会社に逆らわず当日申請を認めさせる方法は一つだけ
まとめ
有給休暇の当日申請が認められにくい会社において、会社と争わず、労働組合なんて当然使わず、すんなりと認めさせる方法は、以下の3つの『だけですから』を強調申請をすることです。
- 認めてもらったことはあなただけ以外誰にも言いませんから
- 私だけでいいですから
- 緊急の時だけですから
有給休暇の申請期限が「○○日前まで」と就業規則で決められている場合、当日申請を理屈や権利主張で認めさせるためには、個人で戦う方法は現実的ではありません。
では集団で戦う場合(労働組合結成や外部労働組合加入で戦う場合)は大丈夫なのか?組合の後ろ盾で解雇等にならないかもしれないが、目をつけられたり、不当な扱い(不当解雇など)を受ける確率は高くなります。このような扱いをされても大丈夫な人はいいですが、実際に
このような扱いをされても大丈夫な人はいいですが、実際問題、会社の嫌がらせにさらされるのは厳しく、多くの人が耐えられません。よって、この「ですから」対策はバカにできないくらい有効なのです。
会社に逆らわず当日申請を認めさせる方法は一つだけ
「お父さん・・・・またバイトすることになったの?」
「ごめん・・・またなんだ・・・」
「今度はどんなことしでかしたの?社長さんでも殴ったの?」
「そんなことしたら、今頃警察の拘置所だよ。さすがにそれはない・・・有休休暇の当日申請を要求しただけさ。それが気にくわなかったらしくて・・・三重県に転勤になった。拒否したけどね」
「まったく・・・・お母さんのしていた苦労が分かる・・・わ」
「ごめん・・・でも、いい結果も出たんだ!当日に申請しても良くなったんだ!有給休暇については一歩前進なんだよ!」
「そんな訳のわからないこと、どうでもいいんだけど」
「・・・ごめん・・・とりあえずバイト行ってくる」
「行ってらっしゃい・・(お母さんがお父さんに愛想つかさなかったの、分かるかも)」
世良美は、エイコーツール株式会社での有給休暇の運用をめぐって激しく対立し、やむを得ない場合の当日申請を認めさせたが、その報復として、事業所のない県に新規開拓という名目で左遷された。
世良美は早速拒否。会社はそれに対し業務命令違反と騒ぎ立て、世良美を解雇しようとした。世良美はすかさず病気による療養を理由に休業し、生活費確保のための登録済み短期バイトを始めた。
しかしそれだけで終わらないたくましさが世良美にはある。有給休暇の当日申請実現のための実戦経験で得たノウハウを、すかさず他の労働組合のために示すために活動を始めた。
エイコーツールで実際に起こった事例は、母親が娘の発熱のために、当日の朝に会社に連絡をし、欠勤を告げると同時に有給休暇を申請したもの。エイコーツールでは、一部の労働者だけが、当日申請を認められる傾向があったので、この母親は一応申請をしたが、会社に拒否される。
世良美は、本事例における特殊な条件(一部のイエスマン労働者だけに当日申請が認められ、労働組合員や組合員と仲の良い労働者、反抗的な労働者には厳格に申請期限が適用される現状)を省き、労働組合に頼らない方法での「当日申請実現の対策」を説明することにした。労働組合活用による実現方法は、現実的に敷居が高いからである。そのための打ち合わせを、社内労働組合の立ち上げ人の一人、榊原と話し合っていた。
「会社は、当日申請の慣例ができて、従業員が誰でも当日申請をしてくるようになる状況になるのを嫌がるものです。当日申請の有給休暇が認められるようになると、当日休んでも給料が入るから、当日申請を使って休むメリットが生まれて多くの従業員が気軽に休むようになってしまいます。」
「この会社の従業員は・・・気軽どころか、申請することすらできない人間が多いから、『気軽に休むようなる』状態なんて来ないと思うのだが。この会社の経営陣は疑り深いから、そんな心配もするんだろうか?」
「人件費がかさむ・人手が足らなくなる事態が発生する、そして、そんなもどかしい状況がずっと続く・・。エイコーツールの経営陣にとって、最も嫌いな状況です。ですから疑心暗鬼になっているのだと思います。特に組合員や言うことを聞かない従業員には。」
「俺たちのことだな、そりゃ(苦笑)。」
「『コイツには認めても大丈夫かも』と思わせるような申請の仕方をすれば、認められる確率が高くなります。そのための具体的な方法が、この3つの『だけですから』対策です。」
