「守るべきものができた時に守れる要素は持ってないと」 ~福士颯太さんが拳法(ジークンドー)を学ぶ理由

福士颯太さんは、いっとき本当に人気のある俳優さんでしたね。彼が人気があったのは、当然なような気がします。そのあまりの好青年ぶりに、凹むくらい圧倒されます。英語も堪能、かっこよくて、さわやか。

彼の言動を見ていると、「自分を良く見せようとして偽ってないか?」とも思うのですが、所作は自然であり、背伸び感を感じさせない。スマップの中居さんの「嘘ついてない?」という質問にも、「一番その時がリラックスできる時間」とさらりと言ってのける。すごい!!

そんな福士さんですが、拳法(ジークンドー)を習っています。ジークンドー?何それ?と思うでしょうが、あのブルース・リーが創始した拳法で有名です。著名人も結構習っています。v6の岡田准一さんが有名です。「名探偵コナン」に登場する、世良真純や赤井秀一も、ジークンドーの使い手ですね。

福士さんがジークンドーを習う理由が本当にカッコいい。「守るべきものができた時に守れる要素は持ってないと」という理由。

なんだ、こいつは!私はそんなカッコいい理由を言えないぞ。福士さんに「守るべきもの」と思われた人は幸せですね。

でも、この理由、私も同意できるのです。

最初私は、同級生をかばうつもりで拳法に憧れ、親との拳法体験を機に習い始めました。習い始めた時は、本当にひたすら、むかつく同級生を仮想対戦相手にして、拳を突いたり、蹴りを入れたりしてました。中国拳法の練習って、地味で下半身にやたらと負荷がかかり、同じことの繰り返しなのですが、耐えることができた。

しかし、そんな練習をしているうちに、むかつく同級生を沈める為だけに苦しい思いをするのが、アホくさくなってくるのですね。もっと大きな可能性を感じるようになる。拳法で自信がつき始めると、他人がされているイジメに対しても敏感になり、力を貸したくなってくる。

今私が拳法を練習し続ける理由は、最初の時と全く変わりました。今は、「弱きに力を貸し、強きに一緒に立ち向かうため」に練習してます。これは間違いない。私にとって「守るべきもの」は、いわれなき不当な暴力・扱いを受けている「弱き」ものなのですね。

私が今学んでいる拳法の先生も、「ケンカに使うのじゃないよ。大切な人を守るために使うんだよ。」と見学しに来た小学生に言っておられました。そこで改めて自分の学ぶ理由に自信を持った記憶があります。さすが先生・・・。

福士颯太さんも、きっとこの境地に達しているから、忙しい合間にも毎日欠かさずジークンドーの練習が続けられるのでしょう。彼がすごいのは、この完成された「理由」をきっかけに学び始めたこと。そこが私とまったく違うところですね。やっぱりすごい。

このブログを見ておられる方は、今会社との戦いに身を置いてるかもしれません。ひょっとしたら、職場や学校・コミュニティでイジメに遭っておられる方もいらっしゃるかもしれません。

戦いの過程で、戦うために法律を勉強したり、交渉術を学んだり、セルフトークをしている方もおられるでしょう。いじめに勝つために、一人さびしく拳をついている人もいるでしょう。

そんなあなたも、「守るべきものができた時に守れる要素」を身に着けるために、その陰の努力をしておられるのです。あなたにとって「守るべきもの」は、家族の平穏な生活であったり、己の誇りであったりする。

それらすべて、かけがえのないもの。胸を張って言える「守るべきもの」です。

努力しているあなたは、福士颯太さんにも引けをとらない。すごいと思います。応援したくなります。

福士さんの場合のように、周りの人がこぞってあなたに「かっこいい」とは言ってくれないでしょう。批判されることの方が多いかもしれません。しかし、分かっている人は、きっとわかってくれるでしょう。

私は応援しています。これからも、一緒に戦いましょう。

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労働基準法違反・職場いじめで自分に負けないための考え方集



