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交渉の場で行われる『脅迫』の撃退法(1)~なぜ脅迫は頻繁に行われているのか

労働紛争の中の交渉では、実に多くの理不尽な交渉生み出されます。

その理不尽な交渉スタイルが、『脅迫』です。

「~ならば、・・・するだけです」みたいなセリフが戦いの交渉の中で、どれほど多くおこなわれているか

「頻繁に行われるということは、有効な手段であるという証拠なんじゃないの?」と思われそうです。

しかし現実は違います。脅迫は新たな脅迫や、激しい反発を招きます。

なぜそれほどまでに頻繁に行われるのか?原因は、交渉者の無計画性や、性急さ、または傲慢さに起因すると思われます。

交渉者の今までの人生の中で、立場が対等、または立場が下の人間に対する交渉で、「脅迫」という行為が交渉の進展を助けた経験がある場合、再び使用されやすくなります。

また、「脅迫」で交渉を終わらせることが出来た場合、時間はかからないうえに、我はほとんど譲歩しなくてもよくなります。

この点に味を占めてしまうと、その交渉担当者はいつも脅迫を交渉の手段の一つとして選択するようになります。

家族や友人、または後輩などと利害の調整について話し合う場で、脅迫が行われやすい。その場で脅迫を用い己の意見をゴリ押しして利益を得た場合、その人間の中で交渉や話し合いにおける有効な手段として「脅迫」がインプットされます。

そうなった人間は、公の場でも、頻繁に脅迫を用いるようになります。

お分かりいただけたでしょうか?「脅迫」は有効な手段だから頻繁に行われる、というわけでは決してないのです。

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『リデルハート 戦略論 間接的アプローチ』 ~基本的な内容について

今日は、私が暇があると手にとって読んでいる本を紹介しましょう。

古今東西の兵法を研究してきたリデルハートさんの『戦略論 間接的アプローチ』です。

リデルハート戦略論 間接的アプローチ 上

リデルハート戦略論 間接的アプローチ 下

この本の考え方は、日常生活の様々な場面で、本当に役に立ってきました。仕事でも、労働紛争でも、そしてアルバイトの時でも、身を守るときでも、です。

もはや本を読んでいるだけ、とは言わせないくらい、活用していると思います。

どのような本であるのか?簡単に言うと、ある戦略的目的を実現するためには、真正面からドーンと当たるのではなく、一回、もしくは複数回の牽制や態勢崩しなどを行って、こちらに有利な状態としてから攻撃する、ということを説いています。

その牽制などを伴った戦い方を、リデルハートさんは、「間接的アプローチ」と言っているのです。

本書の基本的な流れを説明しましょう。『戦略論』の構成は、

★第一部 紀元前五世紀から二十世紀までの戦略

★第二部 第一次世界戦争の戦略

★第三部 第二次世界戦争の戦略

★第四部 戦略及び大戦略の基本的事項

となっております。

第一部から第三部までで、過去の戦争の例を取り上げます。そしてその中でどの決断と行動が戦況を間接的に有利に導いたかについて説明していくのです。

最後の第四部では、これらの説明の締めくくりとして、以下の8つの命題を掲げています。

☆目的を手段に適合させよ
☆常に目的を銘記せよ
☆最小予期路線を選ぶこと
☆最小抵抗線を利用せよ
☆予備目標のある作戦線を選択せよ
☆対手が油断してないうちは、わが兵力を打撃に投入するな
☆いったん失敗した場合は、それと同一の線に沿う攻撃を再開するな
☆状況に対応できるように、計画および配置に柔軟性を心がけよ

・・・これら8つの言っている内容については、また日を改めて説明したいと思います。

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交渉の場で行われる『脅迫』の撃退法(2)~脅迫の無意味さを相手に伝える

『脅迫』が交渉の場で行われた場合、まず何からすべきでしょうか?

