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ブラック企業が攻撃してきても負けることのない態勢の作り方

ブラック企業にこちらから戦いを挑み勝利することは容易ではありません。こちらが先手を打った戦いで勝利するためには、こちらの先手に対し熟慮を重ねた相手方の、的確な反撃が返ってきます。こちらはその辛辣な反撃をやりすごさなければなりません。

逆に、ブラック企業から攻撃(違法行為・不当行為)をしてきた場合は、こちらは相手の非を検証し準備を整えたうえで、法や裁判例を盾に防御しつつ、じっくりと反撃できます。つまり、ブラック企業が攻撃しても負けることのない態勢を作ったうえで対処できるのです。

嬉しいことに、負けることのない態勢作りは自己の努力のみで大部分を完了させることができます。また防戦に徹することにより、相手より損害を出さずやり過ごすことが可能となります。

「孫子の兵法」においても「先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ」と説き、負けない態勢づくりの重要性を述べています。

このページでは、「孫子の兵法」におけるこの教えを引用し、ブラック企業に負けることのない態勢づくりの重要性と、態勢づくりの方法を論じていきたいと思います。

ブラック企業との戦いにおける防御の優位性~勝機をうかがう「防御」を目指す

攻撃を受けるだけの防御はもったいない

 古来より「防御」というものは、「守りに入っている」とか「保守的」という言葉に表される通り、戦争過程において、潜在的なところで望ましい方法とされていません。

 「防御」に入ることは、後ろ向きで消極的な方法だと安易にレッテルを貼られてしまいます。しかし、果たしてそうでしょうか?

 このページでは、労働紛争における防御の優位性を説いていくつもりであるが、まずはこのページで用いる「防御」の内容について、誤解を与える前に見ていきたいと思います。

 そもそも、防御する場合、攻撃をされる側は何の抵抗もしないのでしょうか?相手の攻勢に、ただなすすべもなく盾を持ち、耐え忍ぶのでありましょうか?それは違いますね。

 相手が武器を持って自軍の陣地に入ってこようとするのならば、こちらも武器を使用し攻撃を撃退しなければなりません。高潮や津波から町を守る防潮堤のごとく、ただ何もせず、その場に突っ立っているわけでは決してないのです。どの「防御」についても、多かれ少なかれ反攻・迎撃のシーンが含まれる。盾で身を守りながら、攻撃側兵士に槍の一突きを浴びせるがごとくです。

防御しつつ、時間を稼ぎ、勝機を作る

 防御が、何の抵抗も伴わない防戦一方の戦い方でない以上、そこには将来につながる反撃が伴うものです。労働紛争においても同じだと思います。

 使用者からの不当な扱い・違法行為に対して労働者が戦う決意をした時、何もしないでされるがままの状況に身を委ねるのでありましょうか?否。そこには交渉・反論・専門家への相談・労働者同士の団結などの、大なり小なりの「攻撃」が見られるものです。

 「防御」の中に見られるそれらの「攻撃」を有効に行わなけれなりません。労働紛争は多くの場合、労働者側にとって不利な戦いとなってしまいます。証拠物の会社側への偏在・経済的基盤の弱小・職場内での陰湿な嫌がらせなどの現状・仕打ちにより、労働者は大胆で大がかりな「攻撃」はほとんどできないのが現状だからです。

 であるならば、労働者は、「防御」という形態をとることにより、相手の戦力の弱体を図りつつ自己の優位性を高め、勝算が逆転する時まで準備等に時間を費やすなどの周到な戦略を採らなければなりません。労働者が労働紛争に巻き込まれた場合、しておきたいとこはたくさんあります。そのための時間を、「防御」というスタンスで相手(会社)と向き合うことにより稼ぐのです。

勝機を得るために防戦では、三国志演義の諸葛孔明まがいの奇策を用いる必要はない

 勝機を得るための防戦においては、奇策をする必要はありません(奇策に頼る時点で、それは大きな賭け的戦いを選択することになり、攻撃をはるかに超えたリスクを伴う)。

 まず真っ先に、紛争当事者であるあなた自身の心の声を聴き、家族と相談し、紛争について望む方向を考えます。一番大事な、あなた自身と家族のために、最初に最も時間を割きましょう。この職場で働いていても、将来に不安を感じるようであれば、防戦しつつ速やかに撤退(退職)し、次の職場への転職に伴う経済的な損失を最小限に抑える。

 戦う方向で行くのであれば、敵(会社)の状況を知り、己(労働者)の状況を知り、そのうえで勝算を測ります。勝算があるのであれば勝機を逃さぬよう開戦に至るまで周到な準備をする。勝算無き場合は、撤退も視野に方向性を再考します。

 紛争においては防御に徹し、相手が攻撃してきたならばそれに応じて撃退・迎撃する。相手を必要以上に攻撃しないようにします。労働紛争においては相手を殲滅し滅ぼす必要はありません。平穏な職場で普通に働く環境を取り返すことだけで、多くの問題が解決されるからです。

 このように戦力に見劣りがある場合、労働者たるあなたは「防御」という形態をとって、その劣勢を優勢に変える努力をする必要に迫られます。

 では、あなたが優勢である場合(少ない例ですが)は、積極的に攻勢に出るべきでしょうか?世間には「攻撃は最大の防御なり」という言葉がまことしやかにささやかれていますね。

 その点について、以下で触れてみたいと思います。

労働紛争において「戦力優勢」でも、「防御」を選択する理由とは?

