「算多きは勝ち算少なきは敗る」を心してブラック企業と戦う
「五事七計」などの基準を用いて勝算の有無・大小を測った後は、ブラック企業と戦うか否かの選択をしなければなりません。しかし実は、勝算の有無・大小を測ることよりも、測定の末に出た結果に従うことの方が難しいのです。
多くの人は、ブラック企業が自身にしてきた卑劣な行いを「心底許せない」と思っているからこそ、「戦おう」として行動しているのです。しかし、冷静な分析で「勝算無し」と判明してしまったら、そこで冷静にその結果に従うことができるでしょうか?「このままでは泣き寝入りだ、せめて一矢報いてやりたい」と思って戦いに踏み切ってしまうのが人情のはずです。
しかし「孫子の兵法」では、その人情に冷酷ともいえる教えもって抑止をかけています。それが「算多きは勝ち、算少なきは敗る」です。あなたの方が正しくブラック企業の方が卑劣でも、そんなことは関係なく「勝算の多い方が勝ち、勝算の少ない方が敗れる」と言い切っているのです。正しい方が勝つ、とは言ってないのです。
しかしこの教えは、私たちを「惨敗」の憂き目から救ってくれるものでもあります。勝算が無い・少ないとわかった時点で、あなたにとっても最も被害の少ない身の引き方を考えるきっかけを与えてくれます。
当ページでは、孫武の説く「算多きは勝ち算少なきは敗る」の解説と、ブラック企業との戦いにおける活用法を紹介していきましょう。
- 「孫子の兵法」の「算多きは勝ち、算少なきは敗る」は極めて冷静な教え
- ブラック企業との戦いで「孫子の兵法」の教えを活用し、勝算が無い場合・勝算が少ない場合・勝算が多い場合を測る方法とは?
- ブラック企業との戦いで、勝算が無い場合・勝算が少ない場合・勝算が多い場合では、それぞれどういった行動をとるべきか?
「孫子の兵法」の「算多きは勝ち、算少なきは敗る」は極めて冷静な教え
「孫子の兵法」の説く「算多きは勝ち、算少なきは敗る」とは?
「孫子の兵法」では、勝算についての明確な記述があります。「計篇」の「算多きは勝ち、算少なきは敗る」の箇所です。ここでは、前節の「五事七計」を用いた勝算の測定結果の信ぴょう性の高さをはっきりと説いています。
作戦段階の計算の中ですでに勝っているのは、勝算が多いからであり、作戦段階の計算の中ですでに負けているのは、勝算が少ないからである。実戦でも、計算の通り、勝算が多かったならば勝利するし、勝算が少なかったならば勝利しない。勝算が無い場合は言うまでもなく勝利などありえない。孫武はこのように、当たり前のことを合理的に、淡々と述べているのであります。
当たり前のことではあるが、このことは意外と軽視されがちなのです。精神論や意地・プライド・イデオロギーに凝り固まり、無謀な戦いを仕掛けて自滅するパターンは、古来より多くの戦いの中で見受けられます。戦争にはそれぞれ頭脳明晰な参謀・軍師・将軍らか関与しているものですが、それにもかかわらず、勝算の少ない無謀な戦いが、幾度となく行われてきました。
- 「戦いなんぞ、やってみなければわかるまい」
- 「相手が物量で上回っていようとも、我々にはそれを補う強い精神力がある」
- 「この不利な状況であっても、陛下が戦場においでになり采配をお振りになられれば、敵は恐れおののき逃げ惑うことでしょう」
- 「例え勝利の見込みがなくとも、この戦いは我が国の誇りにかけてしなければならない」
これらの言葉は、無謀な戦いにおいてしばしば言われるものです。そこには、冷静な思考の介入する余地はありません。勝算が少なくとも、もしくはまったく無くとも、戦争指導者側たる一部の権力者らが戦争をしたいと思えば、するのです。
その浅慮な行動は、多くの民を犠牲にし、国の財政を衰えさせ、治安を乱し、国が傾く結果へといざなうのです。そのようなことが、幾度となく繰り返されてきました。
「算多きは勝ち、算少なきは敗る」をブラック企業との戦いに活用するポイントは、「冷静に従う」こと
私たちは、歴史上における数多くの無謀な戦争の結果を知り、そのうえで「算多きは勝ち、算少なきは敗る」の教えをかみしめ、直面するブラック企業との戦いに活かさなければなりません。
感情的になりがちな労働紛争では、無謀な戦いに走る傾向がより強くなります。ブラック企業に対する憎しみが、冷静な判断を労働者から奪うからです。私自身も「孫子の兵法」に出逢う前は、多くの過ちを犯しました。
労働者の皆さんは、会社と戦う前に、「五事七計」の基準をもとに、電卓やカレンダー・手元にある資料等を整理して、冷静・公正に分析し、自己の勝算の有無・大小を測るべきなのです。その上で戦うか否かの決心をするべきであり、まず最初に「戦いありき」でスタートするべきではありません。
「机上での計算で何がわかる」という意見もあるでしょうが、多くの場合、そのような批判をする輩は、机上での計算すらしていません。無視してよいでしょう。「孫子の兵法」を参考にしてブラック企業と戦う決意をしたあなたは、当サイトを参照にしつつ「五事七計」の基準をもって勝算を測り、出た結果に、私情をはさまず従ってください。
では、勝算が多い場合・少ない場合とはどのような状況か?各状況におけるあなたが採るべき戦略・行動とは?これらの疑問について、以下で説明していきましょう。
ブラック企業との戦いで「孫子の兵法」の教えを活用し、勝算が無い場合・勝算が少ない場合・勝算が多い場合を測る方法とは?