- 認めてもらったことはあなただけ以外誰にも言いませんから
- 私だけでいいですから
- 緊急の時だけですから
「確かに現実的だが・・・高樹さんや酒井さんには、酷評されるぞ。」
「そうですね(苦笑)。しかし現実的な路線も示していかないと、画餅となりますから・・・。」
榊原と打ち合わせをした日の夜、世良美は家で、この現実的な対策と、労働組合を活用した対策を整理していた。
「(この裁判例を分析して、認められなかった条件を逆手に取り、その条件をクリアしたうえで交渉する方法を考えよう)」
世良美は、エイコーツールでの事例をより簡素化し、一つの事例を作り出した。
「(ようし、これでいこう。)」
パソコンの前でおもむろに本を広げ、打ち込みを始める。こうなると没頭するのが世良美だ。もともと司法試験の勉強をしていた経緯があるため、机に向かうのは苦にならない。司法試験の勉強に比べ、実務での勉強は楽しく、世良美を夢中にさせた。
「(やれやれ、また始まった・・・・だから「学者」なんて言われるのよ)」
かおるはそのように言いながら、ごはんの準備をし始めるのだった。
当日申請を実現させるために知っておきたい過去の裁判例
エイコーツール労働組合は、世良美孝義と榊原保の2名が、メインで活動している。そのほかにも組合員がいるが、会社の不当労働行為に備え、目立った活動をしているのはこの2人だけだ。
榊原保は、エイコーツールの技術の中核部分を担っている重鎮であるため、組合員であってもおいそれと嫌がらせはできない。そして世良美は、隠れ労働組合活動家なので、解雇されたりしても生活にすぐには困らない。よって、この2人だけが、目立った活動の担い手となっていた。
労働組合は、各部署の複数の人間の力を借りていた。「影の協力者」である。そうすることで、協力者の雇用の安定を守りつつ、組合運営のための必要情報を得ていた。
本当に信頼できる協力者とは、内密・定期的に、労働条件改善の戦略を練るための会合を開いていた。今日は「当日申請」が法律的に問題のない行為であることの理論的裏付けを説明する会だった。当日申請がエイコーツールで認められた直後ゆえ、すべての労働者が当日申請をすることをためらったりしないように、法的根拠を周知させる一貫として行われた。
総務部からは高樹美都子・竹田愛実、人事部からは酒井れい子が出席した。
「世良美さん、今回も『ありがとう』だけど・・・転勤、大丈夫かな?かおるちゃん、怒ってない?」
「怒ってるというより、もう呆れてますよ。またか・・・みたいな感じで・・・。とりあえず三重行きも拒否し、つてでバイトも始めたので、大丈夫ですよ」
「ごめんなさい・・・かおるちゃんにも何と言っていいか・・・」
「酒井さんが謝ること、ないですよ。酒井さんの話以前から、ずっとずっと懸念だったことです。この問題は避けて通ることができませんから。一石を投じることができて良かったですし、これが出発点です。」
「・・・・世良美さんって、なんでそこまでこの会社の待遇改善に燃えるんですか?まだ入ったばっかりなのに・・・。私が(この会社に)少し居る間だけでも、たくさんの人が『あほらしい』って言って辞めてったのに・・・」
「性分ですね、きっと。組合活動は天職ですか・・・」
「ああっと!孝義、さあ、本題の話を聞こうか。」
「えっ、ああ、はい、今日は、『当日申請』に関わる過去の裁判例を紹介します。
裁判は、『当日請求』に対して会社が休暇日経過後に時季変更権を行使して有給休暇を認めなかったことが適法か否かを争った内容の裁判です。
有名な裁判例ですので、ここでもう少し説明します。そのうえで、組合を利用しない当日申請成功法を紹介しますよ。・・・といっても、会社と調子を合わせながら断わりにくくして、こそっと自分だけ認めてもうらよう仕向けるものですが・・・」
「組合を利用しなければ、それが現実的だぞ。唯一の『当日申請による有給休暇取得必勝法』かもね。俺的にはかなり物足りないが・・・」
「どんなに穏便な方法でも・・・なかなか会社の言うことに反抗なんてできないわ」
「酒井さん、大丈夫ですよ。この会社、とりあえず当日申請OKの前提は出来ましたし、今から説明することをする必要もありません。当日申請が違法でもなんでもないことの根拠さえ今日は押さえていただければいいです。」
「そういうことなら・・・気楽に聴いてみるわ。世良美さんの言うこと、時に呪文になるからね」