相手から脅迫めいた言葉を告げられた時は、悔しさや怒り、または恐怖から頭の中が真っ白になるかもしれません。

しかしここであわててはいけません。

この場合、まず初めにすべきこととは、脅迫することの無意味さを相手にしっかりと伝えることです。

そのことを伝えるだけでも、脅迫された場面においては容易なことではありませんが・・・

前にも書きましたが、脅迫は、脅迫された相手に、不信感と反発心を植え込むだけです。そして冷静な話し合いを生み出す可能性を極端に減らしてしまいます。

あがらない?話し上手になる方法

ですから、脅迫してきた相手に、

「そんな脅しめいた話をされても、この問題が解決するとは思えません。私はあなたと話し合いにきたのです。」

「そのような話で互いが不愉快になって、一体どうして建設的な話し合いができるのですか。もう一度話をはじめに戻し、互いに落ち着ける点を見つける努力をしようではありませんか」

などと、冷静になって諭していくのです。

脅迫を受けたあなたは、心が緊張し、怒りや不愉快な気持ちで声が震えてしまうかもしれません。しかし震えながらでもいいので、相手に伝えるのです。

脅迫にのって、脅迫で返したり、感情的になって怒鳴ったりするのは、ドロ沼にはまる可能性を生み出します。

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『リデルハート  戦略論 間接的アプローチ』~私の活用例「相手が油断してないうちは、わが兵力を打撃に投入するな」編

リデルハートの『戦略論』は、私のように歴史の大好きな人間にとっては、実に面白い本であります。

しかし歴史に関わる知的好奇心を刺激するだけではありません。この本は、実生活においても本当に役立ったのです。

例えば、過去の労働トラブルにおいて、会社から情報を仕入れた時の話を例にとってみましょう。

懸念となっていた事案について、社内での規程をどうしても確認したかった。しかしその会社では、規程は上司の机の中においてあり、周知義務が果たされていなかった。

その会社では、従業員が規程を確認するだけで『不穏な行動』ととられてしまう前例があり、誰も規程を確認しようとするのものは居なかった。

さて・・・どうする?

労働者の権利をかざして、堂々と規程の周知を要求するのか?しかしこれは現実的には実に愚かな行為である。そう言った瞬間から、ここの会社で平穏に仕事をするのは難しくなります。

そこで、自分がこれから長期休暇を取る可能性を示唆し、そのために休暇規程がどうなっているのか教えて欲しい、と相談しました。

まだこの方法は、自分がそれほど目を付けられていない状態だからできたことであります。自分が会社に警戒の目を向けられていた場合には、この方法も難しかったでしょう。もし目をつけられていたならば、採るべき方法もまた変わっていたはずです。

確かに、この行為は偽りを伴います。しかし、そうすることで、後々の会社とのコンタクトでも、このお願いした内容を利用することが出来ます。

労働紛争に関しては、紛争が表だって直接に火花を交える状態になるまでは、なるべく水面下で準備をしていくのがいいのです。

そうすることで、相手の頑強な抵抗のもとで戦わなければならない愚行を避けることが出来ます。

相手が油断しているうちに、できるかぎりのことを行う。そして相手が警戒しているときは、その警戒を落ち着かせることが必要です。

この例では、会社側に友好的に「教えてもらう」ことにより、油断を誘い、そして後の行動をしやすくする意味がありました。もちろん、このように当時から考えて行動していたのです(もっとも、そのあとの性急な行動で、この努力も無駄にしてしまいましたが・・・)。

『相手が油断してないうちは、わが兵力を打撃に投入するな』

リデルハートさんのこの考えは、私たちに日常生活の些細な場面で、結構用いることができると気づくでしょう。

※参照文献 『戦略論』(森沢亀鶴訳・原書房)

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ブラック企業と戦う労働者のための「孫子の兵法」活用塾

労働者がブラック企業に負けないための「兵法的戦い方」講座



交渉の場で行われる『脅迫』の撃退法(3)~脅迫で返すのではなく、『共に話し合い、解決を目指したい』と伝える

脅迫の無意味さを相手に伝えたら、次は当事者同士が本格的に問題解決に動き出す番です。

※無意味さを相手に伝えることのページは、こちら

脅迫をしてきた相手に対して、決してしてはならないのが、脅迫に対し、脅迫で応酬することです。そうなってしまうと、もはや両者の関係は完全に破たんし、互いが憎しみ合うような状態に陥ってしまいます。

確かに、交渉の場で脅迫をしてくるような事態ですと、もはや両者の関係はすでに破たんしているのかもしれません。

しかしこの場であなたが、脅迫に対し寛容な態度で臨み、かつ「ともに解決を目指したい、私はあなたを退治したいわけではなく、この問題を共に解決したい」といえば、相手は大きな驚きを感じ、ガチガチになった感情が思わずほぐれる可能性が出てくるのです。

脅迫で応酬すれば、それですべては終わってしまいます。

ここで改めて問いたいと思います・・・この不当な行為と戦うのは、どのような目的のため?

