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懲戒解雇理由ごとの実戦的戦い方~経歴詐称

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懲戒解雇される理由には、実に多くの理由があります。しかしその多くが、特定の労働者を企業外へ追放するための方便として利用されています。

当ページで詳しく説明する「経歴詐称」も、その例外ではありません。経歴詐称にて懲戒解雇された多くのケースを検証すると、懲戒処分の「極刑」たる懲戒解雇にふさわしいような経歴詐称は実に稀です。多くのケースで、些細な詐称を大義名分に、懲戒解雇が乱発されているのです。

この状況の被害者とならないためには、どのような対策をした方がいいのでしょうか?それは、過去の経歴詐称における代表的な裁判例をいくつか知り、いざ事が発生したら、迅速に己のケースを比較できるようにしておくことです。

当ページでは「経歴詐称」で懲戒解雇された場合に備え、懲戒解雇理由としての「経歴詐称」の基礎知識と、過去の裁判例、具体的な対処法を説明していきます。

経歴詐称を理由とした懲戒解雇の戦いにおけるポイント

戦いおいて力をいれて主張する点とは

 会社が「経歴詐称」の理由で労働者を懲戒解雇するためには、経歴中の重要な部分を偽り、かつそれが企業秩序を大いに乱した事実、もしくは労働力適正配置の誤りや採用戦略の崩壊等の企業秩序を乱れを発生させる恐れがあることが必要となります。

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇を戦う場合は、あなたの例を鑑み、まずその点を分析していきましょう。あなたに下された処分が懲戒解雇である以上、懲戒解雇の相当性を最終的な主張として位置づけ、各主張をつなげていきます。

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇の戦いでは、以下の主張が頻繁にされることになります。

  • (1)会社が指摘している詐称についての、こちら側の反論
  • (2)その詐称が、労働者の経歴の中で重要でない点であることの主張
  • (3)当該詐称が、懲戒解雇に相当するような程度の企業秩序等の乱れを生じさせていないことの主張

 詐称行為が事実であるならば、上記(2)・(3)を中心に主張・反論をしていくことになります。

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇の場合、その詐称内容がよほど程度の著しいものでない限り、企業秩序の混乱を招くような事態には陥らないのが一般的であるので、その点を重点的に攻略していくことになります。

譲れない最低限の防衛ラインを明確にし、そのライン実現のいかんによって、戦いの続行・断念を決める

 経歴詐称が明るみになったことによって、労働者は会社に対して(経歴に関し嘘をついたことによる)少なからぬ負い目を感じ、会社側はだまされたという気持ちから労働者に対する不信感を持つことになります。

 「懲戒解雇」という厳しい処分が下されたことで、以後ますます、両当事者が会社内で平穏な職場生活を続けることが難しくなってしまうことになります。その事情も影響するのか、経歴詐称における戦いでは、労働者側が最低限のラインを保った譲歩に応じるケースが多くなる傾向にあります。

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇を戦うならば、労働者は、戦ううえで譲れないラインを明確にしておく必要があります。歴史の言葉を借りるならば「絶対国防圏」でしょうか。

 ラインとして考えられるものは、以下のものです。

  • 解雇前の部署に戻るのはあきらめるが、他部署(経歴詐称をしなくても採用され得る部署)への配置転換をもってその会社にとどまる
  • 会社を去ることを条件に懲戒解雇を撤回させ、退職金を通常通り獲得する
  • 会社を去ることを条件に懲戒解雇を撤回させる

 ラインは人それぞれです。人によっては、争いを繰り広げた会社にとどまることなど考えられない、と思う人もいるでしょう。あなたが戦いをするにあたって、最低限実現したいことを明確にし、それを行動の指針とするのです。

裁判を前提とした準備によって、裁判前の話し合いの道が拓ける

 これらのラインを実現するにあたって、もっとも有効的な手段は、裁判所を利用することです。労働者側が譲歩を前提としているならば、調停やあっせん、もしくは会社との個別の話し合いもいいのではないか?と思われるかもしれません。

 しかし、いったん懲戒解雇を出した会社にとって、労働者との縁はそこで既に切れたものとなっているのです。強制力のないこれらの話し合いの手段で労働者が働きかけてきても、会社側はなかなか応じないでしょう。

 調停やあっせんの手段が有効となるのは、それらの手続きをするまでの段階で、労働者が的確な証拠を示し、的を得た主張をして、かつ裁判所を利用する兆候を示している場合です。

 会社側に弁護士・社会保険労務士などの専門家が顧問としてついている場合には、彼らに労働者側の的を得た主張を示すことは大きな意味を持ちます。彼らは会社が労働者との裁判になった場合を想定し、法的な知識をもとに会社側の勝算を推し量ります。会社側に不利な材料がある場合は、話し合いへの参加を積極的に経営者に勧めてくれることも考えられます。

時系列で知る「経歴詐称」によって懲戒解雇された場合の実戦的な戦い方

ステップ1:経歴詐称をしたことについての、会社に対する弁明をする。

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇には、経緯について大きく2つのパターンが見られます。

 1つは、経歴詐称の事実が発覚してから懲戒解雇までに、一定の間がある場合。もう1つは、事実発覚から間を置かず、即日で懲戒解雇される場合です。その状況において、労働者の採るべき行動が変わってきます。

事実発覚から懲戒解雇までに一定の間がある場合

 懲戒解雇までに時間的な余裕が見込める場合は、まず申し開きをします。経歴詐称をしたことについて、やむを得ない事情を説明します。もしくは、本人が詐称の意図がない場合で、その点についていざとなれば争うことも辞さない場合は、詐称の事実を認めず、最小限の弁明のみにとどめます。

 間があるケースにおいて、あえて会社に弁明をする意図は、懲戒解雇処分を避けるためです。いったん出された処分は撤回しにくいのです。もし労働者が、当該会社に対する未練がないならば、懲戒解雇を避けるための努力はしておいて損がありません。

