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会社の時季変更権の濫用に対抗するための「これだけ!」知識

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労働者の時季指定権を説明する図

会社が時季変更権を行使するためには、様々な制約があります。しかし現状では、労働者に有給休暇を取らせないための方便に使われている現状が多々見受けられます。その傾向は、中小零細企業などの、従業員数が少なく、経営が個人や一族に集中している会社に顕著に現れます。

このページは、ブラック企業による時季変更権の濫用によって有給休暇の取得が妨げられることがないように、労働者として知っておきたい知識を消化するために書きました。よって最初に、時季変更権・時季指定権にかかわる基礎知識を説明します。前提となる知識がないと、いざブラック企業が難癖をつけてきたときに、対応が難しくなるからです。そのうえで、各権利において頻繁に問題となる点を、労働者が己の権利を守る観点から詳しく説明します。

本ページ最後に、2019年4月からスタートする有給休暇の義務化に伴って新設される「使用者による時季指定」の仕組みを説明します。このページで、使用者の「時季変更権」と「時季指定権」をセットで頭に入れておきましょう。

「時季指定権・時季変更権・計画年休」の全体像

 使用者による時季変更権の濫用に対抗するためには、労働者の時季指定権・使用者の時季変更権・法改正によって生じた使用者の時季指定について、基本的な知識を仕入れる必要があります。また、使用者の時季指定とよく似た、労使協定による計画年休についても、最低限の知識を加え、他の権利と比較すると整理ができるでしょう。

従来からの「時季指定権・時季変更権」

 有給休暇を取得する日を決めるのは、労働者のすることです。労働者は全く任意に、己の希望する日を有給休暇の取得日とすることができます(労働者による時季指定権)。

 労働者の時季指定権に対し、使用者には、指定された日時を変更することを持ちかけることができる「時季変更権」があります。

 間違ってほしくないのですが、使用者に時季変更権があるからといって、使用者に有給休暇取得の承認権があるわけではありません。時季変更権とは、労働者が指定日に有給休暇を取得するとその会社の事業の正常な運営が妨げる場合に限って、「他の日にしてくれないか」と労働者に持ちかけることが出来るだけの権利なのです。

 「事業の正常な運営を妨げる」ことがハタからみて明らかな場合とは、稀なケースです。「人手不足がゆえに、休むと仕事が回らない」程度の理由では「事業の正常な運営を妨げる」には該当しません。もちろん、ただ有給を使われたくないという理由だけで時季変更権を使用することも、権利濫用で認められません(後述)。

有給休暇義務化の法改正による新設:使用者による「時季指定」

 2019年の労働基準法改正によって、有給休暇が年に10日以上与えられるようになった労働者に対し、使用者は有給休暇が付与される日(基準日)から一年以内に、付与される休暇分のうち5日について、労働者の意見を尊重して取得時季を指定して取得させなければならなくなりました。

補足知識:労使の協議による「計画年休」

 計画年休の制度は、労働組合を結成されている労働者の方に関係が深いでしょう。有給休暇の取得率を上げるための制度ですが、なかなか機能してないようです。

 有給休暇の5日を超える分について、労使協定で日時を決めて取得する、というものです。各人の自由な休暇利用のために、最低5日は残しておかねばなりません。

 この計画年休制度、大きな企業では結構頻繁に行われているようです。しかし、中小零細ではほとんど聞いたことがありません。

「労働者の時季指定権」使用者の時季変更権の濫用を防ぐために知っておきたい知識

労働者の「時季指定権」の基礎知識:時季指定権とはどういうものか

労働者の都合のいい日を有給休暇日とすることができるのが大原則

 労働者が有給休暇を取得する時の日時の特定は、労働者に主導権があります。労働者は、己の都合のいい日時を示して会社に有給休暇取得を申請します。

 労働者が時季を指定する際に、事前に使用者側と休む日について調整や協議をする必要はありません。有給休暇は、労働者が心身のリフレッシュをすることで、労働の生産性を向上させるのも狙いであるため、その一環として、労働者が休日においてリフレッシュしやすいように、労働者が休むにあたって都合のいい日時を指定できるのです。