「非属の才能」~非属・社会不適合者と言われ、群れるのが嫌いな天才へ

私はあまり「新書」の類は読みませんが、この「非属の才能」(山田玲司・光文社新書)は面白かった。

内容と簡単に言いましょう。この本は、「社会不適合者」と言われるような、集団の価値観に染まることができない人間向けに書かれた本です。

群れの価値観に迎合できず、ひきこもりやニートになったとしても、それはあなた本来の群れに属さない強い個性のためゆえ、気にすることはない、自分らしくありのままに表現をして、考え、生きていきなさい、という応援歌的な内容となっています。

群れに属することができない・・・これはまさに自分のことのようです。

私は、人と群れるのが苦手であり、クラスでも友も少なく(全くいないときもあった)、いつも窓の外を向いていた。だけども一向に焦ることもなく、何とも思わなかった。先生が気を利かせてアドバイスしてくれても、実行にも移さなかった。

他の人を見下しているわけではない、ただ、考え方が違うのに、併せなきゃいけないのは嫌だったのです。集団に群れれば、自分の気ままに動くことはしにくくなります。

もちろん、多くの仲間に囲まれていても、己の考えを持って生きている人はいらっしゃいます。しかし、私には難しかった・・・それだけのことです。

この本の著者の山田玲司氏も、どうもなかなかの不適合者だったらしいですね。彼は数多くの「非属」な著名人にインタビューを繰り返し、その影響で本書が完成したらしいです。ですから、この本には沢山の非属の先輩が登場します。それがまた楽しい。

会社の不当な行いに、「NO」と行ってしまう人も、非属の才能があるのかもしれません。普通なら、その場を耐え忍んで、何も言わずに我慢したり、転職したりするでしょうから。

でもあなたは、それができないらしいですね。ですから、このようなブログを見ているのでしょうね。「負けたくない」「せめて一泡吹かせてやりたい」そんな考えであるなら、あなたは私と同じ、「非属」タイプでしょう。

戦う過程で群れに属する人間は、あなたにいわれなき言葉をかけてくるでしょう。

「皆がまんしている」

「世の中にはもっとひどい環境の人がいる」

「おまえは立てつくほど一生懸命仕事してきたのか」

・・・などと。しかし、こんな意見はどうでもいいのです。

皆が我慢しているから、私は我慢しなければならないのか?もっとひどい環境で苦しんでいる人がいるといわれて、我慢を強いられるのか?そんな人、知りもしない。一生懸命やってきた?私は自分なりに一生懸命やってきた。一生懸命の度合いを、人に比べられてたまるか!

あなたは群れに属せない。また、属する必要もない。それは私のブログでも書いてきました。私のブログでは心もとなかったら、是非とも本書を手に取ってください。そして何度も読んでください。きっと、今までと違ったやる気が出てくるでしょう。

一度しかない人生。群れの価値観で生きるのでは、あまりにもったいないよ。あなた自身のままで突き進んでください。

その結果、苦しい状況におちいったとしても、大丈夫。意外と自分らしく進んでいれば、その苦境も耐えられる。耐えられなくなったら、また聴いてくれる人に話せばいいよ。どうしても耐えられなくなったら、いったん避難してもいいしね。

「自分の決めた道へ進んだら、弱音を吐いちゃいけない」

そんな言葉も、非属の人には当てはまらない。そんな言葉は、まさしく群れに群れる人間が考え出す言葉だ。どんどん一般社会的本流から外れ、あなた自身の道で進んでください。

ちなみに、この本、まわりにいる私以外の者にはあまり評判は良くないですね。最高。

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決して辞めない、もう一つの特殊技能(中国拳法)の練習

3日前からずっと風邪をひいています。

3年半前に風邪を引いたときは、朝の練習後に熱が出始め、大したこともなく、次の日には回復していたので夕方に練習したので、練習のストップは無かった。

今回は仕事に行く前から高熱が出たため、以後3日間練習はストップしたとしておきました。バイト先にも迷惑をかけてしまった。申し訳ない気分でいっぱいです。

26年連続で練習をしていると、それが日常の中で当たりまえになってくる。練習も辛くない(やっぱり辛い時もある)。朝の3時台に起きるのも当然となってくる。台風でも大雪でも、大寒波でも熱波の時でも練習する意志は変わらなかった。が、己の内からくる辛さには勝てないときもある、今回はさすがにさげた。

