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「五事七計」を用いてブラック企業と戦う時の勝算を測る方法

孫子の兵法の本のイラスト

「戦い」である以上、戦いに踏み切る前には、勝算の有無や勝算の大小を測らないといけません。それはブラック企業との戦いでもまったく同じことです。

「孫子の兵法」で著者の孫武は、戦いに踏み切る前の勝算を測る基準をしっかりと示してくれています。それは一般的に「五事七計」と言われているものです。

孫武は実際の戦いにおける測定基準を示しているため、私たちの戦いには使えないのではないか?と思うかもしれません。しかしそのようなことはありません。私たちの戦いにおいても、孫武の言わんとする意図を汲んで応用すれば、惨敗を防ぐ手助けをしてくれるはずです。

このページでは、「五事七計」をあなたの戦いにおいて測定基準として用いる方法を説明します。この用い方は、私が実際に戦いの場において失敗しながらも活用しつつ工夫してきた用い方です。よってあなたのケースに完全に当はまるとは限りません。しかしきっと、参考になると思います。

一人でも多くの皆さんが「五事七計」の基準を心にとめて戦いの勝算を測り、冷静な決断につなげることができるよう願っています。

『孫子の兵法』が説く「五事」と「七計」の内容を知ろう

「五事」の内容を知ろう

 「五事」は、計篇1の「兵とは国の大事なり」のところで触れられています。死生の地(戦う者・軍の生死を決定づける場所)や存亡の道(国家が存続するか滅亡するかの分かれ道)を事前にはかり知るための「5つの基本事項」として紹介されています。

”「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。」(五つの基本事項の第一は道、第二は天、第三は地、第四は将、第五は法である。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

 この五つをわかりやすく言い換えれば、以下の通りになります。

  • 道・・政治
  • 天・・自然現象
  • 地・・地形
  • 将・・将軍の能力
  • 法・・法令

 孫武の挙げるこれらの5つの項目について、各項目ごとにもう少し詳しく説明していきましょう。

道(政治)

 国民の意思と統治者の意思が一致していることが正しい国内政治である、と言っています。

 他の四事については、項目についての説明だけにとどまっていますが、この一事についてだけは、道が達成されていることがもたらすメリットについても言及しています。国民と統治者の意思が合致していれば、戦争等の国の一大事でも一丸となって乗り切ることができる、と。

”「道とは、民をして上と意を同じゅうせしむる者なり。故に之れと死す可く、之れと生く可くして、民はうたがわざるなり。」(第一の道とは、民衆の意志を統治者に同化させる、内政の正しい在り方のことである。平時からこれが実現されておればこそ、戦時において、民衆に為政者と死生を共にさせることが可能になり、民衆は統治者の命令に疑心を抱かないのである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

天(自然現象)

 天とは、天命、とか、天運とかではありません。自然がもたらす様々な気候現象のことを指してます。孫武は、これらの気候現象への順応の度合いを勝利の条件の一つとしているのですね。

”「天とは、陰陽・寒暑・時制なり。順逆・兵勝なり。」(第二の天とは、日かげと日なた、気温の寒い暑い、四季の推移のさだめや、天に対する順逆二通りの対応、及び天への順応がもたらす勝利などのことである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

地(地形)

 戦場までの距離、戦場や国土の険しさ・広さ・高低のことを指してます。地形をよく把握し、軍を生存させたり敗死させたりする地勢を活用しきることを重要事項としているのですね。

”「地とは、高下・広狭・遠近・険易・死生なり。」(第三の地とは、地形の高い低い、国土や戦場の広い狭い、距離の遠い近い、地形の険難さと平易さ、軍を敗死させる地勢と生存させる地勢などのことである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

将(将軍の能力)

 軍の指導者たる将軍が備える能力のことを指してます。物事を洞察する智力、部下からの信頼、部下を思いやる心、困難にくじけないで立ち向かう勇気、軍規を維持するための一貫した厳格さ、が挙げられています。

”「将とは、智・信・仁・勇・厳なり。」(第四の将とは、物事を明察できる智力、部下からの信頼、部下を思いやる仁慈の心、困難に挫けない勇気、軍律を維持する厳格さなどの、将軍が備える能力のことである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

法(法令)