即日解雇の場合

 事実発覚後、間髪をいれず懲戒解雇処分を下してきた会社に対しては、一応の懇願はしますが、詐称の事実については、争う姿勢を示します。

 労働者に弁明の機会を与えない懲戒解雇については、それだけで解雇権の濫用が疑われるため、「適正な手続きを怠った」という主張につなげていきます。

 即日懲戒解雇のような、極めて冷酷な手段を用いるということは、会社の労働者に対する尊厳や配慮が欠けている、もしくは信頼感がなくなってしまった、ということが考えられます。例え詐称内容が重い内容であったとしても、わざわざ「懲戒」という不名誉なレッテルを貼り付けて追い出してきた会社に、一切の遠慮はいりません。

ステップ2:懲戒解雇を断行した(もしくは、断行しようとしている)会社に対し、内容証明郵便を使って解雇の撤回を求める。

 こちらの低姿勢によっても、経歴詐称を理由とする懲戒解雇が実行されてしまった場合は、「懇願」から「抗議」へ姿勢をシフトしていきます。「お願い」の段階は、懲戒解雇実行とともに、終結します。これからは、裁判を起こすことを前提とした行動を選択していくことになります。

 懲戒解雇が実行された時点で、労働者は会社内に容易に立ち入ることが出来なくなります。また、電話すらまともに対応してくれない可能性もあります。よって、内容証明郵便を使って、懲戒解雇の撤回を求めていきます。

懲戒解雇の撤回を求める通知書の例の画像
懲戒解雇の撤回を求める通知書の例

 文末で期日を定めることは、何ら法的な根拠のないものです。しかし、効率のよい戦いの進展を目指し、あえて記載します。この期日を過ぎても何ら会社側からのアクションが無ければ、再度の通告もせず淡々と次の段階へと進むだけです。このように対応することで、会社側には「期限を過ぎたら、こいつは何かの行動をしてくるな」という思いを抱かせることができます。

 なお、内容証明郵便によくある「法的措置をとることを念のために申し添えます」類の言葉は、今の段階で記載する必要はありません。内容証明郵便だけで充分に会社側に、こちらの本気度を示すことができるからです。

 指定期日が過ぎる少し前から、次のステップの作業に取り掛かります。そして期日経過後、速やかに次の行動を起こしていきます。

ステップ3:解雇理由証明書(退職時の証明書)の請求をして、解雇理由・解雇に至る具体的経緯を会社側にはっきりと文書化させる。

最初に口頭にて、解雇理由証明書(退職時の証明書)を請求する。

 経歴詐称を理由とする懲戒解雇が強行された時点で、会社側の姿勢というものははっきりとしました。指定した期日までに会社から解雇撤回の意思が示されなかったら、実質的な行動の開始となります。先ほども申しましたが、もはや「懇願」は終わりです。ここからは、自らの主張を会社側にぶつけていきます。

 解雇の有効無効を争う場合、解雇の理由を文書の形で示すことは、戦いの基本です。解雇通知から実際に解雇されるまでに時間がある場合は「解雇理由証明書」、即日解雇され、証明書請求時にすでに退職している場合は「退職時の証明書」を請求します。

 経歴の詐称をしたことが解雇理由であることは、解雇通知書を見れば書いてあります。しかし通知書だけでは、こちらが提訴する場合に、主張することの出発点となる解雇に至るまでの経緯が書いてありません。紛争後半における解雇理由の不意の付け足しへの備えの意味、そして何より、効率的に裁判を進めていくためにも、ここで解雇理由証明書(退職時の証明書)を必ず請求しておきましょう。

 請求の仕方としては、口頭による請求が一般的です。過去の経験からして、経歴詐称を理由とする懲戒解雇においては即日解雇が少なく、話し合いの機会も割と設けられる傾向にあります。解雇通知を受けてから解雇されるまでに時間がある場合は、「解雇理由証明書」を請求します。

 その時、ボイスレコーダーで音声を録音しておくといいでしょう。しかし録音ができなくて、かつ会社側が解雇理由証明書を故意に発行しない事態に直面しても、すかさず内容証明郵便を使って請求するので必要以上に心配することはありません。

 「口頭で請求したら、激しく怒鳴られ拒否された」「請求しても交付してくれず、面と向かって再度請求したくない」という声も聴きます。経歴詐称を理由として解雇してくる会社は、「悪いのは詐称した労働者の方」という意識が強く、労働者の請求に対し、強硬な姿勢を見せる傾向があります。そのような場合は、実際に解雇されて会社に出勤しなくなった後に、電話にて再度請求します。電話で話すのも嫌でしたら、内容証明郵便を使います。

内容証明郵便を使って解雇理由証明書(退職時の証明書)を請求する。

 労基法22条は、労働者から解雇理由証明書の発行請求があった場合は「遅滞なくこれを交付しなければならない」と定めています。口頭による請求後一向に請求書が届かない場合は、内容証明郵便を使って証明書の発行を請求します。その時は、こちらで期日を定め、会社側に対する圧力をかけます。

解雇予定日を迎える前に内容証明郵便を使って「解雇理由証明書」を請求する場合

 解雇の撤回を要求したら、過酷な嫌がらせを受けるようになり、解雇日が来てないにもかかわらず会社に出勤できなくなった。・・・情けない話ですが、そのような事例はいくらでもあります。また、従業員から何らかの請求をされるのが大嫌いな経営者の場合、解雇理由証明書の請求をすることすら、気が引けるかもしれません。

 そのような事情がある場合は、迷わず内容証明郵便を使って解雇理由証明書を請求しましょう。もしステップ2の作業「解雇の撤回要求」をしていない場合は、ここで解雇を争う姿勢も示しておきます。

解雇された後に内容証明郵便を使って「退職時の証明書」請求する場合

 解雇を争う場合、退職時の証明書を請求する場合は、一般的に以下の内容の記載を請求します。

  • 労働者が退職するに至った事由
  • 解雇に至った経緯・事実関係
  • 就業規則の該当条項

 労基法22条では、「労働者の請求しない事項を記入してはならない」と定めてあるため、そのことも併せて通知します。

 「労働者が退職するに至った事由」・「解雇に至った経緯・事実関係」については、具体的に記載する必要があります。特に「解雇に至った経緯・事実関係」について、具体的記載のされていない証明書が目立つようです。