何か事をする時、やらない理由を見つけるのは実に簡単です。いろいろな理由があります。寒いから。明日朝が早いから。気分が乗らないから。人が練習場所にいるから。着る服が無くなるから・・・ほかにもいくらでも思いつく。以前は私もそのようなことを言っていた時期があった。

でも、話を聞くと、昔日の達人はそんなことはなく、毎日当たり前に練習していたらしい。そして私の身近にいる先生も、先生の先輩たちも、皆、当たり前に毎日練習している。

その中で、練習する拳法の術理が身に着くのでしょうね。その動作が自然となるから、いざという時に自然と出る。確かに、いざという時に、あまり練習してない不慣れな動作はできない。

外回りバイト中におっさんに襲われたときも、練習中にやんちゃそうな少年たちに絡まれたときも、出た動作はみな、もっとも練習した基本技だけだった。それは八卦掌の基本技であったり、柔道の受け身・そでのつかみ方であったりした。

おそらく、毎日の練習すらなかったら、それらの基本技すら出なかったでしょう。その場に居ついてしまい、固まって動けなかったと思います。相手に対処した時、その場で何か考えていた記憶もありません。後になって、「ああすればもっと良かったかな」と考えるだけです。

昔は、今よりももっともっと生命の危険が身近であった時代です。他流試合でも、命を落とすことすらあった。よって拳法を練習する者たちは、よりシビアに練習に取り組んでいたはずです

きめ細やかな法で守られた現代の日本で生きる私には想像もできないのですが、せめてその気概だけでも見習って、これからも毎日継続して練習していきたい。

今日はその決意の日にしようと思う。

きっと病み上がり後初の練習の時には、脚の筋肉痛はほとんど消えているでしょう。リフレッシュされたその脚に、再び積み重ねていきたい、術理の蓄積を。

拳が求める基本動作をもう一度吹き込んでいきたい。清朝末式八卦掌仕切り直しだ。やり直しだ。

練習が低調だったのはとても残念だったが、これを機に、ふたたび飛躍したい。

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尾崎豊「シェリー」に思う~みんなの、私の「シェリー」は?

前回(6月2日)、ブログで尾崎豊さんの『シェリー』について思いを書きました。

意外と反響があったようで、メールで、または話の中で、皆さんにとっての『シェリー』を教えてもらいました。

まずは家族。

これは基本ですね。そして定番です。しかし定番になり得るだけの、極めて深い思い入れがあるでしょう。

前にいた会社でがむしゃらに働いている30代の人がいました。「なぜにそこまでするのか?」という同僚の問いに迷わず、「家族のため、それ以外ない」と即答していました。家族が安心して寄りかかってくれるためには、俺がしっかりしなければならない、しっかりすれば、子供も安心して学校に進学させられる、という趣旨の話をしていました。

カッコいいですね。この方はきっと、うまくいかないときは、心の中で自問するのでしょう。「シェリー(家族よ)、おれは真実へと歩いているかい?」と。この方にとって真実とは、「家族の平穏な生活」なのでしょうか。

恋人。付き合っている人。

この歌の展開から言って、多くの人が『シェリー』とは恋人だと思うでしょう。

メールで教えてくれた人は、「今のままでいいよ、そこがいいのだから」と言ってくれる恋人が、私にとっての『シェリー』だと教えてくれました。このメールを見て、胸が熱くなりましたね。