 労働紛争において、労働者側に勝算・戦力共に豊富である場合、古の戦争例のごとく、積極果敢に攻勢に出るべきでしょうか?その疑問について、『孫子』と『戦争論』という2つの名著を参照にして考えてみましょう。

攻撃は戦力不足を招き、勝機を相手に与える

 一般的に「攻撃」というものは、戦力に自信があり優勢な者が、戦力の劣る相手に仕掛けるものだと言われています。確かにその傾向はあるでしょう。

”「昔(いにしえ)の善(よ)く戦う者は、先ず勝つ可(べ)からざるを為して、以て敵の勝つ可(べ)きを待つ。」(古代の巧みに戦う者は、敵軍が自軍を攻撃しても勝つことのできない態勢を作りあげたうえで、敵軍が態勢をくずして、自軍が攻撃すれば勝てる態勢になるのを待ち受けた。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・57p

 孫武は、実際に戦火を交える場合の模範を、このように説きました。戦いに巧みな者は、自軍に対する努力だけで達成可能な「不敗」の態勢づくりを優先し完成させ、「攻撃」によって相手の態勢が崩れ勝機がこちらに来るのを待った、というのであります。

 孫子の中で特筆すべきは、守備なる形式を取れば、戦力に余裕があり、攻撃なる形式を取れば、戦力が不足すると続けて述べたことであります。

 これは、「攻撃」よりも「守備」を優先した考えから出たものだと思われます。戦力に余裕がある場合でも、「攻撃」すれば戦力が不足してしまう、逆に「守備」で臨めば、戦力が余るくらいの余力を作り出すことができる・・・。

 これらの二つの「孫子の兵法」の言葉を考慮すると、戦争で自軍に取り返しのつかぬ損害を出すのを防ぐためには、戦力に余裕がある場合でも、あえて「防御」から入った方がいいと解釈することができましょう。

防御とは維持。労働紛争は正当な権利の「維持」が目的である。

 防御の意味とその優位性とは一体何でしょうか?このページの先頭においても、「防御」について触れました。しかしそこでは、このページにおいてなぜ私が労働紛争においては防御によって不敗の態勢を作ることを優先すべきかを述べるために、「防御」について触れただけでありました。ここでプロイセン・ロシアの参謀、クラウゼヴィッツの言葉を借りることにしましょう。

”「防禦(ぼうぎょ)の目的は何か?維持である。元来、維持は奪取よりも容易である。」” ※淡徳三郎訳・戦争論・第42刷・徳間書店・2010年6月・262p

 ・・・ここで具体的な労働紛争のケースを例に取り考えてみましょう。

 サービス残業の横行という現状があり、労働者が団結して使用者に働いた時間に見合った賃金を支払うよう求めるとします。

 未払い賃金を求める行為は積極的な攻勢と言えるでしょうか?働いた分に見合った賃金をもらう権利は、すでに法律で労働者に認められ、与えられています。労働者は、「労働した時間に見合った賃金をもらう権利」を守るために戦うだけなのです。つまりこの戦いは「防御」と言えるのです。

 防御である以上、そこに「攻撃」と比較した場合の相対的な安易さが見られるでしょうか?労働者が協力して、無償で働かされている実態を証明していけば、そして適切な行政・司法機関の利用を伴えば、目的は達成されやすくなります。全面紛争になる前に、使用者が歩み寄る可能性すら生まれるでしょう。

 しかし、未払い賃金分請求に加えて、賃上げの要求を同時に行ったらどうでしょうか?賃上げの要求はより大きな利益の追求であり、その点において「攻撃」の性質を伴います。

 この場合使用者が態度を硬化させて、要求に対する徹底抗戦の姿勢を取るかもしれません。それはもちろん、賃上げ要求だけでなく、未払い賃金請求に対しても、であります。確かに、未払い賃金分については、使用者の考えによらず、当然に労働者に支払われなければならないものです。しかし賃上げ要求を同時に行う事(積極的な攻勢)で、それすらも容易に実現できなくなってしまいます。

 労働紛争においても従来の他の闘争においても、より大きな利益を得るためには、より積極的な攻勢が必要です。しかし法律ですでに認められている権利については、それのみを目指して行動する方が、実現する可能性が高くなります。

 今までの待遇のより一層の向上を求めるであらば、そこには大きなチャレンジと賭けが伴うでしょう。しかし従来より認められたる権利がないがしろにされていて、かつ違法な労務管理のもとで働かされている場合には、敢えて積極的な攻勢に出ず、従来の権利の実現のみを目指す「防御的な戦い」で十分ではないでしょうか?

 相手(会社)を徹底的に追い詰めたい場合は、十分な証拠・心から信頼できる仲間が必要です。それらがない場合においては、「防御」に徹し勝機が訪れるのを待つ方が、望む結果をより高い確率で得られるようになります。

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