 退職時の証明書の請求は、法22条で定められた労働者の正当な権利であるため、22条中に言及されている事項「退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む)」が記載された証明書だけは、極力得るようにしましょう。得られない場合は、次の段階(労働審判や訴訟)の場において、会社側に説明を求めていくことになります。

退職時の証明書を求める通知書の画像
「退職時の証明書」を求める通知書の例

各記載内容のチェックポイント

労働者が退職するに至った事由

 労働者が退職することになった理由が証明してあります。経歴詐称を理由とする懲戒解雇であるならば、当然この欄に、その旨の記載がしてある必要があります。まずそこを確認しましょう。

 経歴詐称が懲戒解雇の理由であるならば、以後の戦いは、今回の経歴詐称を理由とする懲戒解雇が、解雇権濫用となりうる事実を探し出し、それを主張・立証していく作業に重点的に取り掛かることになります。ここで後付けの解雇理由を足してきたり、経歴詐称以外の解雇理由を挙げているならば、その作業に力を集中できません。要は、私たちの進路をはっきりと確認し、計画を立てるために、事由の欄は重要なのです。

 裁判が進行した後に、会社側が証明書に記載していない解雇理由を挙げて解雇の有効性を主張してきたとしても、こちらは「退職証明書に記載していないような重要性の低い解雇事由によって懲戒解雇することは、明らかに処分の不相当性にあたる。」と反論することができます。

解雇に至った経緯・事実関係

 退職時の証明書を請求した場合、具体的な記載を避け、ほぼ退職の理由だけしか示さない会社があります。また、インターネット上に出回っている解雇理由証明書のひな形をそのまま使い、その限られた記載スペースすらも埋めることができない貧弱な経緯・事実関係を書いて送ってくる会社もあります。

 そのような証明書では、裁判をすることになった場合に、訴訟の効率的な進行に役立つ的を得た訴状を作成することが難しくなります。訴状において、会社側の事実関係の説明不足を指摘し、答弁書にて書かせ、その後に労働者作成の第1回目の準備書面にて、事実関係をやっと反論できることになります。

 行政通達においても、解雇に至った経緯の記載内容は、具体的であることが求められています(平成11・1・29基発45号)。「経歴詐称による懲戒解雇」と書いてあるだけで、経緯・事実関係について触れていない証明書を渡された場合は、再度請求することも考えておきましょう。

就業規則の該当条項

 常時10人以上を使用する会社において懲戒解雇をするためには、就業規則があり、それが周知されていることが第一に必要となります。そして就業規則中に、懲戒処分に関わる事項が定めてあり、問題行為が懲戒処分となる行為に該当する必要があります。それらを満たして、会社はやっと、適正な段階を経て、労働者を懲戒し得るのです。

 経歴詐称行為を理由に懲戒解雇する場合も、それらの条件に当てはまっている必要があります。その点をまず確認しましょう。会社の大小にかかわりなく、その条件を満たした懲戒解雇は少ないのが現状です。

 就業規則の一定の条項に該当することを理由として懲戒解雇された場合は、当該条項の内容、当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記載するように求めます。行政通達においてもそのことが指導されています(平成11・1・29基発45号)。

 ※通達については、法律のような強制力が行政機関の内部以外に及ばないため、会社が通達に従わない事実があっても、違法な行為とはなりません。しかし、会社側に権利の主張をする場合の根拠として紹介することができるため、説得力が増します。

ステップ4:勝算を推し量りつつ、戦いの最終目的を決定し、戦いの期間を定める。期間内に最終目的を達成し得る方策を挙げる。

勝算を推し量る

経歴詐称を理由とする懲戒解雇の戦いにおいて、労働者の勝算を高める要素とは?

 「勝算」は、労働紛争をするかしないか、どのような戦いを展開するか、において、最も考慮すべき要素です。何よりも優先させないといけません。

 懲戒解雇によって精神的・経済的なダメージを受けた今だからこそ、無謀で何も生まない戦いは避けなければならないからです。何よりも優先する、ということは、例え家族から戦いをすることを熱望されたとしても(そのようなことは滅多にありませんが)、勝算がなければ戦わない、ということを意味します。

 経歴詐称をめぐる懲戒解雇の戦いにおいて、勝算がある場合とはどのような場合でしょうか?経歴詐称をめぐる懲戒解雇に特化した有利な要素を中心にしていくつか挙げてみましょう。

  • 懲戒解雇に至るまでの適正な手続きを怠ったと推測させる証拠があること
  • 就業規則が存在しない事実の証拠があること
  • 就業規則が周知されていない事実の証拠があること
  • 会社側が問題視している経歴詐称が、労働者の労働力評価に重要でない軽微なものであること
  • 経歴詐称で懲戒解雇と言っておきながら、他の理由をもって懲戒解雇してきたことを会社側の言動をもって証明できること

 これらの要素のうち、就業規則がない事実と、経歴詐称の内容が重要でない事実は、懲戒解雇を無効とさせるうえで、極めて有利な要素となります。

 就業規則がない以上は、そもそも懲戒解雇はもちろんのこと、戒告や出勤停止などの他の懲戒処分もできません。もしあなたの会社に就業規則が存在しないのであれば、調停や裁判、労働審判等の司法手続き中において、そのことを必ず主張します。

 会社側が懲戒解雇の理由とした経歴詐称の内容が、労働者の労働力評価に重要でない軽微なものであるのも、懲戒解雇を戦ううえで有効な証拠となり得ます。懲戒解雇は、退職金を奪い、かつ懲戒解雇という烙印を押して会社から追放する、極めて過酷な処分です。そのような処分にふさわしい行為は、賃金体系や企業秩序を乱すような重大な詐称内容でなければなりません。軽微なものが理由であるならば、このように、懲戒解雇の不相当性を重点的に主張することができます。

他の紛争と共通して、労働者の勝算を高める要素とは?