「・・・・すいません・・熱くなるとつい・・・」
「今回皆さんに説明するために、参考とする過去の有名な裁判例です」
労働者Aは、勤務が始める直前に、その日有給休暇を取ることを請求しました。そして労働者Aが休暇日の後ただちに上司Bから有給休暇を請求した理由を聞かれたが、労働者Aはその理由を話すことを拒否しました。上司Bは、理由を話してくれればその内容を考慮しつつ有給休暇を認めるつもりであったが、直前取得で代替要員確保も困難であった事情も考慮してその日の休暇を有給休暇と認めず欠勤とし、賃金を支払いませんでした。そこで労働者は、その仕打ちが会社側の時季変更権の権利の不当な行使だとして、有給休暇分の賃金と付加金を求めて会社を訴えました【最判昭和57・3・18】。
「この裁判、残念ながら最終的に労働者側の主張は認められませんでした。裁判所は会社側の事後の時季変更権を認め、有給休暇を認めずその日分の賃金を支払わなかったことを有効としました。」
「後出しの時季変更権を最高裁判所が認めるなんて・・・。有給を使用する理由なんてそもそも会社に説明する必要もないはずなのに・・・おかしな話ね」
「会社が後から時季変更権を使ってまで有給休暇を認めなかったということは・・・・結構会社とやりあうタイプの労働者だったんだろうね。理由利かれても拒否してるしな。私的には、嫌いじゃないタイプだが・・・こりゃもめる。」
「そもそも、なぜ裁判所はこのような判断を下したのでしょうか?当日直前までに有給休暇の申請する可能性は、例え就業規則に「○○日前までに申請せよ」という制限があってもゼロではない、と判断したが、その代わりに会社側にも「有給休暇申請が直前すぎて時季変更権を行使するか否かの時間的余裕がない場合」には、事後に直前請求の事情を聞きその内容を考慮して有給休暇とする否か判断できる、という可能性も与えたのです。つまり裁判所はこう考えたのです。労働者に当日請求の可能性も残した反面、会社側にも、事後の時季変更権の行使の可能性も与えたのです。労働者の当日請求の権利だけを認め、会社側の事後の時季変更権は一切認めない、では、労働者に有利になりすぎる、両者の法律上の利益のバランスを失する、と考えたのですね。」
「バランスねぇ・・・。裁判所は、現実問題、労働者と会社の力関係が均一だと、本気で思っているのかしら。」
「ストライキ時に有給休暇を認めなかった時と同じような考え方だね。バランス・・・労使対等ってやつか」
「私の解釈ですが・・・、法律的な思考の方を優先させた。つまり、バランス、法の下の平等、でしょうか。そして、判決文で、会社の後出しの時季変更権を認めた理由を、4つ示しています。」
「へぇ~、どんな屁理屈、いや理由かしら・・・」
「次の四つですね。」
- 労働者の有給休暇の請求から取得までの時間が短すぎて、時季変更権を行使するか否かの判断をする時間的余裕が無かったこと
- 労働者が、休暇取得後会社(上司)から当日請求するに至った理由を聞かれたが、返答を一切拒否したこと
- 会社において代替要員を確保することが困難で、事業の正常な運営に支障をきたす恐れがあったこと
- 時季変更権が、休暇以後ただちに行われたこと
「正直・・・これじゃあ納得できないわね。こんな判決出したら、これを勘違いした会社が、申請期限を堂々と長く設定しそうよ」
「愛すべき『エイコーツール』みたいにな」
「労働組合を運営する立場の方は、急な体調不良等でも有給休暇をより有効に使うことができる安心の職場を目指すために、最高裁判所が『当日請求』に対して時季変更権の行使を認める根拠とした上の4点をしっかりと念頭において戦略を練ったほうがいいと、私は思います。一気に当日申請を認めさせることは難しいでしょうが、一歩一歩進んでいけば、当日請求成功の可能性を高めていくことができると思っています。」
「そういう意味では、わが社では認められた訳だから、すごいわ。世良美さんの犠牲はあったけど・・・。それさえなければ・・・。」
「それは言いっ子なしですよ。こんなこと、この仕事してれば当たり前ですから。それより・・・今から、上の4点の考慮したうえでの現実的な説明、対策を考えていきたいと思います。まずは当日申請が法律的の問題があるかどうかの話です。問題がないことを、詳しく説明しますよ。」
「(この仕事をしてれば・・・?どういうこと?)」
そもそも「当日申請」って法律上問題あるの?問題ありません!