労働紛争は、他の争い・紛争と全く傾向は変わりません。今の状況を冷静に判断して、勝算が少なければ多くの場合敗れることになり、勝算が多ければ勝つ可能性が高くなります。では労働紛争において、勝算がある場合とはいったいどのような場合なのでしょうか?
このカテゴリーは「孫子の兵法」の労働紛争での活用法を紹介する場所なので、あくまで「孫子の兵法」の考えを活用して勝算を分析しましょう。
「孫子の兵法」では、勝算を測る方法として、五つの項目(五事)を挙げ、敵味方双方がこの五つについて比較軽量することで総合戦力を分析し、そのうえで勝算の有無を割り出すことを説いています。以下で簡単に「五事七計」を説明し、その後、ブラック企業との戦いにおける勝算の測定例を示しましょう。
※「五事七計」の詳しい内容と活用方法は、「五事七計」を用いてブラック企業と戦う時の勝算を測る方法 参照。
「孫子の兵法」の「五事七計」を簡単に説明
「孫子の兵法」で挙げられる「五事」は、下の五つです。
- 道・・政治
- 天・・自然現象
- 地・・地形
- 将・・将軍の能力
- 法・・法令
「五事」の項目全部について望ましい状態を完璧に満たしている組織や個人はまず存在しません。よって、この五つの項目を使って、敵と我を比較するのです。「孫子の兵法」では、ここで以下の7つの比較例を挙げています(七計)。
- 統治者はどちらがよい政治をし、民心が得られているか
- 軍の指導者たる将軍はどちらが有能か
- 天候・地形・自然はどちらに有利か
- 法律・命令・規則はどちらが厳正か
- 軍隊はどちらが強いか
- 兵士はどちらが訓練されているか
- 信賞必罰はどちらが適正に行われているか
「孫子の兵法」の「五事七計」をもとに、会社と労働者の総合戦力を分析し、勝算の有無大小を測る
まず「五事」を、労働紛争に活用しやすいように、応用してみましょう。これはあくまで一例ですが、私はこの例をずっと用いてきました。
- 道(政治)・・・紛争当事者の行いに対する血縁者・親近者の同意
- 天(自然)・・・戦いをする時期
- 地(地形)・・・労働紛争の舞台となる土地・土地柄
- 将(将軍)・・・紛争当事者・代理人
- 法(法令)・・・当事者の行為の合法性
次に、七計の比較例を参考に、会社側と労働者側を比較します。比較する内容は、以下のものとします。重複するものもあると思われますが、一通り七つの比較項目について検討することは、慎重さを期すうえでも有意義なことですので、時間を割きましょう。
- 統治者はどちらがよい政治をし、民心が得られているか
- 軍の指導者たる将軍はどちらが有能か
- 天候・地形・自然はどちらに有利か
- 法律・命令・規則はどちらが厳正か
- 軍隊はどちらが強いか
- 兵士はどちらが訓練されているか
- 信賞必罰はどちらが適正に行われているか
- 労働紛争について、血縁者・親近者・従業員の同意・支持をより多く得ているのはどちらか
- 紛争当事者はどちらが労働紛争を戦う意欲が強いか
- 戦う時期と戦う場所は、どちらに有利か
- 紛争当事者のどちらが平素より厳正で、信頼を確保しているか
- 紛争当事者の戦うための力(資料・知識・経済力)はどちらが上か
- 紛争当事者には、どちらに専門家の有無・労働組合・同僚の団結などの人的有利さがあるか
- 紛争当事者のどちらが、周囲の人間に対する一貫した公平な態度・評価をもって接しているか
これらの比較要素を検討して、こちら側が会社側に比して上回るもの・有利なものがないと判明した場合は、「勝算が無い」と判断します。上回るもの・有利なものが少ないと判明した場合は、「勝算は少ない」と判断します。上回るもの・有利なものが多いと判明した場合は「勝算が多い」と判断します。
ブラック企業との戦いで、勝算が無い場合・勝算が少ない場合・勝算が多い場合では、それぞれどういった行動をとるべきか?
