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自己の状況に応じた戦法を!~小敵の堅なるは、大敵の擒なり

 ブラック企業との戦いにおいては、多くのケースにおいて労働者が回復不能の敗北を喫する結果を生じさせています。

 違法行為をされた憎しみや怒りから己の置かれた状況を忘れ、やみくもにブラック企業に戦いを仕掛けてしまうことが大きな原因だと考えられます。

 労働者の戦いが無謀であったことが原因であるのは分かりますが、ブラック企業が不当な行為をしなければ、誰もこのような不本意な結末は迎えなかったでしょう。労働者が悲惨な敗北を味わう原因を作ったのは、あくまでブラック企業にあります。こともあろうことに無謀な戦いをした労働者が責められることもありますが、そのような批判は決して受け入れられません!

 では労働者はどのようにブラック企業との戦いをデザインして戦えばよいのでしょうか?「孫子の兵法」では、現状に応じた戦い方するようにと述べています。「小敵の堅なるは、大敵の擒なり」の教えです。

 当ページでは、この教えを参考にし、「優勢・互角・劣勢」に応じた戦い方を説明していきたいと思います。

「小敵の堅なるは、大敵の擒なり」~やみくもに戦いをするのを避ける

「孫子の兵法」の「小敵の堅なるは、大敵の擒なり」から学ぶ、戦況に応じた戦法

 労働紛争は、戦う労働者とブラック企業との戦力の差が著しく表れる戦いです。むやみやたらと戦いを仕掛けることは、多くの場合労働者にとって良い結果をもたらさないでしょう。「孫子の兵法」においては、戦力差が著しい戦いについて、教訓にも似た教えを説いています。

”「小敵の堅(けん)なるは、大敵の擒(とりこ)なり。」(小兵力のくせに頑固に戦いを求めるのは、大部隊の捕虜となるのが落ちである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・48p

 ここで孫武は、各兵力・戦況に応じた戦法をシンプルに述べています。これはブラック企業と戦う労働者にも、実に参考になるものです。

”「十なれば即(すなわ)ち之(こ)れを囲み、五なれば即ち之れを攻め、倍すれば即ち之れを分かち、敵すれば即ち能(よ)く之れと戦い、少なければ即ち能く之れを逃れ、若(し)かざれば即ち能く之れを避く。」(自軍の兵力数が十倍であれば敵軍を包囲し、五倍であれば敵軍に正面攻撃をかけ、二倍であれば敵軍を分断し、互角であれば必死に敵と力戦奮闘し、少なければ巧みに敵の攻撃圏内から退却・離脱し、全く兵力が及ばなければうまく敵を回避して潜伏する。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・48p

自軍が敵より10倍の兵数~圧倒的優勢な状態

 この状態では、いきなり戦うよりも圧倒的な兵数に物を言わせて敵を包囲し、威圧し、降伏を勧めることで最善の勝利を目指します。

 戦うにしても、包囲した状態から一斉に敵を遠隔攻撃し、徐々に兵力をそぎ取り、士気を下がらせ、降伏をほのめかしつつ、堅実に勝利を目指します。敵の必死の突破戦法を警戒し、もしそのような行動をする気配を感じたら先んじて強襲してその意欲すら奪います。

自軍が敵より5倍の兵数~圧倒的ではないがかなり優勢な状態

 5倍の兵数有利では、兵数優勢の威圧による降伏は難しいため、早い段階で正面攻撃を仕掛けます。敵に、万全な準備によった奇襲攻撃をさせる機会を与えず、先制攻撃で圧倒するためです。

 大兵力をもって敵の正面にあたり、その傍らで挟撃部隊を走らせ側面・後方から揺さぶりつつ動揺を誘い、抵抗力が弱まった箇所が出たら、容赦なくその部分に兵力を集中して猛攻撃し敵の陣形を崩し、敗走へと追い込みます。

自軍が敵より2倍の兵数~優勢だが、戦況によっては油断をゆるさない状態

 2倍の兵数有利の状態で正面攻撃に頼っては、敵の巧妙な兵の運用によってこちらの兵数有利が崩される恐れがあります。

 よって敵の兵力を分断することでこちらの有利さを増やし、分断した敵の部隊を、優勢な兵数による各個撃破によって一個ずつ確実につぶしていきます。

自軍と敵が互角の兵数~戦い方や士気のいかんで勝敗はほとんど予測できない状態

 互角である以上、勝敗の行方は、その時採った戦術内容や兵らの士気によって、不安的にコロコロと変わっていきます。よって戦場では指揮官が兵を鼓舞し、高い士気を維持しつつ必死に応戦することで勝利を我がものにしようと画策します。