 この要素は、他の労働紛争全般において労働者の勝算を高める要素となります。これらの要素は直接に勝利をもたらすものではありませんが、労働者が戦いを継続し、かつ合理的に戦ううえで大変重要な要素となります。

  • 同居家族の賛成が得られている
  • 裁判などの長期戦を支え得る経済的な目途がしっかりと立っている
  • 会社内の同僚の協力が得られている(たとえ内密な協力であってもよい)
  • 戦いを解決するための手続きについて、本人がそれを実行するための強い意欲と勇気をもっている
  • 労働者の人格が平素よりしっかりとしており、同僚や部下から信頼されていた

 これらの要素は、「孫子の兵法」が説く、勝算を推し量るための要素を参考にして挙げたものです。本人の強い意志・家族の賛同・同僚らの協力・経済的バッグボーン・信頼される人柄・・は、戦いにおいて事態を動かすための大きな要素であるのは間違いありません。

最終目的の設定

最終目的の設定は、本人の自由意思と家族の意見、そして勝算の大小で。

 経歴詐称によって懲戒解雇された場合の戦いにおいても、他のすべての労働紛争と同様に、あなた自身の最終目的を定める必要があります。

 解雇の戦いにおいては、いくつかの最終目的が考えられます。人によって、戦いの過程の過ごし方の違いにより、最終目的の外面が同じであっても、その中身が大きく違ってきます。

 例えば、懲戒解雇の撤回においても、相手と話し合いのすえに非を認めさせて撤回させる・裁判にて強制的に撤回させる・もしくは裁判上・労働審判上の和解において双方の譲歩の一環として撤回させる、などが考えられ、人によって、撤回のさせ方で満足・納得するパターンが違ってきます。

 戦う本人の精神的な耐久性、法律知識、裁判にかけることができる時間の長短等に応じて、最終目的に至るまでの過程が違ってくるのは当然です。あなた自身の心の声・家族の意見(家族以外の外野の意見は参考にしない。労働紛争は、本人の本当の望みを得るために動くことで、結果がどうあれ最大の満足を得ることができるから)をもとに、最終目的を挙げ、最後に勝算を考慮して、決断します。

経歴詐称における懲戒解雇で考えられる最終目的(例)

 あなたの行った経歴詐称が、重要なものである場合、もしくは過去の裁判例において懲戒解雇有効だと認められた詐称内容と類似している場合、においては、裁判を行っても敗訴する可能性が高くなります。

 経歴詐称を理由とする懲戒解雇の争いにおいては、会社は徹底抗戦をしてくる傾向があるため、その点も考慮に入れ、あなたの意思をもとに、最終目的をリストアップします。考えられるものを挙げてみましょう。

  • 経歴詐称自体の否定。解雇の撤回要求。勝敗にこだわらず、会社と戦い、こちらの意思を思う存分ぶつけることを最終目的とする。
  • 詐称の事実を認めていることを前提として、処分の不相当性を重点的に訴え、懲戒処分の撤回だけを目指す。
  • 徹底抗戦をして、裁判官による裁判中の和解の働きかけの機会に、懲戒解雇の撤回による普通解雇とし、退職金獲得を目指す。
  • 裁判上・労働審判上の和解の場において、退職と引き換えに、懲戒解雇の撤回と和解解決金の獲得を目指す。
  • 懲戒解雇の撤回のみを目指す。
  • 勝算がない場合・もしくは限りなく不利な場合において、懲戒解雇による経済的損失を最小限にするため、スムーズな移行戦を展開する。

 勝算がない場合における戦いからの撤退は、決して泣き寝入りではありません。損得勘定をもとに被害を最小限に食い止める道を選択することは、次なるステージおけるスムーズな移行を実現させます。

戦いの期間を把握し、その期間内で行い得る方策(手段)を挙げてみる

 勝算(特に、経済的なバックボーンの把握)を推し量り、そのうえで最終目的を決めると、目的達成のために「一般的に必要な期間」と、あなたの都合によった「戦いに充てることができる期間」が分かってきます。そのうえで、戦いに充てる期間の調整をします。

 解決までに最も時間がかかる手続きと言われる「通常の民事訴訟(裁判)」を例に話をしましょう。

 経歴詐称を理由とする懲戒解雇の戦いにおいては、会社側が報復的意図に基づく非効率的主張の繰り返し・証拠の後出しなどの遅延行為をしない限り、本人尋問まで半年前後くらいで済む傾向があります。この戦いでは、大方裁判の争点が、詐称内容の重要性・詐称内容に対する懲戒解雇処分の相当性の2つとなるため、整理解雇のような審議内容が多岐にわたる紛争内容に比べ審議の的が絞られやすいからです。

 本人尋問から裁判上の和解の働きかけ、そして判決を含めると、総紛争期間は1年弱となるでしょう。この一般的な期間に対し、あなたに関わる特有の事情が修正を加え、「(現実に)戦いに充てることができる期間」が決まるのです。

 分かった期間内で利用できる方策(手段)を考えてみましょう。解雇をめぐる戦いでは、解決のための手段は、あっせんから裁判に至るまで、様々なものが用いられます。しかし本格的に戦う以上は、裁判や労働審判がメインとなってきます。

  • 通常の民事訴訟(裁判)
  • 労働審判
  • 民事調停
  • あっせん
  • 労働組合による団体交渉

 複数の方策の中から一つを選択するうえでの判断基準は、「短期決戦」か「腰を据えての持久戦」かになるでしょう。

ステップ5:方策に沿った解決手段を選択し、実際に手続きを開始する。

 すでに話し合いにおいて、会社側が懲戒解雇を撤回することはないということが分かっているので、「対決」を中心にそえた決断をすることになります。

 各手続きとも、長所もあれば短所もあります。どれかを選び取るのは大変ですが、決断とは、選び取った方策の短所も受け入れることは宿命となりますので、思い切って選び取りましょう。

通常の民事訴訟(裁判)

特徴

 裁判は、決着が着くまで時間がかかる手段ですが、1カ月に1日、裁判所に出頭する時間を取ることができる人ならば、十分現実的に利用できる手続きです。訴状や準備書面を作成する作業は別途必要となりますが、裁判所において雄弁に議論するようなことはほとんどない(多くの場合本人尋問の時くらい)ため、皆さんが思っているほど難しい手続きではないと言えます。