 軍法を指しています。ここでいう軍法とは、軍隊の役割分担、軍の指導者の持つ職権、将軍に存する指揮権の範囲について定めた、軍事に関する法律のことです。

”「法とは、曲制・官道・主用なり。」(第五の法とは、軍隊の部署割りを定めた軍法、軍の監督する官僚の職権を定めた軍法、君主が軍を運用するため将軍と交した、指揮権に関する軍法などのことである。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・18p~19p

「七計」の内容を知ろう

 上記の「五事」について、すべてを完全に満たしている、もしくはすべてを高いレベルで満たしているならば、勝算の有無の測量において、敵の「五事」レベルを分析する前から、かなり有利な結果が出ることが期待できるでしょう。

 しかし実際は、これらの要素すべてについて、完全はおろか、高いレベルで満たすことすら難しいと孫武は知っていました。よってこれらの5つの項目について、敵と我を比較することの必要性を説いたわけです。

 比較の具体的な例が、計篇1の最後で述べられてます。その具体例が7つ挙げられているので、後世では「七計」と呼ばれるようになったのです。「孫子の兵法」本文中で挙げられているものは、以下の通りです。

  • 統治者はどちらがよい政治をし、民心が得られているか
  • 軍の指導者たる将軍はどちらが有能か
  • 天候・地形・自然はどちらに有利か
  • 法律・命令・規則はどちらが厳正か
  • 軍隊はどちらが強いか
  • 兵士はどちらが訓練されているか
  • 信賞必罰はどちらが適正に行われているか

 「孫子の兵法」をブラック企業との戦いに活用しようと考える私たちにとって、この具体例は実に参考になります。「五事」を見ていただければわかると思うのですが、これらは具体性に欠けるため、いきなり流用するのは至難の業だからです。

 それでは、後世の「孫子」研究家も舌を巻くシンプルにして網羅的なこの7つの比較例を参考にし、「五事七計」をブラック企業との戦いに当てはめてみましょう。

『孫子の兵法』が説く「五事七計」の基準を、ブラック企業との戦いに当てはめてみよう

 「五事七計」をあなたの抱える戦いに用いるためには、最初に「五事」を言い換えなければなりません。

 「孫子の兵法」上で語られる「五事」をよく読めば、なんとなくでも言わんとすることがわかるでしょう。その、「なんとなくわかった」ことを頼りに、とにかく置き換えてみます。

 置き換えたうえで、それらを使って「七計」も置き換えるのです。この二つの作業をすることで、初めて勝算を測る準備が整うのです。

まず「五事」を、あなた独自の項目として置き換える

 「五事」をあなたの抱える労働紛争に用いることができるように、上記の項目を以下のように言い換えてみます。ここでは、私が過去に置き換え、勝算を測った時の置き換え例を挙げておきます。

  • 道(政治)・・・紛争当事者の行いに対する血縁者・親近者の同意
  • 天(自然)・・・戦いをする時期
  • 地(地形)・・・労働紛争の舞台となる土地・土地柄
  • 将(将軍)・・・紛争当事者・代理人
  • 法(法令)・・・当事者の行為の合法性

言い換えた「五事」をもとに、「七計」も言い換える

 言い換えた「五事」を用いて、上記の「孫子の兵法」中の「七計」の記述をもとに、あなた独自の「七計」に変えます。再び置き換えた例を見てましょう。

  • 統治者はどちらがよい政治をし、民心が得られているか
  • 軍の指導者たる将軍はどちらが有能か
  • 天候・地形・自然はどちらに有利か
  • 法律・命令・規則はどちらが厳正か
  • 軍隊はどちらが強いか
  • 兵士はどちらが訓練されているか
  • 信賞必罰はどちらが適正に行われているか

   矢印のイメージイラスト

  • 労働紛争をすることについてどちらが血縁者・親近者・従業員の同意・支持を得ているか
  • 紛争当事者はどちらが紛争を戦う意欲が強いか
  • 戦う時期と戦う場所は、どちらの当事者に有利か
  • 紛争当事者のどちらが平素より厳正で、信頼を確保しているか
  • 紛争当事者の戦うための力(資料・知識・経済力)はどちらが上か
  • 紛争当事者には、どちらに専門家の有無・労働組合・同僚の団結などの人的有利さがあるか
  • 紛争当事者のどちらが、周囲の人間に対する公平・誠実な態度・評価をもって接しているか