「まず、『当日申請』に限って話をしていきましょう。極めて簡単な事例を使って説明します。Aは、出勤日の朝に突然体調不良となり、有給休暇の権利を利用して会社を休もうと電話をした。しかし会社は当日申請であることを理由にこの請求をただちに拒否した。結果、Aさんはその日は無給の欠勤扱いとなってしまった。そもそも当日請求は、ただちに拒否しうるものなのか?」という簡単な事例です。
「簡単な事例だけど、よくありそうな話・・・我が社のことじゃない?それって。」
「この事例で問題となるのは『当日申請であることを理由にただちに拒否した』という点です。勘のいい皆さんなら分かると思いますが」
「つまり、拒否した理由が良くない、ということだろう?」
「そうです。有給休暇の申請期限が就業規則で決まっているからといって、それを画一的に運用することは、有給休暇の取得を抑制するものでしかない、ということですね。就業規則における申請期限は目安であって、会社が有給休暇の取得を拒否する際の根拠条件とはならない、ということです。」
「う~ん、少しわかりにくいわね・・・」
「会社が有給を拒否する、つまり時季変更権を行使して『今日の取得は認めない、他の日にしてくれ』と言うことについては、その時代わりの人間が居ない場合だから言えるのです。就業規則に○○日前まで、という規程があるから、申請期限を超えた場合に当然に、時季変更権を行使できるのではない、ということですね。代わりの人間を確保できるなら、申請期限規程の定めている条件をクリアしていない申請であっても、時季変更権を行使することは認められないのです。」
「・・・・しらなかった・・・そうなんだ」
「つまり会社は「当日申請」という事実だけを理由に当該有給休暇請求を拒否することはできない、拒否をするためには、正当な事由が必要・・・つまり「当日申請」は法律的に許されない行為では決してない、その点からスタートしなければなりませんね。」
「あっはっはっ!うちの会社の上役連中の話を聞いてると、有給を当日請求する行為は、無法者による鬼畜以下の行為だと言わんばかりだぞ。合法な権利だと言ったら、『お前たちが勝手に主張してることだっ!』てすごい剣幕だったな、専務は」
「この結論は、『会社が休暇日経過後に時季変更権を行使できるか否か』という争点の裁判の中で、最高裁判所が判断を下すことによって生まれたのです。その点、以前説明したのですが、覚えていないのかな?」
※時季変更権と時季指定権の詳細な内容については、会社の時季変更権の濫用に対抗するための「これだけ」知識 参照
「そういう都合の悪いことは、覚えておこうとすら思わないのよね。まったく、日本で会社経営するなら法律くらい守れ、といいたいわよ」
「会社が、労働者の指定した日に有給休暇を与えないためのよりどころは、会社側が持つ「時季変更権」という権利以外ありません。それは「当日請求」の場合であっても全く同じです。つまり、有給休暇の当日請求に対して、時季変更権を「正当な事由」で行使できることによってはじめて、この有給休暇請求を拒否できるのです。決して、「当日申請」だから当然に拒否できるということではありません。残念なことに、多くの会社が「当日に請求したこと」だけを理由に、当たり前のように有給休暇を拒否しているのが現状です。」
「まさにわが社のこと、だな(苦笑)」
「『正当な事由』にもとづいて時季変更権を行使しその日に有給休暇を認めなくとも、時季変更権を行使した以上は、労働者が新たに取得日を指定し請求した場合は当然に有給休暇を与えなければならないことは言うまでもありません。ここでも残念なことに、多くの会社が「時季変更権」を「有給休暇拒否権」だと都合よく解釈し、別の日に有給休暇を取得することすら拒否するケースが多々見受けられます。」
「申請期限規程があっても代替要員が確保できる状態ならば、時季変更権の行使する正当な理由が会社には存在しない、か。この話と当日申請を認めさせる話に、何の関係性があるんだ?」