 労働者の皆さんには、使用者に有給休暇を使う日時を示して、取得請求することが出来ます。

 この場合、ハタから見て「事業の正常な運営を妨げる」ような理由がなければ、請求することによって有給休暇が成立します。当然、妨げるような理由もないのに、使用者が取得を認めないことなど出来ません。有給の取得を、使用者の承認にかからしめることは、法の趣旨からも不当な行為だと言えます。

労働者の時季指定権を説明する図

有給休暇を取得する際の申請書には、必要以上のものを書く必要はない

 恐らく皆さんの会社には、「有給休暇の取得申請書」なるものが存在すると思います。その用紙には、取得請求する人名、取得する日時、取得する理由などを書く欄があると思います。

 申請用紙を見ていて思うかもしれません。「有給休暇申請の使い道は自由だから、理由なんて書かなくていいんじゃないの?」と。

 ここでもう一度 会社に取得妨害をさせないための「有給休暇の理由」講座 を見てもらいたいのですが、使用者が時季変更権を使用するための判断材料として理由を聞くことは裁判上でも問題無いと判断されているのです。

 ですから、多くの会社の申請書には理由を書く欄があるのです。使用者に言わせると、「申請の際にいちいち本人に理由を聞く手間を省くため」という感じでしょうか?

 申請書に詳細な理由を書きたくない時は、大雑把に”家の用事”とかでいいと思います。そう書いておけば、時々申請の際に詳細に聞かれる事もあるかもしれませんが、毎回聞かれることもないでしょう。

 ここで、会社生活上よく起こり得る注意点に触れてみたいと思います。

いついつまでに取得申請しなければならない、という社内規則は法律上問題はないか?

 あなたの会社の就業規則には「有給休暇の取得申請は、取得指定日の○日前までに行うこと」のような条項があるかもしれません。

 実務(裁判運営の現場)・学説上において、そのような取り決めは、合理的な内容である限り有効な定めであると解されています(労働契約法7条参照)。

 職場における人員確保については、労働者ではなく使用者がその責務を負うものとされます。である以上、使用者には人員確保をするために有給休暇の取得申請期限について合理的な範囲内での決まり事を設けることは許されるものと解されます。

 しかし、長期休暇でないたった一日だけの休みを、指定日の何カ月前までに出すよう取り決めるような極端な例は、合理的な内容とは考えられず、有給休暇の取得をいたずらに抑圧するような規程であると判断されるでしょう(実際にそのような例が管理人の周囲の会社で見受けました)。

取得理由を厳しく問われることは法律上問題がないか?

 労働者が有給休暇の取得申請をする時に、休暇理由を厳しく問いただし、理由のいかんによって休暇を取らせなかったりすることは法理上大いに問題のある行為であると言えます。有給休暇には、取得理由自由の大原則があるからです。

 裁判例【電電公社此花電報電話局事件】では、時季変更権を行使する条件が整っている場合(行使することが法の趣旨上問題があると言えない場合)、変更権行使を控えるかどうかの判断材料にするために休暇理由を質問することは許されると判断しました。そのうえで、以下の判断をしています。

 『原判決は、・・・・時季変更権を行使されたのはやむをえないことであると判断したのものであって、使用者が時季変更権を行使するか否かを判断するため労働者に対し休暇の利用目的を問いただすことや、休暇の利用目的を明らかにしないこと、または、その明らかにした利用目的が相当でないことを時季変更権行使の理由としうることを一般的に認めたものではない。』【電電公社此花電報電話局事件 最判・昭和57・3・18】

 有給休暇取得理由を厳しく問いただす行為が横行している背景には、使用者がいまだに心の奥底で「有給休暇は承認制度」だという誤った認識を持っているからだと考えられます。

 もしあなたの会社が労働組合を組織しているなら、その点を妥協無く改善要求しましょう。また、労働組合がなくても、取得の際に毅然とした態度で臨むことを積み重ねていきましょう。聞かれるがままに応じていては、だんだんと態度がエスカレートしますから。

「使用者の時季変更権」おさえておきたい基礎知識

「事業の正常な運営を妨げる」ケースがある場合、使用者は時季変更権を行使できる

 労働者が日にちを指定して有給休暇の取得申請をしてきた場合において、指定してきた日に有給休暇を取ることが「事業の正常な運営を妨げる」場合においては時季変更権を行使できます。