 上の置き換え例は、あくまで一つの例ですが、戦うに当たっての必要比較事項はほぼ網羅していると思っています。「七計」は「五事」に比べて、置き換え内容に個人差が出ます。もし置き換えでわからなくなったら、上の例を参考にしてみてください。

 皆さんが置き換える作業をするにあたって参考になるように、「七計」の置き換えに当たって上のように置き換えた理由を説明しましょう。

「労働紛争をすることについてどちらが血縁者・親近者・従業員の同意・支持を得ているか」について

 家族のいる方は、戦うにあたって同意や支持を得ていることは必須条件となります。反対されたままで戦いに臨めば、短くない戦いの期間中にかならず家族に不満が募り、それが深刻な反対の意思表示へとつながり、経済的・精神的な打撃を受けて戦いの継続が難しくなります。

 孫武も、国民の同意・支持を得られていれば、苦しい戦いとなっても官民が一丸となって戦いに臨むことができる、と述べています。

 これはブラック企業側でも同じことですね。ブラック企業の行いに対し、企業側親族やその下で働く従業員が反対・不支持の気持ちを持っていればその点から戦局が変わることもあります。勝機を見いだせる可能性があるからです。

「紛争当事者はどちらが紛争を戦う意欲が強いか」について

 戦う意欲は、労働紛争の結果・過程を大きく左右します。意欲が強ければ、たとえ勝算が少なかろうとも紛争期間は長期化し、ブラック企業に対する影響も少なからず与えることができます。意欲が弱ければ、紛争をするにあたって生じる苦痛に、いともたやすく屈してしまうでしょう。

 紛争における企業側の意思決定者が旺盛な戦闘意欲を持っている場合は、労働者は死闘を覚悟しなければなりません。一つの波をしのいでも、次から次へと不当な行為を仕掛けてくるからです。

「戦う時期と戦う場所は、どちらの当事者に有利か」について

 労働紛争にも、戦うべき時期、戦うべき場所、というものがあります。

 「時期」については、皆さんもイメージがしやすいと思います。戦うべき時期とは、証拠・家族の同意・仲間の協力体制・経済的なメドなどの、労働者の勝算を高める要素がそろった時です。季節的にも、長期休暇を挟む時(盆休み・正月休み等)は、精神的な点から適さないかもしれません。あなたが戦う「時期」を予想し、それがあなた・会社にとって望ましいかをもって比較するのです。

 「場所」はどうでしょうか?あなたが会社側の紛争担当者と紛争解決に向けて話し合う場合、その場所は社内でしょうか?それとも調停等が行われる裁判所でしょうか?例えば、あなたが勤務を継続しつつ戦う場合、場所は社内が多くなるでしょう。あなたが職を失った状態で戦うならば、社外で戦うことが多くなります。あなたが現在置かれた状況によって、対決する場所は変わってきます。その場所があなたにとって精神的・物質的にプラスとなるかマイナスとなるか、その観点で「場所」があなた・会社にとって有益となるか分析するのです。

 「場所」について、もう一つ。会社の存在する場所の関係から、労働者に不利な地勢が存在します(例:人口が少なく、会社の経営者がその土地の意思決定に強い影響力を持つ場合等)。この事実は紛争の帰趨に大きく影響します。地方での戦いの場合は、必ず考慮しておきたい点です。

「紛争当事者のどちらが平素より厳正で、信頼を確保しているか」について

 ルールを率先して守り、自ら過ちを犯した場合でも自らを律し、部下や同僚からの耳の痛い指摘にも誠実に対応する。そのような行動を日頃より当たり前に行っている人は、その人自身が苦境に陥った時に周囲の人間が力になってくれるものです。

 逆に、他人の過ちに容赦なく、一方で自分の過ちに甘い人間は、苦境に陥った場合心の底からの協力・支援は得られないものです。

 あなたと会社側の責任者では、どちらが誠実で潔いでしょうか?