 互角な戦況においては、戦いの中で奇策(敵の士気を下げる意図で流言を流す・奇襲攻撃・瞬間的な兵力の一か所への集中と攻撃など)を用いて自軍に有利な状態を作り出す努力が頻繁に行われます。

自軍が敵より兵数において劣っている場合~劣勢であり、戦っても敗北する可能性が高い状態

 兵数が少ない場合は、戦場からいかに巧妙に離脱するかを考えます。損失を極限まで減らして本国・基地に帰還することは、次の戦いを有利に行ううえで欠かすことのできない下準備となるからです。

自軍が敵より兵数において各段に劣っている場合~圧倒的不利ゆえ、戦えば再起不能の惨敗を喫する状態

 この場合は、もはや戦う選択肢はありません。とにかく逃げ、潜伏し、敵をやりすごします。一戦交えれば交えただけ、確実に兵数を失うからです。

 敗北は間違いありません。圧倒的に不利な状況で戦場に来た時点で敗北していたのです。この状況ではただ「惨敗」だけを避けることを目指します。惨敗しなければ、再起の可能性もあるからです。

「小敵の堅なるは、大敵の擒なり」を、ブラック企業との戦いに当てはめて活用する

 ひとえに「会社との戦い」といっても、いろんな形態があります。それは個人と会社との戦いであったり、労働組合と会社との戦いであったりします。

 紛争当事者(特に労働者側)の状況によって、戦いの仕方は変わってくるでしょう。大きく分けると、次の3つとなります。

  • 優勢な場合
  • 互角な場合
  • 劣勢な場合

 優勢な場合には、すべきことをしていれば、権利が認められる可能性が高いと言えます。

 互角な場合、勝敗の行方は、当事者の努力の度合いや時の運、気分などに左右されることになります。不確定な要素が強まってくるケースです。

 劣勢な場合は、置かれた状況ですべきことをしていても、変わらず勝算が少ないままでしょう。その状況を逆転するには、不利な状況に置かれても冷静に戦略的に有利な条件を作っていく姿勢が求められます。しかしそうであっても劣勢であることには変わりないので、いざというときはそのまま逃げたりすることも必要となってきます。

 この点について、このページで触れていきたいと思います。

戦況が労働者にとって優勢な場合の戦法

優勢な戦い(1) ~労働組合を活用した場合の戦い

 労働組合を活用して会社と争う場合には、実際に戦わずに会社の意図をくじく方法と、実際に組合の圧力を利用して直接やり取りをして会社の意図をくじく場合があります。以下で二つについて述べてみましょう。

強力な労働組合の圧力を背景に、会社の不当な行為の意思を未然に防ぐ

 しっかりと労働者の意見をくみ取り、会社に労働者の権利を要求できる労働組合が存在すれば、その圧力は労働者にとって多くのメリットをもたらします。

 「上兵は謀を伐つ」でブラック企業に戦わずして勝つ! のページで述べましたが、戦いで最も最上なのは、相手に「戦わずして勝つ」と『孫子の兵法』ではのべています。

 戦わずして勝つためには、相手がこちらの力を恐れている必要があります。こちらに力が無ければ、いくら圧力をかけてもすべては徒労に終わります。相手は不当な行為を止めることはありません。きっと優勢な力を頼みにしてねじ伏せてくるでしょう。

 その行為が違法であるかどうかなど関係ないのです。労働者を力で抑え込めるかどうか・・・ただ、それだけなのです。力のない抵抗は、相手の行為の抑止にいささかも役に立ちません。

 しかし労働者らが、その職場で組合の本来の存在意義を満たすような有効で強力な労働組合を結成できたら、そこには大きな変化が生まれます。

 会社は法律と団結を後ろ盾にした組合の力を無視できず、要求に応じるか譲歩するようになるでしょう。全面対決よりもより早い段階で、問題が解決する可能性が出てきます。

 まさに「戦わずして勝つ」です。いざという時に労働組合の抑止力を発揮するために、不当な行為が目立つ会社にお勤めの皆さんは、平素より団結を図ったり水面下で組合結成活動を進めたりしておくておくとよいでしょう。

労働者同士の固い団結や外部労働組合との連帯で会社を圧倒する勢力を作り、圧倒する

 労働者にとって最も優勢な戦い方・・・それは、労働者が一致団結している場合です。

 一致団結している場合とは、どんな場合でしょうか?それは労働組合が結成されている場合です。労働組合が結成されることを、会社は最も恐れています。なぜでしょうか?