 時季変更権を行使して労働者の指定日に有給休暇を取らせなかったとしても、取らせなかったがゆえに他の日に積極的に取らせる必要はない、労働者の再度の申請行為を待っていればよい・・・ということです。

 つまり時季変更権とは、「指定してきた日に有給休暇を与えることは事業の正常な運営を妨げるため、他の日にしてください。その日は有給休暇としては与えません。」という権利なのです。ほかに日に取らせる権利・行為ではありません。

「事業の正常な運営を妨げる」ケースとは?

 「事業の正常な運営を妨げる」とはどのようなケースでしょうか?我々労働者は、使用者による時季変更権の濫用から身を守るためにも、そのようなケースを明らかにしておかねばなりません。理由もないのに時季変更権を行使して有給休暇を不承認にすることは、有給休暇の取得の制限につながるものであり権利の濫用にあたります。

 過去の幾多の裁判例から判断するに、「事業の正常な運営を妨げる」ケースとは以下のケースであると考えらえているようです。

  • 代替人員確保が困難な労働者が、指定時季直前になって長期の期間におよぶ時季を指定して有給休暇を申請してきた場合
  • ある特定の時期に、複数の労働者の時季指定が重なってしまった場合

 きっちり余り無くその日の労働者数の配分がなされている場合で、かつ有給申請が取得日の極めて間近であった場合は、「事業の正常な運営を妨げる事由」があるとみなされやすいです。

 上記3つのケースであったとしても、使用者は代替要因の確保の努力をしなければなりません。人員補充の努力もせず慢性的な人手不足の状態を放置したうえで、幾度となく時季変更権を行使することも、権利の濫用とみなされることになります。

 しかし「事業の正常な運営を妨げる事由」があるか否かの判断は、裁判においては各事件ごとの事実関係で変わってきます。この判断は、繊細であり、不確定な結果となるのが一般的です。

代替人員確保が困難な労働者が、指定時季直前になって長期の期間におよぶ時季を指定して有給休暇を申請してきた場合

 このケースは、工場において高度な技術を持つ希少な熟練度の労働者が長期休暇を取る場合などによくみられるケースです。長期取得の申請が休暇開始時期に極めて接近した時期(前日や当日の朝)に行われた場合、会社は調整期間を持つことができないのが一般的に考え得るため、裁判においても時季変更権の有効性が認められやすい傾向にあります。

 しかし会社は、その労働者が高い熟練度を誇る希少な労働者であるからといって、調整が困難と予想される休暇取得の申請の都度時季変更権を繰り返すことは、有効な権利の行使だと判断されません(後述)。裁判において時季変更権が有効無効と判断される際には、平素からの代替要員の育成等の努力をしていることが考慮されます。

「代替人員確保が困難な労働者が、指定時季直前になって長期の期間におよぶ時季を指定して有給休暇を申請してきた場合」を説明する図

 上の図を見てください。Aさんの有給休暇申請は、休暇の開始時期が6月15日からであるにかかわらず、前日の14日になされています。休暇の取得日数が少ないのであれば、職場において重要で高度な作業内容を専門に引き受けるAさんが休む場合であっても、代替要員の確保ができたかもしれません。

 しかし1カ月にも及ぶ長期の休暇申請が休暇の開始時期に極めて近い時期に行われたため、会社としても対策が立てられず、ゆえにその期間までAさん抜きで業務を回すことは厳しいと判断し、最後の一週について、時季変更権を行使したのです。

ある特定の時期に、複数の労働者の時季指定が重なってしまった場合

 ある時期に集中して時季指定が行われた場合も、時季変更権の行使が有効なものであると判断されやすい場合だといえます。

「ある特定の時期に、複数の労働者の時季指定が重なってしまった場合」を説明する図

 上の図のように、一つの部署の人員がこぞって特定の時期に有給休暇を申請し、事業の正常な運営に影響を及ぼすことが容易に予想される場合などが典型的な例でしょう。

慢性的な人員不足を理由に、いたずらに時季変更権を発動できない!