「紛争当事者の戦うための力(資料・知識・経済力)はどちらが上か」について

 軍隊の強さは、兵数や兵の熟練度・戦うための装備・各士官の指揮能力・兵站システムの適切さなどによって総合的に決せられます。兵数と熟練度については次項に任せ、それ以外の項目(戦うための装備・各士官の指揮能力・兵站システムの適切さ)については以下のように置き換えます。

 まず「戦うための装備」は、裁判で会社の不当な行為を証明する、もしくは労働者の主張を否定しうる資料(証拠)と考えることができます。「士官の指揮能力」は、紛争を遂行する人物、つまりあなたや会社経営者の紛争遂行のための知識やリーダーシップだととらえます。そして最後の「兵站システム」とは、紛争期間中各当事者を支える経済的な後ろ盾(経済力)と置き換えます。

 つまり各紛争当事者における、戦うための間接的な戦力について比較するのですね。

「紛争当事者には、どちらに専門家の有無・労働組合・同僚の団結などの人的有利さがあるか」について

 戦争における勝算を測る場合、常に兵数や兵の熟練度などの人的な力は重要な要素となってきます。これはブラック企業と戦う場合においても同じです。

 ブラック企業との戦いでは、「兵数」は各当事者の味方となり戦いを支えてくれる人数、「兵の熟練度」は、支えてくれる人達の立場・スキルに置き換えます。

 「兵数」にかかわる分析は、次のような視点で取り組んでみましょう。

  • 各当事者において、どれだけの数の人が味方となってくれるか?
  • その数の圧力で他方当事者の企みを挫折させることができるのか?
  • その数をもってすると、他方の当事者は脅威を感じるか?

 次に、「兵の熟練度」にかかわる分析は、以下のような視点で取り組んでみましょう。

  • 味方となってくれる人達の結束力は強いか?
  • 各当事者を擁護する専門家の専門知識レベル・問題解決能力はどの程度か?
  • 労働組合が絡んでいるならば、その組合の活動能力は強いか弱いか?

 会社側の人的な力を測る時、不透明なことの方が多いでしょう。まして、会社の顧問となっている専門家など普段は知るはずもありません。顧問たる専門家が不明な場合は、まずは会社そのものを分析します。紛争に突入するにあたって専門家が登場してきたら、彼らの話す内容・ホームページ等における経歴やサイト中の考え方を参考にして、人的ポテンシャルを分析してみます。

「紛争当事者のどちらが、周囲の人間に対する公平・誠実な態度・評価をもって接しているか」について

 各紛争当事者の、日頃の態度から周囲の人間の中に作り出される信頼度について分析します。常日頃から誠実な態度をもって周囲の人間に接している当事者は、周りの人間に自然と信頼されているものです。

 この要素は、特に労働者側当事者にとって重要な要素となります。紛争に突入した時、平素からの行動が身勝手等で信頼もされてないような労働者であれば、同僚らは彼を決して助けはしないでしょう。逆に、平素からの態度が誠実で信頼を得ているならば、例え表立った協力がされなくとも、同僚らは陰でその労働者を支えてれるものです。

 一方、会社側当事者の平素の態度が問題であっても、その強い立場を利用して他の従業員らを無理やり従わせることができます。不公平なようですが、これが現実です。しかしその服従心は、労働者側当事者が誠実で公平であればあるほど、不安定ものとなります。

勝算の測定方法を具体例で説明~「五事」を参考にしつつ「七計」を用いて勝算を測る

 ブラック企業は労働者の事情など考えてはくれません。照準を合わせた労働者には、一刻も早く企業側の望む結果を承服させたいのです。よって労働紛争が発生した時に、悠長に「孫子を読んで・・・労働法を勉強して・・」などと腰を落ち着かせている時間はありません。

 しかし勝算だけはしっかりと測るべきです。勝算を測っておけば、その後の意思決定を結果をもとに決めることができます。戦いにおける行動指針もはっきりとさせることができます。

 この現実ゆえに、勝算を素早く測ることが必要となってきます。そこで我々労働者は、「孫子の兵法」中で示された「七計」の具体例にとりあえず従ってブラック企業との比較をすることに集中します。

 言葉で説明するだけではわかりにくいので、実例をもって説明しましょう。パワハラ支店長と戦おうとしているAさんの例です。分析は、Aさん側から見た分析、という設定です。よって、支店長側の分析は、推測に基づく分析となっています。

 分析においては、希望的な推測・現実逃避的な推測は避けることです。相手側の分析においては、目に映る事実から推測できる分析内容を挙げ、己のことについては、己の実態をありのままに挙げることです。