 労働組合が結成されるということは、今までの会社の一方的な労働者管理上の決定過程に、労働組合が関与することを意味します。労働組合が会社の人事管理上の決定過程に参加するということは、とりもなおさず会社の好き勝手放題ができなくなる、ということを意味します。

 労働組合は、労働組合法という法律で厳格に保護されています。会社が組合を結成したり団結して要求をしてくる労働者に報復をすることを断じて禁じています。つまり正当な手続きで成立した労働組合は、国家のお墨付きを頂くことになるのです。目障りだからと言って、露骨な手段で追い詰めることなど決してできません。だから、結成されることを極端に嫌がるのです。

 また最近は「外部労働組合」というものもあります。「外部労働組合」とは、会社外で会社の枠にとらわれないで結成されている労働組合です。

 外部労働組合は、参加する労働者の会社にしがらみなどありません。だから、個人で入った労働者、または団体で支部結成という感じで加入した労働組合にとっては、協力な後ろ盾・同盟者、ということになります。

 最も有利な戦いができることは間違いがありません。ですから「会社と戦う」と決意した時は、まず労働者同士で団結することを目指します。団結し労働組合を結成することは大変ですが、目指す意義は十分すぎるくらいにあります。

 ゆっくりと不当な行為を請求する場合は、組合結成までの手間を考えて、先に、先にを心がけます。

 突然解雇されるなど緊急で組合結成の余裕もない場合・結成しても容易に組合弾圧が考えられる場合等は、いきなり外部労働組合に参加します。不当な行為が行われてからでも、解雇された後でも加入して交渉してもらうことは可能です。

 『孫子』の謀攻篇に、「十なれば即ち之れを囲み」とあります。相手の兵力より十倍もの差がある優勢な時は、敵を取り囲んで脅しつつゆさぶりをかける、ということです。労働組合を結成し、かつその組合が本来の役割を機能し、組合運営者が労働組合法等に明るくて、外部労働組合等ともうまく連帯をとれている場合、その力は会社をもしのぐ勢いがあります。

 こういった場合は、こちらとしては違法行為すれすれの無理な団体行動はとらず、静かな圧力でもって毅然とした態度を貫き、交渉過程では相手の人格を尊重しつつ、逃げ道を与えてあげながら話を進めていくのです。この方法こそが、組合を活用した労働紛争解決の中で最も合理的でこちらの損害も少ない方法だと思います。

 労働組合については、やや詳しく 労働組合・ユニオンを活用してブラック企業と戦う! で説明しています。外部労働組合とその活用法については、「合同労組」に個人加入してブラック企業と戦う! で述べています。

優勢な戦い(2) ~会社の違法性がはっきりしていて、責任追及が可能な戦い

 労働者側が優勢な戦いを展開できるケースとして、「会社の行為の違法性が明確で、それを裏付けるための資料・証拠等が労働者側にある場合」が挙げられます。

 しかし優勢といっても、あくまで責任が追及できるという観点でのみ優勢だと言えます。違法性を裏付けるための資料・証拠等が労働者にあったとしても、労働者が孤立無援の存在である以上、心理的圧迫で追い詰められることは十分考えられます。

 ですからこの場合は、会社との戦いに入る場合に、会社員としての地位を失う可能性についても考慮しておく必要があります。職を失うことによって会社との戦いが苦境に陥るならば、そして苦境に陥った後にその対策が浮かばないのであれば、その戦いはすべき戦いではない、と言えます。

 戦いの計画については 「算多きは勝ち算少なきは敗る」を心してブラック企業と戦う で述べました。計画については、今置かれている自己の状況を冷静に判断し、弱い部分から目をそむけないようにしなければなりません。厳正に判断・分析し、弱い点については事前に補強・予算計上をしておくこと。敵が狡猾であればあるほど、弱点は抜け目なくあぶりだされ、必ずやその部分が激しい攻撃を受けることになります。

 「会社の違法性がはっきりしていて、責任追及が可能な戦い」では、現状に満足せず、なるべく孤立無援の状況を改善し、経済的な後ろ盾を得ておくこと。責任追及・権利主張のための労働法関連の知識については、専門家や相談窓口を利用して得ることが可能です。しかし戦いの最中の精神的・経済的な支えについては、自ら事前に打ち立てておく必要があります。

置かれた状況が、労働者と会社でほぼ互角な場合

 会社と戦う時、勝敗の行方が全く分からず五分五分である場合は、いったいどうすればいいのでしょうか?