 上で挙げた、Aさんの例をもう一度見てみましょう。

 上の例で会社が時季変更権を行使できる合理的な理由は、Aさん以外に誰も問題の仕事を出来なかった、という点です。それも、その仕事を出来るベテラン従業員が急に相次いで辞めてしまった、という背景があります。

 ここで考えてみましょう。ベテラン従業員が辞めてから、かなり期間が空いていたら?その間、会社は代替要員の確保のための、他の従業員への教育を怠っていたら?

 まったく教育も施さないで、「君以外にその仕事が出来ないから、休みは認めない」では、会社は代替要員の確保のために努力したとは言えません。Aさんは、この状況をネタに自分の好きな日に有給休暇が取れないことになります。

 ちょっと状況は違いますが、裁判例【西日本JRバス事件】は似たような状況での時季変更権を違法としています。慢性的な人員不足から、代替要員を確保することが常に困難であることを理由に幾度となく為された時季変更を違法と判断したのです。

 有給休暇を与えても正常に業務こなすことが出来るような環境づくりを常日頃からしておくのも、代替要員の確保の努力の一部とみなされるのです。

有給休暇の利用目的いかんで時季変更権を行使することは一般的に認められない

 有給休暇の利用目的いかんで時季変更権を行使することは一般的に認められません。前出の裁判例【電電公社此花電報電話局事件】をもう一度見てみましょう。

 『原判決は、・・・・時季変更権を行使されたのはやむをえないことであると判断したのものであって、使用者が時季変更権を行使するか否かを判断するため労働者に対し休暇の利用目的を問いただすことや、休暇の利用目的を明らかにしないこと、または、その明らかにした利用目的が相当でないことを時季変更権行使の理由としうることを一般的に認めたものではない。』【電電公社此花電報電話局事件 最判・昭和57・3・18】

 この裁判の背景をみてみましょう。

 ことの発端は、労働者が就業規則の申請期限の取り決めに反して当日の朝8時過ぎにその日一日分の有給休暇を利用目的を告げずに申請したことです。使用者は後日、休暇の申請が突然であったことなどを鑑みて有給休暇の利用目的が致し方ないものであったならば時季変更権は避けようと考えて労働者に利用目的を尋ねたが、労働者が利用目的を明かさなかったため、時季変更権を行使してその日を欠勤扱いにしました。

 そこで労働者が、その処分を不服として、その日分の賃金と付加金を求めて裁判を起こしたのです。1審では労働者の請求を全面的に認めたのですが、2審(上記判決文中の「原判決」のこと)では時季変更権の行使は妥当であったとして1審の判決を取り消しました。労働者は2審判決を不服として最高裁判所に上告しました。しかし最高裁判所は2審の判決を支持し、労働者の上告を棄却したのです。

 この最高裁判決では、(たとえそれが休暇取得後にされたものであっても)上記の事実状態で時季変更権が行使されたのは「やむをえないことであると判断したものであった」と2審の判決を評し、上記事実状態での時季変更権の行使を間接的に認容しています。そのうえで使用者が時季変更権を行使するか否かを判断するため労働者に休暇の利用目的を問いただすこと・休暇の利用目的を明らかにしないことまたはその明らかにした利用目的が相当でないことを時季変更権行使の理由としうること、は2審の認めたところではないと締めくくっています。

法改正によって新設された「使用者による時季指定権」の内容

 2019年の労働基準法改正によって、有給休暇が年に10日以上与えられるようになった労働者に対し、使用者は有給休暇が付与される日(基準日)から一年以内に、付与される休暇分のうち5日について、労働者の意見を尊重して取得時季を指定して取得させなければならなくなりました。

使用者の時季指定による有給休暇を取得させる義務を説明する図1

 使用者が取得時季を指定して取得させる分以外の日数分については、従来通り、労働者が時季を指定して取得するする分となります。

 労働者がすでに5日以上の有給休暇を使っている場合は、使用者はその労働者に対しては「時季指定そして取得させる」ということをする必要はありません。

 管理監督者であっても、有給休暇が10日付与される労働者である以上、対象労働者となります。

使用者の時季指定による有給休暇を取得させる義務を説明する図2

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