「労働組合の運営員向けですが・・・。当日申請をしても、会社が何とか人員を確保できる状態となっていたら?その状態となっても会社が当たり前に時季変更権を行使してきた場合に、我々が団体交渉等で立ち上がったら?」
「理をもって、問題点を指摘でき、かつ、期限の短縮、そして当日申請の道を拓くことができる・・・か。」
「そうです。しかし残念なことに、これらは強力な指導者がいる労働組合がある会社でしか、採ることができません。そこで・・・・さきほど皆さんに紹介した裁判例を分析し、その裁判例で、裁判所が会社の当日申請拒否を認めた理由として挙げた要素を事前にクリアしたうえで、申請し認めてもらうことを目指すのです。」
「少し悔しいが・・・それが現実的な路線だな。私たちのような会社で、組合の後ろ盾のない状態で一人会社に時季変更権の正当性うんぬんを説いても、クビになるだけだからな」
「当日申請」にかかわる裁判例から、当日申請を認めさせる方法を考える
前傾した下の、後出し時季変更権を有効と認めた裁判所の示した4点を踏まえ、世良美は今回の本題を話し始めた。
- 労働者の有給休暇の請求から取得までの時間が短すぎて、時季変更権を行使するか否かの判断をする時間的余裕が無かったこと
- 労働者が、休暇取得後会社(上司)から当日請求するに至った理由を聞かれたが、返答を一切拒否したこと
- 会社において代替要員を確保することが困難で、事業の正常な運営に支障をきたす恐れがあったこと
- 時季変更権が、休暇以後ただちに行われたこと
「私たち労働者は、急な体調不良等でも有給休暇をより有効に使うためにも、最高裁判所が「当日請求」に対して時季変更権の行使を認める根拠とした上の4点をしっかりと活かさないといけません。この4点を頭に入れて行動することで、事後の時季変更権行使をけん制し、当日請求成功の可能性を高めていくことができるのです。
この4点の考慮したうえで、まず労働組合などの強力な後ろ盾のない労働者でもできる現実的な対策を考えていきたいと思います。その方法は一つしかありませんが・・・・」
「ひとつあるだけでもいい方だぞ。」
裁判例に基づいた、当日申請を認めさせるための現実的な対策と労働組合を活用した対策
世良美は、今日のもう一つの本題である「当日申請を認めさせる方法」の説明をし始めた。認めさせる方法には
の2つがある。前者は、会社と争わず穏便に認めてもらいたい人が唯一の方法。後者は、外部労働組合の後ろ盾があったり、会社内での発言力がある人向けの対策だった。
「波風立てず」すんなり当日申請を認めてもらう方法
3つの『だけですから』強調申請をすると、当日申請といえども認められやすくなる・・・。この現実的な対策を、世良美は勝気な高樹たちの前で話し始めた。反発は間違いない・・・。
「まず、就業規則を変更させる、裁判例を掲げて会社を説得する、という対策は、個人だけでは無理だと割り切ることですね。そのうえで行動をしていきます」
「就業規則の変更なんて要求したら、あのアホ専務に何言われるやら・・・可愛がられてる社員でも、一瞬で窓際よね。エイコーツールみたいな会社で認めさせるには、どうするの?」
「(1)認めてもらったことはあなただけ以外誰にも言いませんから(2)私だけでいいですから(3)緊急の時だけですから・・・この3つの『だけですから』強調申請をすると、当日申請といえども認められやすくなります。」
「すっごい低姿勢・・・・気乗りしないのを通り越して、これはもはや『苦痛』のレベルね。まさか世良美さんがこのような方法を提案するとは・・・・」
「自分さえ認められればそれでいいって、策ですね(苦笑)。」
「ほんっと、見損なったわ(笑)」
「勘弁してくださいよ・・・・ネットを見ている人向けに、言ってるだけですから・・・。しかしこれが現実的な話です。『有給?何それ?』とかいって開き直ってるような経営者には、それくらいでしか対応できないです。
会社は、有給休暇をたくさんの労働者が使うことで、業務が回らなくなり、かつ人件費がかかるのを嫌がるのです。ですから、他の従業員にさえ知られなければ、その労働者だけで済ませてる分には問題がないのですよ。だから認められる・・・ということですね。」