ありのまま、つまりは欠点や、一般的でない趣味、性格、弱いところまで認めてくれる人が常にそばにいて、暖かい目で見守ってくれているのならば、「転がり続けて こんなところにたどり着いた」としても、前を向けるのでしょうね。立ち上がって、ふらふらになりながらも、進むことができるでしょう。

なんてロマンティックで、素敵だろうか。この人は、本当に素敵な人に巡り合ったのですね。

親。

わがままを言っても、無償の愛をかけ続けてくれる親は、精神的な支えになるでしょうね。

「シェリー?親だろうか」と教えてくれた人は、結婚後も迷惑をかけて婚姻も破たんしたが、その時でも唯一味方になってくれた親に申し訳なさと同時に、とても感謝していました。

ただ、心の中であっても、親を「シェリー」だと思うのは気恥ずかしい、とも言っておられました。そうでしょうね。私も同じ立場ならば、そう思います。

前にも書きましたが、尾崎は母親をイメージしてこの歌を作った、とも言われており、きっと、多くの「シェリー」好きには、同感する人も多いと思います。

お世話になった方。上司。先輩。先生。

意外?と、このような方もおられます。先生や上司は、自分が右も左も分からない時に、その世界で生きていくための術を教えてくれる人でもあり、かなり大きな影響を受けるハズです。

先生に教わった考えが、その人の人生の中で大きな精神的柱になることもあるでしょう。新人時代に、仕事への取り組み方を熱心に思いやりをこめて教えてくれた上司は、以後の社会生活にとって見本となり得る存在です。

漫画の話で恐縮です。「野球狂の詩」を知っていますか?ドリームボールという魔球を武器にプロで活躍する女性投手・水原勇気が主人公の、水島新司氏の野球漫画です。

水原には、東京メッツでの2軍時代にプロ野球選手のイロハを教わった武藤兵吉というベテランの先輩?上司か?がいました。「バッキローイ!」が口癖の少々荒っぽい先輩です。武藤はやがて広島東洋カープにトレードされ、そこで武藤はメッツを見返すため、水原のドリームボール攻略に野球人生を賭けます。

水原は武藤が去った後、数多くの苦難に直面します。その時、水原が真っ先に想った人が、武藤兵吉でした。水原は追い詰められ、ある時広島のカープ宿舎の武藤に電話をします。その時武藤は、電話先で水原が泣いていることを悟り、あえてふたりが一緒にいた時のように接します。「バッキローイ!」と。昔のままに接することが、水原を最も勇気づけると思ったのでしょうね。それを聞いて水原は感謝しながら泣き崩れます。無骨だが、「シェリー」になりうる、素敵な先輩ですね。

ちなみにその後、武藤は水原と対決、ドリームボールをバックスクリーンに叩き込み、そのまま現役引退。水原は、ドリームボールを打たれたら引退するといっていたが、それはせず、武藤を師として現役を続行します。野球漫画で最もすてきな話です。

・・・・皆、いろいろとあるのですね。私はどうだろうか?

皆のように明確に「これだ!」と言い切ることができない。前に記事を書いたときは、多くのものを挙げたが、それらを苦しい時に思い浮かべただろうか?それらを思って、立ち上がっただろうか?

私の場合、絶対的なものが存在しないのかもしれない。影響を受けた上司や先生もいなくなり、話すことも叶わない。

でも、苦しい時のつど、いろんなもの、人に支えられていたのでしょうね。きっとそうです。一人で耐えきった記憶はない。

できることならば、私も、誰かにとっての「シェリー」でありたい。ささやかな存在でもいいのです。その人にとって「シェリー」そのものでなくてもいい。そう思って、人に接しているつもりです。

