暇を自由に使うことができる健全な職場にするために、「時間をかけてもいいので徹底的に根本から改善していく」とう戦法を説明します。
周到な準備で臨む
規程の徹底的な改善のためには、労働者の団結がどうしても必要となります。労働者からの意見を「くちごたえ・反乱」としか捉えないような使用者であれば、団結なくして意見を言うことは自殺行為に等しい行動となります。完全勝利を目指さない戦い方をしても、この手の使用者には意味がないでしょう。
今まで私が見てきた数多くの専制的な使用者は、有給休暇という制度が大嫌い、という特徴を備えていました。その思想は、労働者が休暇を取得する時に如実に現れるのです。時季変更権を濫用する・取得の際に理由を尋問し、内容いかんによっては認めない・取得する時に後を引くような嫌味を言う・マイナス査定をする、などの違法な行為が行われます。そして、その結果として就業規則に申請期限についての過酷な制限が盛り込まれるのです。
「3日前までに」程度の制限であれば、その会社の有給休暇に対する姿勢は、一般的なものだと考えられます。臨時窮迫な理由がある時は、使用者の裁量により有給休暇として取り扱ってくれることもあるでしょう。しかし1週間を超えるような制限を設定している使用者に意見を言おうとする場合は、事前の周到な準備を済まして臨みます。
「水面下での準備」と「ゆさぶり」から始める。
まずは水面下での同志集めとゆさぶり攻撃です。有給休暇について闘争が起きた時に、表だって立ち上がる人間、または立ち上がらないが内面で味方として見守ってくれる人間を集めます。内通者が出ることを防ぐため、これらの人間は本当に信頼できる人間を選ぶべきでしょう。
そして会社の処遇に不満を持ち辞めていった人間を探し、コンタクトをとり、有給休暇の取得の現状について労働基準監督署に申告をしてもらいます。
労働基準監督署が申告後に指導や臨検をしてくれるかどうかはわかりません。しかし「有給休暇をとらせない」「残業代を支払わない」「奴隷的拘束のもとで特定の労働者を働かせている」といった事例に対しては、積極的に動いてくれる場合があります。
たとえ申告が不発に終わっても、表だった闘争の後に違法な行為が行われた場合、団結した労働者が複数で再度申告をするときに大きな意味を持ちます。
もし会社を辞めた元労働者による申告が実現できない場合は、ある程度団結の目安がついた後に在職中の労働者が複数かつ匿名で申告をします。
指導や臨検が入れば、専制的な使用者は必ず反応します。犯人捜し、朝礼での脅迫、文書での威圧、などです。もし使用者が有給休暇の取得制限に対して緩和をしたのならば、すぐさま改善された制限いっぱいで休暇を取得してみます。そこでの使用者の反応も見ておきましょう。
立ち上がった後は一気に。行政・司法機関も味方につけ、完全包囲でたたみかけるように。
相変わらず取得の際に何かしらのマイナスな行動をとり取得を阻もうとするのならば、いよいよ立ち上がる時です。
まず監督署に再度の申告をします。組合を立ち上げることを監督署に言うのは控えます。そして間を開けず会社で結成大会を開き結成通告をし、同時に「団体交渉」を申し入れ、その中で有給休暇を当然にとらせることを要求します。同時に、組合員に対する嫌がらせに対しては、不当労働行為があったとして労働委員会に即座に救済申し立てをする旨を伝えます。
一連の流れは、水門を大きく開けたダムのごとく、激しい勢いで次々と行っていきます。それは、使用者による違法な反応を誘発するでしょう。そこで委縮してはいけません。したたかに違法な反応を逆手に取り「弱み」とし、行政・司法機関という権力を味方につけ、完全包囲のもとに有無を言わせず改善させるのです。
この戦い方は、労働者側に大きな痛みを伴わせます。しかし、社内で「俺が法律だ」的な態度で労働者に接している使用者とは、これくらいのことをしなければなかなか対等に戦うことはできません。