「そんなに責めるなや(笑)。島田やその周りのイエスマンらは、これいつもやってるしな。本人らは、知られてないと思ってるようだが・・・」
「そうなんですか・・・そりゃひどい。考えてみれば、私たちもそうだったけど・・・。なんだか申し訳なくなってきた・・・」
「愛実ちゃんが反省することないのよ。下心オヤジたちとイエスマンひいきは、この会社の風物詩だからね。」
後ろ盾を利用して堂々と以後ずっと当然に認めさせる方法
「さあて!ここから本題に入ります。労働組合を利用して、徹底的に認めさせる方法です!」
「世良美さんが、本気を出すということは・・・眠くなる系のお話が始まる、ということね。」
「・・・・せっかくだから、聴いてくださいよ・・・。このまま終わったんじゃ、自分だけよければいいい野郎のままですから。」
「美都子、世良美さんには今回も世話になったんだから、聴きましょうよ。」
「教えてくださいね、世良美さん、私も・・・・前にはお世話になったから・・・」
「分かってるわよ!さぁ、世良美先生、お願いね!」
「さきほどの裁判所の示した、後付け時季変更権が有効であると判断した理由。ですが・・・。」
- (1)労働者の有給休暇の請求から取得までの時間が短すぎて、時季変更権を行使するか否かの判断をする時間的余裕が無かったこと
- (2)労働者が、休暇取得後会社(上司)から当日請求するに至った理由を聞かれたが、返答を一切拒否したこと
- (3)会社において代替要員を確保することが困難で、事業の正常な運営に支障をきたす恐れがあったこと
- (4)時季変更権が、休暇以後ただちに行われたこと
「さきほどの裁判所の示した、後付け時季変更権が有効であると判断した理由。ですが・・・。(1)については、この点については、「当日請求」であることが前提であることから、対策の立てようがありません。他の3点について対策を立てるしかありません。もっとも対策が立てやすいのが、(2)ですね。理由を聞かれた際の対応です。」
「でも、有休休暇を取る際に、理由なんて言う必要なんてないはずでしょ。さっき世良美さんが、裁判所が後出し時季変更権を認めた理由を教えてくれた際、真っ先におかしいと思ったわ。」
「正確にいうと、有休休暇はストライキ以外は何の理由でも取っていいため、会社が取得する理由を聞く意味がない、ということです。しかし裁判所も労基法も、理由を尋ねる行為自体は禁じていないのです。だから有休休暇の取得申請書に理由を書く欄が設けられていても、問題になったりしません。聞く行為自体が法律上問題となるならば、どこかで裁判とかがとっくに起こっているはずですからね。そして・・・会社が理由を聞く必要がある、とされる場合もあります。」
「聞く必要がある場合って・・・どんな場合?」
「時季変更権を発動するかどうかの判断をするときの判断材料とする場合、です。変更権を行使するかどうか決めるために理由を聞いて、当日申請のように取得までに時間がない場合や、人員不足で困っている場合、『別の日にしてくれ、その日の有給取得は認めない。その日休むなら無給にする。だから無給でもいいなら休め』と言って、その日休むことにブレーキをかけることができます」
「裁判所によると、『判断する材料が欲しくて聞いたのに、それすら拒否されたからやむを得ず時季変更権行使をして希望日の有給休暇取得を認めなかった』・・・・ということですか」
「そういうことですね。よってこのことをさせないためにも、当日請求をした理由が病気などの突発的な体調不良であった場合は、正直にその理由を述べ、有給休暇の申請を行います。
上の裁判例では、休暇日経過後の上司の聞き取りに対して労働者が返答を拒否をしたことが、事後の変更権行使適法の根拠の一つされました。病欠以外の理由であったとしても、後日聞かれた場合は正直な理由もしくは『もっともらしい理由』を述べておくのが良いでしょう。それが、私たちができる最善の対策となります。」