利用のポイント

 経歴詐称を理由とする懲戒解雇を戦う場合、重要なのは、「就業規則の存在・周知」と、「経歴詐称の内容が、会社側が問題視している経歴詐称が、労働者の労働力評価に重要でない軽微なものであること」をいかに裁判において立証し、かつ証明するか、です。経歴詐称の内容が軽微なものであれば、会社側は普通解雇すらできない可能性が高くなるからです。

 よって詐称内容が軽微な内容であれば、懲戒解雇が無効となる可能性は高くなります。可能性が高くなっていれば、その状況をもとに、裁判上の和解においても、有利な提案をしやすくなります(会社側に弁護士などの専門家が就いていれば、彼らに間接的に、会社側に早期の紛争終結を提案させる要素にもつながります)。

 就業規則の存在・規則中に懲戒処分の事由と処分内容が規定されていることは、多くの会社ですでになされています。また、周知をしていなかった事実だけをもって、解雇無効を争うのはいささか心もとないでしょう(もちろん、周知されていない事実も、有利な事実として主張します)。

 ですので、詐称内容が軽微なものであることを立証することに力を集中します。

最重要点の主張・立証における戦略

 他の理由による懲戒解雇の戦いと基本的に同じですが、最も力を入れるべき点は、「懲戒解雇の不相当性」を裁判官に理解してもらうことです。その最重要点を抑えつつ、他の重要点(就業規則の不存在・周知不徹底・解雇に至るまでの弁明等の手続きの不備など)も漏らさず主張していきます。

 裁判をするまでの準備においては、最重要点をいかに証明していくか?を常に念頭に入れて証拠収集活動・文書作成の活動をします。詐称内容が軽微であること、それが企業に甚大な影響など与えていないこと、経歴詐称の懲戒解雇が、当該労働者を追い出すための方便であると考えられる場合は、その点も主張していきます。

 最重要点の立証のための証拠として最も基本的で欠かせないものは、解雇理由証明書(退職時の証明書)です。会社側はその書面の中で通常、詐称内容の詳細を指摘し、それが会社に対しどのような損害や混乱を与え、ゆえに懲戒解雇に付した、と記載してきます。損害の程度や混乱内容の具体的な記載についてまでは言及している会社が少ないものです。

 そこで、訴状において「被告(会社)は原告(労働者)の行った経歴上の詐称によって損害を受けたと証明書に記載してきたが、その内容は具体的でなく曖昧である。そのような曖昧な記載でしか示すことができない損害によって、原告の永年の勤労の功績を抹消し、懲戒解雇の烙印を押して職場から放逐する本件解雇は、不相当に過酷であり、権利の濫用で無効である。」とつなげてきます。

 訴状にそのように記載することによって、会社側は答弁書において労働者を解雇するに至るまでの事実について、具体的な記載をせざるを得なくなります。その記載内容によって、今後の対策を考えていきます。次の書面(「準備書面」という)の提出までには時間がありますので、対策を考える時間と文書作成の時間は十分持つことができるでしょう。

 ちなみに、解雇通知を受けてから実際に解雇されるまでに、解雇理由証明書を請求したにもかかわらず交付されなかった場合は、解雇までの適正な手続きを怠った、と主張することで、交付されなかった事実を利用していきます。解雇理由証明書が交付されなかったために解雇の理由がわからず、そのような不明な状態で懲戒解雇をされた、として、懲戒解雇処分の手続きの不手際を力を入れて主張していきます。

労働審判

特徴

 労働審判は、原則3回の期日を開き、その中で審議と調停を試み、解雇などの労働紛争を迅速に解決すること目的とした手続きです。申立から手続き終了までの平均的な期間は、2カ月半前後となっています。

 労働審判は、その開催数の半数が解雇がらみの事件となっています。解雇トラブルの解決のうえで、スタンダードな解決手段となっていることがうかがえます。

 利用のしやすさはどうでしょうか?労働審判は、迅速だからといって手軽なものではなく、審議が限られているがゆえに、事前にしっかりとした準備が必要となります。審判申立書(裁判における訴状に該当するもの)を作成し、かつ、初回の期日では本人が積極的に口頭で、裁判官や相手方の質問に応対する必要が生じます。つまり、質問にスムーズに答えるための相当の事前準備も必要となるのです。

 「審判」ではありますが、第1回目・第2回目・第3回目それぞれにおいて、常に調停が行われるのが大きな特徴となっています(調停成立割合が7割弱となっている)。

 調停が不調に終わり、審判が下った場合、その審判に対する異議申立ての割合が高い(審判となった事件数の6割強が異議申立てとなっている)ため、調停が成立しない場合は、トータルで、通常訴訟と同じくらいか、それ以上の時間がかかってしまうリスクを持っています。

利用のポイント

 迅速な解決を目指す本手続きは、審議中の調停の試みがうまくいくかどうかも、大きな目的達成の要素となっています。よって、譲歩よりも懲戒解雇撤回と復職に重きを置いている方は、最初から通常訴訟を利用するのもよいでしょう。

 経歴詐称を行った事実について争いはないが、懲戒解雇は過酷すぎるのでその点を何とかしたいと考えておられる方は、労働審判中で懲戒解雇の不相当性を主張しつつ、懲戒解雇撤回を条件とした譲歩の姿勢を期日内調停の場で示していくのも効果的だと思います。

不利な状況下での労働審判の活用方法~勝敗の見通しを量る目安として活用

 例えば、経歴詐称の内容が重大なものであって不利な戦いが予想されるため長引かせたくないが、それでも懲戒解雇は行き過ぎた処分であると考えられる場合は、労働審判を利用するのは意味のある選択でしょう。戦いの行く末の目安を知ることができ、無益な戦いの長期化を避けることができるからです。

 裁判は時間がかかる手段であるため、敗北する可能性の高い戦いに時間をかけるのは、家計や労働者の精神状態に多くの負担を強いることになります。不利であるならば、素早い解決手段たる労働審判で裁判所の判断を仰ぎ、その判断内容を今後の行動選択の指針とします。

 審判中に労働者に不利な審判や調停案が示されたならば、本戦(裁判)になっても結果が変わらない可能性は高くなります。また、会社側に有利な審判が下された場合、その判断内容は裁判における重要な証拠として会社側から提出されるのが常であるので、その点において、裁判の始めから不利な要素を抱えることになってしまいます。