少しでも、支えになれたら嬉しい。

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敗北に慣れることなど決して無い~一つの闘いの終わりに

一つの闘いが終わりを告げようとしています。その闘いは、世間の基準から見たら、「敗北」です。

空いた時間を利用して、少ない材料と可能性を頼りに頑張ったのだが、うまくいくことはなかったです。相手が一枚も二枚も上でした。

力不足を感じました。そして、心の底から申し訳なさを感じた。これは落ち込みます。他人ごとではない。まさにこれは自分のこと、そのものですから。

過程でいろいろな人格否定をされたけど、そんなことはどうでもよかった。

苦しい経験からは、何かを学ばなければならない、とよく言うが、今は、時が過ぎるのを待つことにします。時が過ぎて、何かしらの行動をおこせるようになったら、また動きたい。今は、時の経過を慰めにしよう。

6月18日の記事で書きましたね。また、ケ・セラ・セラです。

なるようになるさ、先のことなどわからない。今日は悪い日だった。人生には、いい日もめぐってこることもあれば、悪い日もめぐってくることもあるさ。

しかし、この闘いは、間違いでなかったと思います。結果的には「敗北」だったが、「間違い」ではなかった。

そう思っています。

レディ・ガガも「Born This Way」で言っていましたね。

「私はこのようになる運命のもとに生まれてきたの 私は正しい道を歩んでいるのよ」

今一度、彼には、この歌を聴いてもらいたい。あの時一緒に盛り上がったように。鼓舞した時のように。

さあ、明日から、また検討と対策の日々が始まる。

共に進んでいこう。私も決してあきらめない。食い下がってみせる。相手方弁護士に、裁判で押しつぶすだけでは、決して物事は収まらなことを教えてやる。

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すべてがうまくいくことを願った後の、美しい夕暮れ時

今日は、一日を通して、悩んだり、笑ったり、泣いたりした、感情の起伏の激しい一日でした。

こんな日はなぜか記憶に残ります。一日を終えて、まるで抜け殻のような状態になってしまった。

本職は、危機的な局面を迎えています。どうすることもできないので、なすがままです。すべきことはした。でも、人事を尽くしても、最悪の事態を迎える覚悟を決めきることができず、心が動揺して、悩んでいた。アルバイトの時間も、一人になってふと考える時間も、悩んだ。

辛い時の拳法の練習は、特に過酷です。基本の歩法練習時、脚の疲労感に耐えられないのです。今日は辛さのあまり、泣きながら我慢しようとした。そして我慢できなかった。自分に負けてしまった。負けたから、また泣けました。

でも、一日が悩みだけで終わったわけではありません。今日はそのあとに、嬉しい事もありました。

お世話になった方と話す機会があり、そこでたくさんの元気をいただきました。本当にうれしかったです。いつ話しても、太陽のような元気いっぱいの方です。

争い事を生業とし、それゆえ?孤独気味の私とはまったく真逆のタイプの人であり、それゆえ、尊敬をしていました。この方の周りに、常に人が集まるのも分かる気がします。今日も変わりなく太陽そのものでした。

この方も最近大きく環境が変わり、本当は大変なはずなのに、話の中では以前と変わらず、本音で、かつ屈託なく話されます。悩ましい状況は打開もされてないのに、ありのままで進もうとされていました。

頭がさがりました。わたしごときが余計なお世話ですが、少し安心もしました。

そして、すべてが望ましい方向に向かっている状況も、教えてくださいました。今日初めて知った事なので驚きましたが、またまたうれしかったですね。すべてがうまくいくことを、心の中で再び願いました。

今日は、この嬉しい事二つだけで、十分でした。午前中の悩みも、吹き飛びましたね。

その後、一人での夕暮れ時、ふと公園のベンチに座って太陽の沈む方向を見ると、あまりに美しい夕暮れ。今日はあれほど蒸し暑くてはっきりしない天気だったのに、なぜかこの時だけ、こんなにきれいな夕暮れを見ることが出来ました。

しばらく見入っていましたね。こういう時間というのは、自分の置かれた孤独な状況がよりはっきりと意識されてしまうので、とても気持ちが沈むのです。ましてや、楽しい時間の直後だったから、夕暮れのキレイさと相まって、ドーンと沈みました。

