私のホームページでは、労働紛争における戦略的思考方法について説明しているカテゴリーがあります。
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この中で、『労働紛争における戦略的思考法 ~(1)最終目的の設定』というページがあります。
ここで少し話してみたいです。『人生における目標と、労働紛争における最終目的では、どう違うのか?』という問いです。
最終目的と目標、という単語の違い・・・そういうツッコミは今は置いておきましょう。目指すべきもの、というニュアンスでは、両者とも同じでしょう。
労働紛争における最終目的とは、最終的に戦うことで何を目指したいのか、であります。
一方、人生における目標とは、もっと大きくて、これから先どのようなことを追い求めて生きていくのか、といった感じだと思います。
人生の目標の方が、より大きな視点に立っているのですね。
しかし、両者がまったく関係ないかといえば、そうではありません。
労働紛争の最終目的を設定する場合、その人の性格や追い求めるべき目標が大きく参考になる場合があります。
私は人生において~という目標を持っているから、今回の不当な行為では、・・・という目的をもって戦う道を選択する、といった感じです。
そうやって考えると、自分を見つめ、人生の目標をある程度明確にしていないと、いざ労働紛争になった時に、一時の感情に基づいた目的を設定してしまい、自己の価値観と違った結果、環境をまねていてしまう危険があることになります。
自分を探す、というのは、甘ったれたたわごとのようにとらえる人間が多いのです(特に、『社会は厳しい』と言う大人気取りの人間がよく言う)が、心穏やかに、そしてブレずに生きていくうえで、自分を探すことに取り組むことは本当に重要だと、実感しています。
少し話がそれましたが、労働紛争の最終目的を設定できない人は、時間がかかってもいいから、自分というものを探ってみるといいかもしれません。