エピローグ~愚行再び。激突。
「・・・以上、団体交渉申入書に書いてあった通り、今回の交渉はこれらの事案について話し合いたいと思います。」
「そんなことだと、従業員がどんどん有給を使っちまうだろうが・・・」
「お言葉ですが、有給休暇は労働者に当然に認められた権利。利用を阻止してやろうというお考えですか?でしたら・・・有給休暇取得に寛容になることでうまくいった事例も知っておきませんか?」
「うまくいく事例だぁ?会社の仕事がまわらなくなるのの、どこがうまくいくんだ。そんなことは弁護士先生にはわからないんだよ!」
「『有給休暇』という言葉は、インターネットで検索してもらっても分かる通り、労働者に非常に関心の高い言葉となっています。その有給休暇に関して、有給休暇の制度の主旨を理解し、労基法で定められた基準を理解し誠実に運用している会社は、従業員の定着率が高くなる傾向にあります。」
「有給休暇をしっかりと取らせてくれる会社は、労働者にとっては、ブラック企業でないスタンダード企業として認識されることでしょう。関心の高い言葉について、誠実に法を守っていれば、採用時のアピールにもなります。著名企業に比べて人材引寄力に関して大手に劣る中小零細企業では、有給休暇をしっかりと取らせてくれる職場こそが最高の場所なのです。であります。」
「そうかぁ?・・・・都合のいいことを・・・・とにかく・・・世良美の出した件だが・・・今日は検討させろ。この場で返答云々はしないぞ?」
「それで構いません。申入書の三点、すべて労働者の生活の安定のために重要なものばかりなので、是非ともご検討ください。」
「検討か・・・・。どうせいい返事しなかったら、また何かしらするんだろ?そうなったら、こちらにも考えがあるからね。」
「社長さま、その際は、労働組合法の範囲内での行動をお願いしますよ。」
「わかっとるわ!」
イライラした様子で、社長の工藤が答える。しかしその後は再び口を開くこともなく立ち上がり、会議室を出ていく。それを追いかけるかのように、専務の山北も退出していった。
「悠作、どうなると思う?」
「そうですね、態度を硬化させるか、意外と受け入れるか・・・・。これまで不当労働行為をし手痛い目にあってるから、何かしら一つくらいは、受け入れるかもしれませんね。何かと引き換えに・・」
「また、自分あたりに不利益が来るかもね。いつものことだけど」
話し合いから5日後、会社の掲示板に就業規則が改定されることを予告する辞令が貼りだされた。取得期限と当日申請に関する辞令である。
『有給休暇は、取得希望日の3日前までに、専用用紙を職長に提出することで申請する。なお、病欠その他やむを得ない事由がある場合は、速やかに連絡の上、後日専用用紙を提出することで申請すること。』
「世良美さんには感謝しなくちゃ・・・。この会社で、労働者の意見が通るなんて」
「本当にそうですね、申請期限も3日前ならば、また一段と取りやすくなりますし」
「美都子、ところで世良美さんは?ここ2日ばかり、見てないんだけど」
「・・・・・実は・・・三重県の営業所に転勤命令が出たんだって。」
「えっ!?この会社、三重に営業所なんてないでしょ?どういうこと?」
「新しい事業を展開するために、事前に販路を獲得する・・・そういう名目らしいわ・・・どこでもいいから営業所を開き、営業所の費用は自分持ち、その代り住居費の補助はする・・・無茶苦茶な辞令ね」
「そんな・・・」
有給休暇の当日申請の戦いは、一定の成果を見ることとなった。しかしそれに付随した不当労働行為のため、戦いはまだまだ続く。事実上の左遷を言い渡された世良美は、転勤命令に拒否を示しつつ、水樹と連絡を取り合い、今後の対応を検討した。
正当な要求に対する不当労働行為の戦いがまた始まる。その話はまた次の時に。