いろいろとその時その時で決断し、逃れて刃向って、クビになったり会社と戦ったりして、この場所にたどり着きました。

気が付いたらこんな場所に。

さて・・・・これからどうしようか。自分だけで決めないといけない。

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武経七書「李衛公問対」は「孫子」読後の解説書として使った

武経七書の「李衛公問対」は、武経七書の中で、成立が最も新しい兵法書です。

最も新しい・・・と聴かされると、結構多くの人が無意識のうちに「新しいから出来がいまいちなのでは?」と考えてしまうのです。しかし、この「李衛公問対」は、実に有益な兵法書だと思うのです。

有益だと思う理由・・・それは、本書中で二人の兵法のプロが、過去の有名な兵法についてわかりにくい点を解説する、というスタイルをとっているからです。つまり、二人の兵法の天才が、過去の兵法書のわかりにくいところ・もっと知りたいところを解説してくれているのですね。

二人の兵法のプロ・・・それは、中国史上きっての名君たる太宗(李世民)と名軍師・李衛公(李靖)です。

太宗は高校の教科書でおなじみであり、名君でもあり、戦略・戦術の天才でもあり、若い頃はその才能で唐の中国統一に大きな成果を挙げました。有能な君主でもあり、智謀と武勇を兼ね備えた将軍でもあったのですね。

李靖は、唐の建国を成した高祖(李淵)の時代からお仕えしている年長の軍師であり、太宗時代には軍の重鎮となっています。隣接異民族国家(突蕨)の平定に多大な功績を挙げた、名軍師です。

実際に、第三者がこの二人の問答を実際に聞いてそれを後に書き留めた、かどうかは、不明ですが、真実はいいではないですか。この二人の会話内容は実にプロフェッショナルで、的確であり、教えられる点が多いのですから。

私は「孫子」を読んだ後、孫子本編中に出てくる「奇」と「正」の意味と、両者の違いがよくわかりませんでした。だが、「李衛公問対」では、最初に「奇」「正」について二人が熱い会話を展開してくれており、実に参考になります。

「奇」と「正」については、「孫ぴん兵法」においても触れられていますが、解説のわかりやすさは、「李衛公問対」の方が上だと感じます。それは具体例が豊富なのもさることながら、二者のQ&Aの形式をとっているからではないでしょうか?

もし武経七書を全部読破したいと思うならば、まず「孫子」を通読し、その後李衛公問対の奇正の部分を読み、その後各六書を読み、最後にまとめで「李衛公問対」を読む、と効率がいいかもしれません。実際、私はその順に読みました。

「李衛公問対」は唐の時代までに発生した戦いや、過去の兵法書、過去の軍師・君主らを素材に採りあげ、具体的な解説を展開しています。ですから、歴史に興味がある人ならば、いきなり当書を読んでも興味深く読み進められるでしょう。

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ブラック企業と戦う労働者のための「孫子の兵法」活用塾



どんなに「いいこと」をしても、半分以上の人間は敵に回る。大丈夫。

アメリカの大統領であるE・リンカーンの言葉でこんなものがありました。

「世の中の半分に反対されるぐらいであるならば、とてもうまくやっている方だ」

半分の人に反対される・・・つまり20人いたら10人の人間が反対。100人いたら50人が反対する・・・。とても反対者が多いような気がしますが、リンカーンは、「それくらいならば、あなたはとてもうまく立ち回っているのですよ」と言う。

リンカーン自身、アメリカの半分を敵に回して戦争をしました(南北戦争)ね。その経験がある彼だから言い得る言葉でしょうか。

私は、社会人になって、この言葉の言っている意味が初めて理解できました。

働くようになれば、己の仕事を遂行するうえでどうしても人とぶつかってしまう。ましてや他人に仕事を教えたり、人を管理する仕事に携われば、嫌われたり避けられることは避けられない。

置かれた立場ゆえとはいえ、人に嫌われること、明確に反対されること、敵意をもって罵倒されることは、私には辛く、苦しい経験でした。

私は学生の頃、とにかく、嫌われたり陰口をたたかれるのが嫌いで、いや、怖くて、いつも同級生らには当たり障りのないことをはなしていました。今でも私生活では、人のことをとやかくは言いません。