多くの場合、労働法違反が行われる前の、平穏で普通通りの職場生活を取り戻したいのが目的であり、希望であるはずです。

相手を怒らせて、ボロを出させて全面戦争を望む意図でない限り、話し合いの可能性は常に残しておきたいのです。

裁判では、物事は解決しません。裁判とのいう名の争いの場で、互いが憎しみ・言い分をぶつけ合って、そして強制的な解決策がしめされても、そこには必ず大きな、そして深い溝が残ります。

のこされた溝は、簡単に埋まるでしょうか?人間の心は、非常にデリケートで癒されがたい。そして多くの場合、根に持つ傾向にあります(特に嫌な気持ちにさせられた場合)。

今回のトラブルが過ぎても、またの機会に再びターゲットにされたり、あらゆる面で不利益を見舞う可能性があります。

その会社を去るつもりであり、戦う目的が、不当な行為をした使用者に対する反撃と復讐であるならば、信頼関係構築の可能性を残す必要もないかもしれない。

その会社でしばらく生きていくのなら、このトラブルにおける落としどころは、相手としっかり探り合うことでしょう。

しかし、相手と合意するために、不当な要求をのまなければならないのか?このような質問や相談は、意外と多いのです。不当な要求に、屈することは一切ありません。

次回は、その点をしっかりと書いていきたいです

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なぜ、このような記事を書くの?という質問に答える

私は、傲慢な人間に心と時間とお金、幸せを食い物にされている善人の人が読むために、この記事を書いているんです。

善人を助けるためではない。善人の方と想いを共感できたらいい、と思って書いているんです。そして、傲慢な経営で、自己の物財ばかり増やし、威張り散らしていうる人間に対して、見えないパンチをくらわしてやりたいのです。

私に、人を助ける力などありません。人を助けることができるなら、それはスーパーマンですね。人を助けるには、圧倒的な力が必要だと思います。

例えば・・・墜落する飛行機を片手で支えたり、風でばらばらになって地上に降り注ぐガラスの破片を、目からのレーザー光線で溶かしたりすることなど、できません。

私自身も非力で、不完全な人間だから、こういう形で、少しでも心の癒しになることを願って、書いているのです。非力な人間が思いつく、労働トラブルにおける助け合い、でしょうか。

また、労働トラブルは、自分が主体となって解決していく例がほとんどであるので、己の力で行動できるための情報を提供したい、という考えがあります。ゆえに、このブログのような記事になります。

人に頼っても、結局結果は本人に降りかかってきます。ですから、自分が主体になって戦った方が、起きてしまった結果にあきらめがつくと思います。

和解や裁判などは、自力で行うのが難しい場合もありますし、結果(地位や経済的なもの)においては、労働者に厳しいものになりがちです。

これからも、自力で行動を起こすために手助けになる記事を書いていきたいですね。

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労働基準法違反・職場いじめで自分に負けないための考え方集



トラブルに疲れた時は、例えば動物で癒されよう。志村動物園を見て思った。

労働トラブルに疲れた時は、どのようにして心の中の鬱憤やストレスを解消しようか?

とても難しい問題だと思います。なぜなら、働くことは、生活の大部分を占めているから、職場でトラブルに巻き込まれるということは、ほぼ毎日長時間ストレスにさらされるということになるからです。

ストレス解消の方法は、人によって本当に様々でしょう。

職場でトラブルに巻き込まれた時、ストレス解消などと悠長なことを言ってられない?確かに想像しがたいですね

しかしその時になってみると、意外とほかごとを考えていたりします。これは経験からくる実感でもあります。

そんな時に、ちまたにあふれているビジネス本は、私の心をいやしませんでした。

ふさぎ込んでいるときに、ビジネス本の著者の言葉は、ただ暑苦しくて説教くさかったからです。

ビジネス本の著者など、大方は起業精神にあふれた経営者的な人間が書いたものです。そう思うだけで、拒否反応を起こしました。

また、「できる人間」との比較をされることは、弱った心に追い打ちをかけます。自分は自分であり、しょせんは自分の精神的な耐性の範囲でしか、未来への行動は続かないのだから。できる人間の行動を押し付けられ、こうだから駄目なんだ、と叱られても、元気など出るはずもありません。