「余計な判決出したものね。まったく・・・」
「しかしやはり、有給休暇は理由の如何にかかわりなく取得できるのです。会社の承認も必要ありません。時季変更権を行使するか否かを決める参考材料の一つとして聞くことが許される、ただそれだけなのです。
ですから、会社は請求理由について説教や厳しい尋問などすることは一切許されません。よって当日申請の際の聞き取り対して理由を答える時は、こちらも最小限の内容を告げるだけで十分です。それで何か言われたら・・・・その時の対応を記録しておき、のちに団体交渉で叩く!ですね。」
「そこから先は、確かに組合がある場合でしかできないな。組合がなければ、結局会社の気分いかんだからね。いちいちこの裁判のように、裁判なんか起こすことできないしな。」
「あと・・・時季変更権を行使されてもすぐさま他の日の取得を希望することで、会社に取得に対する無言の強い意志を示す、ということもできます。そして別の日の取得も拒否したら、この裁判例を取り出して徹底的に反論する・・・これも組合の後ろ盾があっての策ですね。」
「いよいよ、世良美さんらしくなってきたわね。やはりそうこなくっちゃ。」
「ありがとうございます。できればその抵抗は、日ごろ有給休暇を取得できないことに不満を持っている組合の仲間たちと、請求のたびごとに行うといいでしょう。時季変更権を行使して休暇を与えないたびにこのような抵抗を喰らったら、会社としても時季変更権行使による妨害が面倒くさくなってくるかもしれませんからね。
有給休暇がもらえないという悪しき習慣は、有給休暇付与を渋る会社の態度に、長年労働者が何も言わず黙って従ってきたことが原因で形成されたものがほとんどです。ささやかな反抗は確かに勇気のいる行為ですが、労働組合がバックにあるならば、このような手段で抵抗することも可能となるでしょう。あと・・・もう一つ・・・」
「エンジンがかかってきたわね。」
「こうなると止まらないから。あと一つは、何なの?」
「すいません・・・。話ついでに聞いて下されば・・・。もう一つは、会社が休暇取得以後、時季変更権を行使してきた時間に注意する、といことです。裁判例では、「時季変更権が、休暇日経過以後ただちに行われたこと」が事後の時季変更権の行使を適法づける条件の一つとしているからです。ただちに行われず、知らされもせず、給料明細等を見て初めて申請した日が有給休暇になっていなかったことを知った場合は、裁判が示したこの条件を会社に告げ、毅然と抗議をするのが良いでしょう。
できることならば、希望する日を有給休暇としてただちに申請します。拒否に対しては【最判・昭和62・7・10】の判決文を示し、時季変更権をただちに行使しなかった今回の会社の行為は裁判になれば認められないことを主張しつつ取得を請求します。」
「この会社でそんなことやったら・・・・クビ願望でもあるのかしらと思っちゃうわ」
「私には絶対ムリ」
「これは非常に勇気のいる行動ですし、組合の後ろ盾がなかったら、無謀の極みです。後ろ盾があっても自信がなければ、有給休暇として認めなかったことをただちにこちらに伝えてくれなかった点に対してだけでも、抗議をしてください。会社のすることに抗議するかしないかは、有給休暇を以後取得できるかどうかを左右する大変重要な要素となります。」
「組合活動も、日頃の小さな対応こそ重要・・・か。世良美がいつも言ってることだな。」
「榊原さん、いつも同じことで恐縮です。会社が就業規則・時季変更権にまつわる裁判をちらつかせて当日請求を拒否するならば、こちらも時季指定権・裁判例を材料に権利を主張するのです。その積み重ねをもってでしか、有給休暇の取得状況を改善させません。」
エピローグ・ささやかな外食
れい子は、娘の香澄(かすみ)と一緒に、ショッピングセンターに来ていた。
高校生になってもよく風邪を引く一人娘。そのたびに会社を欠席し収入が下がることもあったが、エイコーツールで当日申請の有給休暇が認められてからは、少し生活に安心感が戻ったようだ。
「香澄、今日は何か食べていこうか?」