勝算が多い場合
勝算が多い場合でも、油断は禁物です。少しでも勝算を高める努力をするべきです。ブラック企業との戦いは「兵は詭道なり」そのもの。心せよ! でも述べましたが、ブラック企業との戦いは、ルールの無いだましあいも同じであります。
一般的にブラック企業の経営者は、労働者を対等の立場の人間だと思っていません。よってそのような立場の者から対等に権利を主張されると、プライドが許さず、その理不尽なプライドを守るためにあらゆる卑劣な手を使ってきます。
ですからそのことも考慮に入れて、勝算が多くても目立って宣戦布告などはせず、時機が来るまで水面下で用意をするべきなのです。
また、上で挙げた3つの勝算を見て、自分に欠けている点を補う努力をするのもいいでしょう。
仲間がいない場合は外部の労働組合に加入する、不当な行為を証明する証拠物が少ない場合は、集めるように努力してみる、紛争時に家計が心配な場合は、両親にいざという時の援助を頼んでみる、などが、事前の準備として考えられます。
勝算が少ない場合
勝算が少ない場合は、勝算を増やし相手方よりも勝算が多くなるように事前の準備をしっかりと行うべきです。
戦う意思や反抗心を抑えることで会社側の油断を誘い、そこで不当な行為を証明する証拠を確保することに心を砕くべきです。
勝算が増える見込みが無い場合(証拠を集めることができない等)・勝算を増やす努力をしても勝算の量において圧倒的に不利であり続ける場合は、開戦にこだわる必要はないでしょう。
むしろ、勝算が少ないと判明した場合は、いつでも撤退の心構えをしておくことです。例えば、あなたの心の中で「失業保険がもらえなくなるまでに勝敗のケリがつかなかったら、次の職場をすぐに探そう」というような感じでです。つまり、自分で最初から防御ラインを決めておいて、そこを突破されたら、すばやく撤退する、という計画を戦う前から立てておくのですね。
そのような取り決めをしておくことで、「勝算が少ない状態で開戦すること」に伴う最大のリスク(惨敗してしまうこと)を軽減させることができるのです。
勝算が無い場合
勝算が無い場合は、いかにして現状から被害を最小限にして脱出するかを考えるべきです。最小限に抑えるべき被害には、経済的な被害だけにとどまらず、精神的な被害も含まれます。
計算の段階で勝算がまったく無いのに、勝算を増やす努力をしていても、時間が足りません。勝算を増やす努力をしている間にも、ブラック企業は、自己の優位を利用してあなたを追い詰めてくるでしょう。時間の経過とともに、あなたの精神は確実に折れてしまいます。
勝算が全くない場合は、とにかくその場から撤退することを考えるべきです。撤退しながらの権利行使には、思い切った行動を選択できるメリットがあります。あなたが主張できる権利をすぐさま調べ、実行に移しましょう。
実際に私や先輩諸氏が行ってきた「撤退戦」には、以下のものがあります。
- 残っている有給休暇をすべて請求し、消化期間と失業保険給付期間の間に次の就職先を探す
- 精神的な苦痛に対する損害の補償を司法手続きを利用して請求しつつ、次の就職先を探す
- 行政機関に通報し、指導を願う
- 外部労働組合に加入し、団体行動によって会社の仕打ちを公に知らしめ、謝罪や補償を要求する
撤退戦を成功させても、あなたは失うことを避けることはできません。しかし取り返しのつかない喪失だけは避けることができます。取り返しのつかない喪失さえしなければ、あなたはいつでもどこでも再スタートを切ることができるでしょう。
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