・・・そんなときは、人間の作為や思惑を離れたもので心を癒されるのがいいと思います。

今日の題材のように、例えば動物を見つめるのもいいでしょう

ペットなどいなくてもいい。

街中で見かける野良猫でもいいですよ。テレビ(例えば『志村動物園』のかわいい動物たち)の中の犬猫に癒されるのもいいですね。

動物たちは、心がストレートで、だましたり、自分の考えを押し付けたりはしない(動物間ではどうかわからないけど)。

謀略と差別と偏見、そして見下し、卑屈に満ちた人間の醜さとは無縁の世界。

癒されます。

私の実家にも以前犬がいたのですが、辛いことがあっても、彼らをみると不思議と一息抜けたのですね。

根本的な解決につながらないかもしれませんが、ある程度癒されるまで、彼らの癒しの力にすがるのもいいのではないでしょうか

そのあと、説教くさい本などを読んで、未来に向けての行動を始めればいいのですから。

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労働基準法違反・職場いじめで自分に負けないための考え方集



交渉の場で行われる『脅迫』の撃退法(4)~合意をするために、とにかく相手を話し合いの場に出させる

労働紛争においては、解決をするためには裁判などの対決で解決するのではなく、話し合いなどの対話で合意をすることが特に重要です。紛争終了後も、当事者双方が同じ場所で長い時間、生活をしていく必要があるからです。

以前、社内で裁判を起こし勝訴して、その後に社内にとどまっている有能社員の方が話題のニュースを見たことがあります。

しかしその方の話を聞いていると、有能な社員であるその人にすらもも、紛争後の会社からの空気は冷たいのだと知りました。これほど成績もよく会社にとって貢献度の高い人であっても、争いを起せば居心地は悪くなるのですね。

私は、社内で争いきったあとに、その場で今まで通り生活をしていく自信はありませんし、できませんでした。ですから、労働紛争で合意を得ることの重要性は痛いほどわかるのです

・・・・前置きが長くなりましたが、その前置きを踏まえ、今日は「脅迫」という不毛な手段で交渉に臨んでくる使用者を、建設的な話し合いの場に参加させる方法を述べていきたいと思います。

さあ、合意を得るための具体的な行動を起こしましょう。

まずは、話し合いで対決姿勢を前面に打ち出すことをやめておきます。

相手はすでにあなたに対して脅迫をしてきているのです。聞く耳はほとんどないと言っていいでしょう。あなたの反発に、警戒して身構えている、というのが本心だと思います。

★対決姿勢を前面に打ち出さないことについての記事はこちら。

相手が話し合いをする気もない姿勢であってもあきらめません。話し合いをする気の有る無しにかかわらず、まずは相手の言い分をしっかりと話してもらうのです。

その時、相手の言うことにイチイチけちをつけたり、反論しません。存分に話してもらいます。

ここで新たに脅迫されても、脅迫は不毛であり、かつ互いの解決にならないことを伝えて、とにかく言い分を聞きます。

そうすることで、話し合いをする気がない相手も、少し態度を変えるかもしれません。あなたが相手の言い分をしっかりと聞くことで、相手の心の身構えを少し緩和させる結果を産むかもしれません。

そうなると、本格的な話し合いに入ることができる可能性が生まれます。ここで初めて可能性が生まれるのですね。

相手の言い分(中には自己中心的で傲慢な言い分もある)を聞き続けるのは、思った以上に大変です。

しかし態度を硬化させている使用者を交渉の場に引きずり出すには、相手の言いたいことを存分に聞いてあげ、感情のしこりを緩和させることが重要だと思います。

妥協をする必要はありません。今の段階で合意も不要です。

多くの人は脅迫という汚い手段を用いられると、腹がたちケンカ腰になり、互いにののしり合う最悪の結果になります。

そうされた時は、とにかく相手の言い分をだまって聞くこと。口も挟まずに聞くこと。

今はただ、話し合いをスタートさせるために全力を注ぐのです。

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労働紛争における『目標』と、人生における『目標』との違いは