「お母さん・・いいけど・・・大丈夫?」
「大丈夫よ、だってお母さんだって、働いているでしょ?」
「お母さんの会社・・・大変なんだよね?かおるが言ってたから」
「・・・かおるちゃん、なんか言ってた?」
「お父さんが、また何かキレイごとを言って逆らって、会社を追放されそうになってるって。香澄のお母さんは大丈夫なの?って」
「ほかに何か言ってた?」
「あとは・・・何もだけど」
「そうか・・・・。香澄、お母さんは大丈夫だよ。でも、かおるちゃんのお父さんは、会社で頼りにされてるのよ、私もしてるし。・・・さて、何がいい?」
「そうだなぁ・・・久しぶりだけど、うどんとかかな?温かいし。」
れい子にとっては、何を食べるかはどうでもよかった。娘との久々の外食が、ただ嬉しかった。
本話の主要登場人物
世良美孝義(せらび・たかよし)
知人や依頼人の求めに応じブラック企業に意図を隠して入社しては、そこで労働組合を結成してまた次の会社に行く、労働組合結成をメイン業務とする渡り鳥的活動家。このことは、榊原と水樹以外は知らない。
20代の時、ある会社で水樹と共に機械工として働いていた。一緒に司法試験の勉強をしていたが、世良美だけは司法試験を始めとした全ての法律系資格に不合格となり、組合活動家には資格が要らないこともあって活動家になった。
水樹が司法試験に合格し労働弁護士として活躍していることから、現在もアドバイスをしてもらっており、二人の絆は固い。
司法試験に挫折する一方で、地道な努力のすえにカンフーは会得。経営者の雇ったゴロツキの脅しにも動じない胆力がある。
榊原保(さかきばら・たもつ)
世良美とは以前、違った会社に働いており、その時労働組合を結成することで、信頼関係があった。
現在はエイコーツールで、専門の成形ラインで働いている
世良美をもぐらせ、当会社での労働組合結成を達成した。
水樹悠作(みずき・ゆうさく)
労働事件において労働者からの依頼だけを受ける、労働事件専門の人権派弁護士。
彼自身が現場機械工出身であり、働きながら司法試験に合格した経緯を持つため、労働者側代理人の道を選ぶことになった。
世良美とは現場機械工の頃知り合い、共に将来の夢を語り合った仲。労働組合の渡り鳥的活動家としての道を選んだ世良美を、司法の立場からサポートする。
穏やかで優しい性格から、老若男女問わず人気が高い。しかし本人は至って真面目。
高樹美都子(たかぎ・みつこ)
総務部総務課の中堅女性社員。聡明で美人だが勝気な性格で、女性なのに男気がある。
中学時代の自責の念から、立場の弱い者の味方になることを信条とし、行動してきた。
労働組合結成の話が出た時から参加し、結成後は、組合運営の中核を担う。後輩の竹田愛実をかわいがっている。
竹田愛実(たけだ・めぐみ)
総務部総務課の入社3年目の女性社員。
控えめで清楚な容姿から、総務部経理課の奈良次長に露骨なアプローチを受けており、社内労働組合の代表である世良美と、組合顧問である水樹に相談をしていた。
先輩である高樹を慕っており、プライベートで釣りや温泉に行ったりしている。
酒井れい子(さかい・れいこ)
エイコーツール人事労務部所属。シングルマザーとして生活が厳しく、会社内で行われている不公平に、胸の内で不満を持っていた。
世良美らの労働組合活動に対しては好意的で、世良美に待遇の面で助言をもらってから、世良美に頼るようになる。
世良美かおる(せらび・かおる)
世良美孝義の一人娘。母親のさゆりは、職場の男性上司との間に薫を身ごもるが、発覚を恐れた男性上司がさゆりに中絶を要求したために、同僚だった世良美が父親になることを前提に結婚を申し出て、結婚する。
薫が5歳の時、さゆりが他界し、その後孝義が水樹や周囲の協力も得ながら薫を育てる。
活動家として職場を転々とする孝義の働き方と仕事について、心配しながらも、理解は示している。酒井れい子の一人娘・酒井香澄とは、中学・高校の時の同級生。
酒井香澄(さかい・かすみ)
酒井れい子の一人娘。
世良美かおるとは同じ中学、同じ高校で、仲が良い。