しかし仕事となるとそうはいかないのですね。言わざる得ない状況に追い込まれる。皆、己の仕事を効率良くこなさなければならなかったり、少しでも楽して処理したいため、そこで人の思惑がすれ違ってぶつかり合う。

管理者であればなおのことですね。さぼりたい部下、ゆるく仕事をしたい部下がいれば、指摘し、時に叱責しなければならない。そこで直接的に煙たがられる。

私もその立場に置かれ、多くの人とぶつかりました。

一時は、半数以上、いや、7割以上の人間に嫌われましたね。口もきいてくれない。無視をされる。いまでも、そこにいけば白い目を浴びせられる。

腹が立ちましたよ。そして悔しかったですね。受け入れられなかったです。

リンカーンの言葉はすでに知っていたが、いざ自分がその立場になると、なかなか割り切ることはできなかったのです。

毎朝、起きて仕事に行くことが辛かった。怖かったし、嫌っている連中のそばを通ることが、できなかった。敵意を持ってみられることが、これほど心にダメージを与えるとは思わなかった。そう思っているうちに、被害妄想にもなってきました。

いろんな本を読んで、拳法をして、きれいな景色を見て、やけ食いをして、そんなことをしても解決はできませんでした。ある心理状態になるまでは。

その心理状態とは・・・・その状況に慣れてしまうこと。あきらめてしまうこと。

人間って、すごいですね。どのような状況にも慣れてしまうのですね。私の場合は、人に嫌われることに慣れただけですが、世界では、もっと過酷な環境・人間関係にも慣れて、それを受け入れて生活している人がいるのですね。

だからといって、「世の中にはもっと苦しい環境におかれた人もいるのだから、我慢しろ」と言うつもりは全くありません。そんな言葉、私にとっては何の励ましにもならなかったのですから。

ただ、今が苦しい状況ならば、自分の今の現状をまずバカにし、笑い、もういい、どうにでもなるさ、なるようになるさ、とあきらめて欲しいのです。

現状をあきらめ、「どうでもなるさ、だから私は私らしく進むのさ、反対する奴は反対しろ、そのかわり、こちらも言われっぱなしではないぞ!やりたいようにやるぞ!」と開き直る・・・そうすることが、こんな気弱な自分をどうにか立ち上がらせてくれました。まさにケ・セラ・セラです。

そう思っても、苦闘は続きましたが、かなり楽にはなりました。

その開き直りがなければ、組合で使用者の暴言にさらされることはできなかった。人間否定をされても、言った人間と相対することができたのは、この「あきらめ」と「ひらきなおり」の気持ちを持てたからでしょうか。

きっと、この記事を読んでいる人のなかにも、人の批判や嘲笑、陰口にさらされている人がいるでしょう。会社と戦っている人ならなおのことです。思いがけず、人の上に立った人ならば、嫌われ者になってしまったかもしれません。

でも、追い詰められることはないです。落ち込むことは仕方ないですが、追い詰められて、自分を否定することはないです。

現状を笑い、あきらめ、そしてひらきなおる。時の経過も必要でしょう。

私も同じです。今も人に批判され、笑われています。多くの否定的な意見にさらされています。

どうせなら、一緒にあきらめてしまいませんか。そして、一緒に、じっと時がすぎるのを待ちませんか。

梅雨が明け、花火が上がり、涼しくなり、そして初雪が降るころには、状況は変わっているかもしれない。いや、きっと変わっている。良くなっている。街角の澄んだ景色を、ビル街の灯りを、ショッピングモールの暖かい光を、そしてイルミネーションを、今よりずっと楽な気持ちで、見ている自分が、きっと、いるはず。