私のホームページでは、労働紛争における戦略的思考方法について説明しているカテゴリーがあります。

★労働紛争における戦略的思考方法についての私のホームページはこちら。

この中で、『労働紛争における戦略的思考法 ~(1)最終目的の設定』というページがあります。

ここで少し話してみたいです。『人生における目標と、労働紛争における最終目的では、どう違うのか?』という問いです。

最終目的と目標、という単語の違い・・・そういうツッコミは今は置いておきましょう。目指すべきもの、というニュアンスでは、両者とも同じでしょう。

労働紛争における最終目的とは、最終的に戦うことで何を目指したいのか、であります。

一方、人生における目標とは、もっと大きくて、これから先どのようなことを追い求めて生きていくのか、といった感じだと思います。

人生の目標の方が、より大きな視点に立っているのですね。

しかし、両者がまったく関係ないかといえば、そうではありません。

労働紛争の最終目的を設定する場合、その人の性格や追い求めるべき目標が大きく参考になる場合があります。

私は人生において~という目標を持っているから、今回の不当な行為では、・・・という目的をもって戦う道を選択する、といった感じです。

そうやって考えると、自分を見つめ、人生の目標をある程度明確にしていないと、いざ労働紛争になった時に、一時の感情に基づいた目的を設定してしまい、自己の価値観と違った結果、環境をまねていてしまう危険があることになります。

自分を探す、というのは、甘ったれたたわごとのようにとらえる人間が多いのです(特に、『社会は厳しい』と言う大人気取りの人間がよく言う)が、心穏やかに、そしてブレずに生きていくうえで、自分を探すことに取り組むことは本当に重要だと、実感しています。

少し話がそれましたが、労働紛争の最終目的を設定できない人は、時間がかかってもいいから、自分というものを探ってみるといいかもしれません。

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ブラック企業に負けないための「戦略的思考」の用い方



『夢は必ずかなう』の落とし穴~あなたの『夢』って何ですか?

本屋に行って自己啓発本を見ると、『あきらめなければ、夢は必ずかなう』というような文章に出逢います。

なんとも甘美で、優しい言葉だろうか。

特に絶望の淵で、それでもなお未来に希望をつなごうとする者にとっては、とても心地よく響きます。

しかし、よく考えてみてほしいのです。

そもそも、あなたの『夢』って、なんですか?多くの自己啓発本は、夢があることを前提に書かれています。

そして内容のメインは、その夢のかなえ方となっているのです。そうであるならば、夢がない人間にとっては、そこで終わってしまうことになります。

「いや待て、夢ならばあるぞ」と頼もしい声が聞こえてきそうです。

私自身、そのような文章を見つけたら、少し前はそう心の中で叫んだかもしれません。

しかし、『夢』と思っていたものを考えれば考えるほど、その夢のために熱中して、とか、寝食を忘れて、とかいう感情も意欲もわいてこなかったのです。

多くの本(ほとんどが自己啓発本・金持ち本・ビジネス書)を読んだがために、そこに書いてある他人の成功談義をうらやましく思い、「これが自分のめざすべきものだ」と勘違いしていたのかもしれません。

これらの本の説く内容は、どれも先輩方の努力の結晶であり、見習う点も多いのでしょう。しかし、彼らの語る夢を、自分の夢と同化させることは、どうしてもできませんでした。

私は忘れていたのです。

もっと私らしい憧れがあったことを。それはある特定の職業そのものに憧れていたわけでもなかった。

お金持ちになりたい、と考えていたわけでもなかった。

中学生くらいまでの私だったら、間違いなくはっきりと、心の中で断言できたのです。迷いもなく、そのため心が平安で、未来の到来を待ちわびていた。

私見で申し訳ないのですが、子供時代や学生時代にいだいた憧れって、本当に簡単に、かつとても強力に、己の心に刻まれます。

大人になってから『いいなぁ・・』とうらやましがるようなモノゴトは、すでに心中で計算と将来への備えの気持ちが入り込んでくる

備えや安全面にばかり気を使った果てに得た「夢」は、泣くほどに心が高まったり、自信が湧いてくるはあまりないのかもしれません。

だからまず、何よりもまず、見つけなくては・・・・

寝るのも惜しい、食べるのも後回しにしたくなるような、本当の夢を。

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