 もしあなたが今後の対応を迷っている状態であったならば、戦いから撤退するうえでの大きな後押しと成り得ます。第一回目の審判期日で行われる調停において、その内容・審判委員の調停案提示内容・に着目しましょう。

 不利な場合であるからこそ、調停の段階での相互の調整に意味があるのです。労働審判という、事実上の強制的な手続きのなかで調停が行われ、それなりの譲歩をしてもらえる可能性があります。訴訟となれば、「0(ゼロ)か100」のリスクを背負わねばなりません。

有利な状況下での労働審判の活用方法~素早く勝ち逃げする可能性を生む手段として利用

 軽微な詐称に対する懲戒解雇などは、ほぼ解雇権濫用で無効となります。それに加え、解雇に至るまでの適正な手続きも怠っているならば、なお勝算が高いと考えられます。

 審判申立書には、その点を必ず主張し、出し得る限りの証拠を提出します。司法手続きに入る前に解雇理由証明書(退職時の証明書)は必ず請求し、もらえなかったら、再度文書で請求します(文書で請求することに意味がある。最悪ここで証明書をもらえなくてもよい)。音声データがあれば必ず反訳し、反訳書を作成し、提出します。

 初回の審判期日で審理と調停を行うため、審判申立書の作成は実に重要です。労働審判は、第1回目の期日が最も重要です。申立書作成に、今あるあなたの力をすべて注ぎましょう。

 調停に応じて戦いを終わらせてもよい、と考えられている方は、必ず譲歩ラインを策定しておきます。有利であるのに、必要以上の譲歩はする必要がありません。譲歩を求められる時、経歴詐称をしたことに対する批判を受けつつ譲歩を求められることもあるかもしれませんが、詐称したこと云々は、道徳的な問題であり、譲歩を強制されるいわれは一切ありません。今はその詐称内容に対する懲戒解雇が相当であるか否か、を争っているのですから。

 前述のとおり、労働審判が下されても、それに対する異議申立ては高い割合で行われています。よって、勝算が高い状態で労働審判に入る場合でも、審判平均所要期間(2~3カ月)と裁判平均所要期間(10~13カ月)の生活の目途を立てる作業はしておきます。

 会社側の異議申立てによって通常裁判に移行しても、審判の内容はしっかりと裁判における証拠として提出します。民事裁判において、証拠はどのようなものを提出してもいいのです。裁判所は、前例を重視する傾向があるため、直近の審判での審判結果は、本裁判の判断に大きな影響を与えることが期待できるからです。

あっせん・民事調停

特徴

 あっせんも民事調停も、話し合いによって両者が歩み寄ることで落とし所見つけ、そこで互いに妥協することを約束し合うことで紛争を解決するスタイルをとっています。

 よって、大きな特徴として、両者が譲歩する用意がある場合に、この手続きが活きてきます。「私は悪くないのに、なぜ妥協などしなければならないのか」という方には不向きの手続きです。その場合は、最初から裁判を利用した方が、時間のロスを食わずに済みます。

 話し合いの場でうまく落し所が見つかればいいのですが、その前に、会社側が出席しないと、話し合いすらできません。あっせんも民事調停も、相手方に出席を強要することができないため、この手続きで解決を図りたい場合は、裁判を利用する場合と同じように準備をして、相手方を話し合いの場に半強制的に出席させます。

利用のポイント

 先ほども書きましたが、調停やあっせんなどの「相互譲歩」系の手続きは、こちら側に譲歩する用意がある場合に初めて、利用価値が生じる手続きです。そして、譲歩させるためには、会社側をあっせん・調停の場に出席させないといけません。

 調停・あっせんの場に引きずり出すための対策としては、以下の努力をします。

  • 裁判になっても提出し得るような、的確な証拠をそろえる
  • 会社側に対する通知は、すべて文書で行う
  • 話し合いの場では、譲歩する姿勢を示し続ける

 経歴詐称したことについて会社側が感情を害している場合は、なかなか調停の場に出てきてくれません。また、軽微な経歴詐称を大義名分に懲戒解雇してきた場合も、同じです。悔しいですが、彼らにとってあなたに関わるトラブルは「もう既に片付いたこと」なのです。

 片付いたことにさせないために、終わってないことを示すための行動が必要です。それが、上の3つの努力なのです。「調停が不調に終わったら、その後裁判をしてくる」と会社側に思わせるような準備をし、アピールします。

 調停申立書には、事実の経緯を書き、主張をし、それを裏付ける証拠をしっかりと提出します。しっかりと合理的に、的を射抜いて作成された調停申立書を示されると、相手方は「裁判にまでなったら面倒だし敗訴の可能性も十分有り得るので、ここで折れておこう」と考え、調停への出席を考えるようになります。

あっせん・調停を成功させるための戦略

 経歴詐称を理由とした懲戒解雇においては、会社側は、当該懲戒解雇が労働者にとって当然受けるべき報いだと考えていることが多いため、任意参加のあっせん・調停にはなかなか出席してくれません。

 調停などの話し合いで解決したいと考えている場合、この傾向は致命的です。よって、労働審判でも調停が行われるため、そちらの手続きの利用も考えることでしょう。しかし労働審判は、事前準備が大変で、第一回期日で勝敗の趨勢が決してしまう上級者向けの司法手続きです。尻込みをしてしまうでしょう。

 よって、まずは裁判を行うくらい周到な準備をし、準備完了の時点で調停を吹っ掛けることにします。そうすることで、こちらの有利性をアピールでき、負けたり長引かせたくない気持ちから、会社側の姿勢を変化させる可能性が生まれます。

 調停においては、こちらの実現したい要求のレベルを3段階くらいに整理し、明確にしておきます。以下に例を挙げておきます。

  • 【有利な場合】懲戒解雇の撤回・退職金の通常支給
  • 【どちらともいえない場合】懲戒解雇の撤回・和解解決金の支給
  • 【不利な場合】懲戒解雇の撤回

 裁判をするかのような周到な準備をしても、会社側が出席してこないケースも当然に考えられます。そのような場合は、調停で使った証拠書類・陳述書・申立書を整理し、間髪を入れず次の手続きに移行していきます。