 五分五分である以上、勝利のみを願い、勝利した場合の対応ばかり考えているのは、現実から目を背けていることになります。勝敗が五分五分である以上は、勝利した場合と同じくらい、敗北した場合の対応についても考えておく必要があります。

 敗北した場合のことを考えずに、相手の行動がこちらの都合のいいように動くことを願いつつ戦いに臨むことは、まこと理想と妄想の戦いゲームとなり下がるでしょう。相手がこちらの思わくと違う行動をとり始めた瞬間から、こちらの計画はもろくも崩れ去り、たちまち追い詰められることになります。

 クラウゼヴィッツは著書の「戦争論」の中で、敵を粉砕する意志に欠ける者は、敵の粉砕をもいとわぬ者に必ずや打ちのめされる、と述べています。あらゆる場面を想定し、敵の非情さと冷酷さを認め、それに断固たる意志をもって対応策を考えることが、五分五分の労働紛争を乗り切るうえでより一層重要だと言えるでしょう。

 一度でも労働トラブルに巻き込まれた人は、きっと思うのです。相手は今までの付き合いや日々の積み重ねに何の考慮もしてくれません。そこには、会社の意図に従うか、従わないかの選択だけです。

 よって、戦力が互角である場合は、まず考えられる場面を想定し、対策を立てることから始めます。そして互角である以上、紛争の当事者の意志・戦いを継続するためのモチベーション・労働法の知識などが勝敗に影響を与えます。その点を考慮し、自ら学ぶ姿勢を持つことが大事でしょう。難しいことは間に合いません。労働者向けに書かれた、必要最小限の本を読み、主張できる権利の全体像を把握しておきます。

 労働法等を学ぶのに、難解で奥深いことは間に合いません。労働者サイドの視点で書かれ、かつ会社の不当な行為に対抗するために書かれた本を読み、主張できる権利の全体像を把握しておきます。

 職場で孤立奮闘している場合は、会社に籍を置き続けることが困難になった場合の経済的な対策も必ず立てておきます。優勢である場合も立てるべき対策です。ましてや互角や劣勢であるときは、真っ先に立てなければならない対策です。

置かれた状況が労働者にとって劣勢な場合

 私は、劣勢な時の戦い方は、給料以外にお金の補給源があるなどの経済的な力がある場合と無い場合の2つに分けて選択すべきだと思っています。

劣勢な戦い(1) ~経済的な力がある程度ある場合

 経済的な力がある場合とは、どのような状況でしょうか?ここでいう経済的な力とは、会社の給料以外に収入源があり、それによって生活費をある程度まかなえる場合です。経済的な力のある場合、その会社での地位にさえこだわらなければ、ある程度の無理な戦いが展開できます。

 しかし、やはり劣勢であることは変わりありません。もしその戦いで勝算の全てを失った場合は、速やかにその場から退却しなければなりません。意地とプライドによってその場にとどまり、いたずらに損害の拡大を招いてはいけません。

 労働紛争で最も損害を被るのは、労働者の収入で生活をしている家族です。最も大事と言えるべき存在の家族を、愚かな会社に対する意地で傷つけてはなりません。会社の替えはあっても、家族の替えはありません。優先順位は、常に家族が一番だと私は考えています。

 例え経済的な余力があったとしても、貯蓄と精神的な安定状態が保っていられる状態で早めの切り上げをするべきでしょう。「最後の一兵まで」の玉砕精神は、積み上げてきたものをことごとく失う結果を招くだけです。あなたの生活は、ここで終わりではないのですから。

劣勢な戦い(2) ~経済的な力が無い場合

 経済的な力が無い場合とは、会社の給料がなければ、生活費やローンの支払い費をまかなえない場合を言います。

 経済的な力が無い状態でお金の供給源たる会社に挑むことが、どれほど危険な状態であるかは容易に想像がつきます。「不当な行為をする会社に権利を主張することが、どうして危険と批判されるのか」という反論も出るとは思います。しかしこのページでは紛争の勝敗に焦点を絞って話しているため、あえて必然的に敗れる行為は、危険なものとさせていただきます。

 前掲の『孫子』の謀攻篇では、「そこで軍を運用する原則としては・・・全く兵力が及ばなければうまく敵を回避して潜伏する」【前掲同】と書かれています。兵力が全く及ばぬ場合、普通に逃げることすら困難だから、相手に発見され完全な標的にされる前にうまくその身を隠せ、と言っているのです。

 労働紛争でも全く同じことが言えるでしょう。戦うことを考えても、あまりに自己の状況が戦うことに不都合な場合は、勇んで突撃するよりも、まずは身を隠しやり過ごすことの方が良い場合があります。

 会社のターゲットにされたならば、面従腹背して、家計に最も負担がかからない方向性で会社に懇願してみるのです。これは媚を売っているのとは全く違います。大切なものを守るための、立派な戦略だと言えます。

 起きてしまってこと、準備が不十分だったことを嘆いていても仕方ありません。その時はただ、今できることやるべきです。「窮鼠(きゅうそ)猫をかむ」(追い詰められたネズミは、猫をもかみつく)は、出来ることをした後でも十分間に合います。むしろ、身を隠しつつ最後の決戦の準備をじっとするのも、古来より頻繁にとらえる戦略です。

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