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ブラック企業ランキングなんて無意味

よく検索される言葉として「ブラック企業 ランキング」という言葉があります。

しかし、ブラック企業にランキング、という言葉は、なぜか不思議差を感じます。どのような基準で順位をつけているのかが、まず気になります。

会社の労働法違反に苦しんでいる労働者にとって、自社がブラック企業ランキング何位か?なんて本当に意味がないことなのです。一時興味も出るかもしれないが、ランキングが上位であろうとなかろうと、自分に対して違法行為を繰り返していることは紛れもない直面している現実だからなのです。

一体皆さんはどのような理由でのこのキーワードを打つのでしょうか?転職を考えているが、申し込んだ会社がランキングされていないか知るため。好奇心・・・いろんな理由があると思います。

確かに、自分の勤めている会社や、転職を希望している会社がランキングの上位にあると、ショックを受けますね。

上位に名を連ねている会社は、おおかた、苛酷な勤務で自殺者や過労死者が出た会社であったり、社員研修がスパルタ式で苛酷であったり、長時間の残業を強いられたりする会社であったりします。

当の本人にとって、今苦しめられている会社こそが、ナンバーワンブラック企業のはずです。他社を見て、まだ自分のところはマシだ、と安心感を得るならば、まだ、余裕が若干あるのかもしれません。

よく、自社のブラック企業ぶりを自慢する人間もいますが、いったいどのような意図からでしょうか?本当に嫌ならば、会社時間以外は、会社のことなど考えたくもないことでしょう。

ブラック企業に勤めて夜遅くまで意図に反して働かされる、なんとつらいことでしょうか。私にはそのようなことは耐えられません。

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落ち着ける場所(あなただけの黄昏る場所)を持っていますか

私の趣味は、誰もいない、見渡しのいい場所で、ぼんやりとすることです。主に夕方~トワイライトの時間帯に、ぼんやりとします。

人はぼんやりとすることを、「黄昏る」と呼んでいるようです。

私の好きな場所は、無名地方都市の、田んぼ地帯の景色です。夕方にそこに行き、日が完全に沈むまで、立ちながら、もしくは簡易椅子を広げて、または直接地面に座って、遠くの景色を眺めています。

最も心が落ち着くときです。そんな時、今まで出会った人なんかを思い出したりします。思わず恥ずかしくなるようなことはなるべく思い出さず、ただ流れるままに、その場の空気に吹かれます。

幾多の労働紛争を経験してきました。その都度いろんな人に出会ったものです。味方になってくれる上司。ここぞとばかりに経営者に寄り添い、心の底から攻撃してきた同僚。今までよく話していたが、私が労働紛争に入った瞬間から露骨に冷たくなった後輩。

私にとってマイナスの対応をした人間を、当時は憎んだものです。今になっても・・・残念ながら彼らを許す気になどなることができません。しかし、このような人たちでも、しっかり私の人生の中で関わってきた人であり、素敵な黄昏の時間に、思い出す人なんだ、と思いました。

彼らのことはとうぜん好きではないが、黄昏の時だけは、彼らを思い出しても心が乱されません。恐るべし、黄昏タイムの癒し効果、というところですね。

皆さんは、日常生活の中で、ふと物思いにふけるような時間を持っているでしょうか?何も産み出さない時間、無駄な時間、といわれがちですが、トラブルに巻き込まれて苦しんでいる人にとっては、このような時間はとても大切だと思います。素直になることができるのです。

今は労働紛争の渦中から一線を引き、伝統武術の研鑽にいそしんでいるのですが、やはりこのような、黄昏の時間というのは、必要不可欠だと思うのです。

皆さんは、黄昏ることができる場所を持っていますか?落ち着くことができる場所を持っていますか?好きな飲み物をもって、ドーンと腰を下ろし、移り行く時間に身をゆだねてみてはどうでしょうか?気持ちはどんどん素直になっていきますよ。そこで湧き上がってきた感情があるならば、その感情に従ってみるのいいでしょうね。

正解は、あなたの心の中に最も多く存在していると思います。心のままに進んでください。

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