 受けた処分が労働者に多大な不利益を与える懲戒解雇であるため、明らかに不利な状況でない限り、次に手続きに移ることになります。泣き寝入りをする代償としては、受ける損失があまりに大きいからです。

 明らかに不利な場合や、調停を経験して、会社の不誠実な対応や言動によって、これ以上関りを持ちたくない、新しい世界に進みたい、と思った場合は、その気持ちに正直になることも、合理的な決断であると考えられます。次のセクションでも述べますが、本人の戦意は、戦いの継続において最重要の項目であるからです。

ステップ6:戦いの節目において戦局・戦う意欲を分析し、戦いの継続・打ち切りを考える。

 節目における戦況の分析は、戦い継続による補い難い損失を避けるために、すべての労働紛争において、是非ともしておきたい作業です。節目における戦況の分析については、兵法的戦い方(5):各戦局で戦況を分析し、進路を決断する を参考に行います。

 (文書でとはいえ)激しい罵り合いの応酬による混戦が、経歴詐称をめぐる懲戒解雇の戦いでは予想されます。戦況の分析という、己を一歩引いた立場から眺める時間を取ることで、冷静になる時間をもちましょう。そうすることで、怒り・憎しみ・意地・希望的観測から、一時自由になることができます。

 「節目」とはどのような時でしょうか?ここでは、何かしらの出来事が発生した時ではなく、「労働者の心理状態に大きな変化が生じた時」であると考えていきます。アクシデントが生じても、それが労働者の心境に変化を及ぼさなければ、重大な節目とは考えません。ほとんど多くの場合で、心境の変化はアクシデントで引き起こされ、心境の変化も起きないようなアクシデントは、大したアクシデントでないからです。

 節目においては、以下の項目について、素直に、ありのままの分析を行います。経歴詐称をめぐる懲戒解雇の戦いを例に、分析項目を挙げてみましょう。

  • 当節目において、この戦いについての家族の理解を開戦当時と変わらず得られているか?
  • 開戦当時における経済的な見通しについて、想定の範囲内で済んでいるか?
  • 開戦当初に打ち立てた目的について、目的達成の願望に変化がないか?別の願望が湧いていないか?
  • 会社側の経歴詐称についての主張が、的を得たものか?会社側の主張に対し、堂々と反論できうるか?反論するための物証があるか?
  • 経歴詐称を理由とする懲戒解雇との戦いについて、今も戦いを遂行するための知識習得に意欲があるか?、
  • 現在利用している法的手続きについて、そのストレスに耐えているか?耐え切れなくなってないか?
  • 会社側が主張してきた経歴詐称を理由とする懲戒解雇の正当性について、主張する正当性を打ち消してしまうような正当性が、こちらに存在するか?

 これらの項目について、厳しい状況となっている項目が多くても、悲観する必要はありません。その時は、撤退すればいいのです。意地や怒りの感情から、戦いにこだわって甚大な損害を被った挙句に戦いを終えるより、比べ物にならないくらい好ましい終わらせ方をすることができます。

 最も重要な項目は、いちばん最初の、「家族の理解」です。この項目が満たされなくなったならば、戦いは終わらせた方が良いでしょう。それは、どんなケースであれ、です。惨敗していなければ、いくらでも再スタートできます。

ステップ7:戦いの終結と、その後の生活を通常時に戻すための具体策を実行する。

 今回の経歴詐称をめぐる懲戒解雇の経験を、以後の職業生活における危機管理に活かします。なぜ今回、経歴詐称が問題となったのか?経歴詐称はしない方がよかったのか?どのようにしたから経歴詐称が露見したのか?それらの教訓を踏まえ、以後同じ轍を踏まないようにすればいいのです。

 現実には、ある程度の詐称をせざるを得ない人もいるでしょう。その宿命を背負った人は、以後、経歴詐称が露見しないように注意をし、かつ、詐称しても周囲に影響を与えないような対策を立てていきます。

 そして、この戦いを終了させていきましょう。たとえ戦いに勝ったとしても、終わらせ方に問題があると、その後に大きな問題を残します。ここでは、経歴詐称を理由とする懲戒解雇において、よくある以下の終了パターンごとに、終了させるためのポイントを説明していきます。

  • 懲戒解雇無効の判決が出て、従業員としての地位が確認され、復職する場合
  • 懲戒解雇の撤回と引き換えに、退職する場合
  • 裁判・労働審判において労働者の主張が認められず、懲戒解雇が有効と判断された場合
  • あっせん・調停において、会社側が強硬な姿勢を崩さず、もしくは話し合いに参加せず物別れに終わり、かつ戦う気力を失い戦いを止める場合

 どの終わらせ方であっても、それが結果である以上、損失を最大限に抑えて撤退するのが最も賢明な終わらせ方となります。損失は受けるものだと覚悟をし、いかにその損失をコントロールするか(ダメージコントロール)を意識してこの時期を迎えましょう。

懲戒解雇無効の判決が出て、従業員としての地位が確認され、復職する場合

予想される報復行為のダメージを減らすために、同僚の(陰の)協力を取り付けておく

 復職する場合における最大の警戒点は、会社側による報復行動です。これらの行動が実行される可能性は高いと思ってください。よって、対策を立てることは避けられません。

 仕事を与えない。同僚らに無視させる。ミスに対して心無い言動を加える。当該従業員のみ、残業をさせない。許可や申請の場において、理由なく拒否する。などが考えられます。

 第一にすべきことは、同僚らの協力を得ることです。協力、といっても、表立った協力でなくても構いません。陰では理解して味方となってくれることを頼みます。共に声を上げることを求めると同僚の協力は得られませんが、陰で味方でいてくれることをもとめるならば、割と苦労なく承諾してもらえます。

 同僚の協力が得られれば、精神的な負担の多く(ほとんど)を軽減させることができます。同僚らの理解を得られず、孤立無援の中で具体的な嫌がらせを受けたならば、多くの人は耐えられなくなって辞めてしまうことでしょう。

 この作業は、すべての種類の解雇の戦いに共通します。よって地位確認請求訴訟を勝ち抜き、復職する場合にまずすべきことは「同僚の理解を得る作業」ということになります。外部労働組合への加入は、有効な対策の一つですが、こちらの方は望めばすぐにでも加入できます(裁判終局のあたりから、自分の目的に合った外部労働組合を探すことはしておきます)。

解雇されてから判決確定の日までに得るはずであった賃金の支払いが、履行されることに注意する

 次に注意する点は、判決確定の日までに得るはずであった賃金の支払いがしっかりと実行されるか、という点です。

 地位確認請求の裁判においては、解雇されてから判決確定の日までの賃金の支払いを求めることが一般的です。裁判で会社側の懲戒解雇が確定すると、こちらが求めた請求額の一部の支払い義務が会社側にあることが認められることになります。その義務を、会社側が実行することに注意する必要があります。

 もっとも、解雇事件においては、賃金仮払いの仮処分が行われているケースが多いため、この注意点に警戒する必要のないケースも多々あります。

経歴詐称があったことを理由とした、復職後の配置転換については、その必要性をしっかりと説明してもらう

 裁判において労働者が経歴詐称をしていたことについて事実認定された場合、復職後にその事実を大義名分とした配置転換がされることがあります。転換に意図が、労働者に対する報復的な措置である可能性もあるため、注意する必要があります。

 経歴詐称があったしても、その詐称の程度が軽微で、解雇前の部署の職務遂行に問題がないと裁判で判断されて解雇無効となった場合には、詐称事実を理由とした配置転換は、合理的意味を持たない転換となることが考えられます。

 なぜこのタイミングで、新たに部署の転換がなされるのか、その理由をしっかりと説明してもらいます。説明された理由があいまいであったり、納得ができない場合は、転換命令が合理的な理由がないものとして、拒否をします。

 配置転換命令に従う場合は、転換先での会社側の対応に注意します。そこで過度な精神的圧迫が、当該労働者に偏って行われる場合は、嫌がらせの可能性があります。精神的な苦痛が極限に達する前に、心療内科等においてもらった診断書を出し、休職の届け出を出します。このケースでは、会社の悪質さが露見しているため、個人での対応は厳しいものがあります。外部労働組合に相談をし、集団の力をもって、交渉していきます。

懲戒解雇の撤回と引き換えに、退職する場合

 あっせん・調停はもちろんのこと、賃金仮払いの仮処分・労働審判・民事裁判においては、その手続き過程で裁判所から和解を勧められる機会があります。

 和解の勧告の中で、懲戒解雇の撤回と引き換えに、本争いを終結させることはよく行われます。この場合、会社側に課せられた義務の履行がしっかりとなされるか、という点をしっかりと監視します。

 課せられる義務の中で多いのが、和解解決金・退職金の支払いです。懲戒解雇が撤回された以上、以下で示す条件がある限り、会社が退職金を支払わないことは許されません。時折、懲戒解雇の撤回だけをして、金銭の支払いを免れようとする使用者がいます。

 退職金は、労働者が普通に退職したならば当然得られるであろう金銭なのです。

  • (1)雇用契約が締結されていること
  • (2)退職金規程が存在していること
  • (3)退職金規程に示された算定期間をみたしていること
  • (4)退職した事実

 (1)・(2)・(3)については、地位確認請求裁判の過程における彼我の主張の中で、事実認定がされていることが多いため、問題は少ないでしょう。「(4)退職した事実」については、今回の和解で、懲戒解雇の撤回と引き換えに、退職することになったわけですから、この条件も満たしたことになります。

 和解では、金銭の支払いを定める条項が付される場合は、支払い期限も定められることになります。よって、その期限が到来しても一向に支払われる気配がない場合は、ただちに督促します。督促は、まず内容証明郵便で行います。

裁判・労働審判において労働者の主張が認められず、懲戒解雇が有効と判断された場合

 この場合における最大の懸念は、転職における不利益です。しかし、懲戒解雇については、裁判・労働審判までして争い、それが裁判所に有効だったと判断されてしまっただけのことなのです。あなたが当該懲戒解雇について「不当」だと考え、譲らなかった事実を忘れないでください。

 履歴書には、積極的な虚偽でない範囲で、自己に不利益な事実は記載しない道を選択します(しかし、後日当該事実が露見し、経歴詐称に問われるリスクは念頭にいれておきます)。裁判における判断など、絶対ではないのです。地方裁判所と高等裁判所、もしくは裁判官ごとに白黒が逆転することなどいくらでもあります。その裁判において確定したら、同じ事件においては以後審理しない、それだけなのです(一事不再理の原則)。

 そのような、ある意味曖昧で絶対でない結果に、以後の職業人生において不利益を受け続けるいわれは一切ありません。下の裁判例を見てください。

 「・・・採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は、その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない。」【東京地判平成24年1月27日 学校法人尚美学園事件】

 採用側(会社側)に対する採用時の注意喚起とも取れますが、裁判所が、採用時に労働者がある程度の経歴詐称に踏み切ることは致し方ない現状であることを示したものだとも考えられます。

 現実的な対応として、懲戒解雇を秘匿して転職活動をし転職するならば、それに伴うリスク(後日の露見・転職活動時の不採用確率の上昇)を予想し、転職後は、前職での出来事・履歴書記載以外の経歴等は例外なく誰にも話さないなどの対策(リスクマネジメント)をしていくと、今回のような事態に陥る可能性を大幅に減らすことができると思われます。

あっせん・調停において、会社側が強硬な姿勢を崩さず、もしくは話し合いに参加せず物別れに終わり、かつ戦う気力を失い戦いを止める場合

 本人の戦い継続の意欲は、労働紛争継続の上で最も重要な要素の一つだということは、上で述べました。その意欲が薄れた以上は、紛争継続にこだわる必要はありません。

 それは泣き寝入りでも何でもありません。「勝算が著しく下がった戦いから、被害が拡大する前に潔く撤退する」という極めて合理的な判断なのです。

 撤退を決意した後は、懲戒解雇が有効と判断されてしまった場合と同じ終わらせ方をすることになります。