七つの比較例について、各当事者ごとに有利な点を箇条書きにし、各事項ごとに勝算を分析してみる

「労働紛争をすることについてどちらが血縁者・親近者・従業員の同意・支持を得ているか」についての比較

【Aさんの有利点】

  • 独身時代に貯めた貯蓄(150万円)の範囲の被害に抑えて戦うならば、家族は了解してくれている
  • 他の同僚らは、紛争になったら、心の底では応援する、と言ってくれている
  • 支店長は、支店の部下のほぼすべてから敬遠されている

【支店長側の有利点】

  • エリアマネージャーは支店長のパワハラ行為について黙認しており、かつ二人はプライベートでも友好関係を維持している
  • 支店長は、過去にパワハラに反抗した従業員を会社の後ろ盾をもって強引に追い出したことがある

【この比較項目における勝算の分析】例

 支店長のパワハラに反抗すると、確実にエリアマネージャーも敵に回す。そうなると、支店長・エリアマネージャー・会社の圧力は、ダイレクトに私のところに来るだろう。過去に反抗した従業員が見せしめに退職に追い込まれため、同僚らの支援は期待できないし、迷惑がかかるためしてもいけない。よって、休職しつつ戦うのが現実的である。休職すると会社内の情報が仕入れにくいが、同僚らの協力で知ることはできる。また、司法手続きや労働組合の力でもって復職しても、同僚らに心から避けられなければ、職場内で耐えられる可能性はある。休職中の無収入状態は、私の貯蓄100万円でなんとかなるが、復職できない可能性も含めると、2カ月が限度であろう。よって迅速な解決手続きしか採る道がない。

「紛争当事者はどちらが紛争を戦う意欲が強いか」についての比較

【Aさん側の事情】

  • Aさん自身は非常に復讐心に燃えていて、責任を追及するためのあらゆる努力をする覚悟を決めている
  • 事情を知る家族(妻)も、泣き寝入りだけは嫌だと言っている

【支店長側の事情】

  • パワハラについては一切認めず、当然謝るつもりもなく、「やれるものならやってみろ」と息巻いている
  • 過去にパワハラで問題を起こした時も、強硬姿勢を貫き、それを押し通して問題を乗り切り、その事実を周りに誇らしげに吹聴していたことがある

【この比較項目における勝算の分析】例

 戦う意欲については互いに優劣がないように思える。「やれるものならやってみろ」と怒鳴った支店長を前にして、自分でも驚くほど冷静に臆することなく対面し、要求を突きつけることができた。支店長の強硬姿勢は、過去の成功体験による自信から来ているのだろう。

「戦う時期と戦う場所は、どちらの当事者に有利か」についての比較

【Aさん側の事情】

  • 最初のうちは会社に出勤しながら戦う必要があるが、休職しながらの戦う経済的メドもある。つまり、追い詰められても戦う場所を変えることができる。
  • 進学などの経済的出費の多いイベントを控えている時期ではない。
  • この支店(会社)は、地方のしがらみや情実からはわりと自由な新参進出企業であり、会社を戦うことで地方の有力者などを敵に回すようなことはない。

【支店長側の事情】

  • この支店に赴任してきてから半年あまりであり、パワハラ気味な言動もあいまって、この店に人的基盤はいまだ築いていない。
  • 会社やエリアマネージャーの後ろ盾があるにしても、本社から距離的な隔たりがあり、常に支店長を支持する人がいるわけでなく、平素は孤立していると言える。

【この比較項目における勝算の分析】例

 戦う時期としては、家族に多大な出費がかかる時期ではなく、支店長も赴任してきて間もなく、すでに部下に嫌われており、ベストではないにしても、悪い時期でもない。場所としては、支店経営者側に土地的なコネや情実がなく、支店長や会社だけを相手に戦うことができる。私(Aさん)には3カ月を無収入でしのぐ経済的な余裕があり、最悪の場合に戦う場所を移動させることができる。

「紛争当事者のどちらが平素より厳正で、信頼を確保しているか」についての比較

【Aさん側の事情】

  • 私(Aさん)は支店長みたいに嫌われているわけではないが、支店の同僚すべてと友好関係を保っているわけでない。
  • 平素より仕事上で誠実な対応をしているが、一部の同僚とは行き違いもあり、その人たちとは信頼しあえていない。しかし多くの同僚らの信頼は得ている。

【支店長側の事情】

  • 仕事に関して厳正であり、それが度を越しているため、支店在籍のほぼすべての部下から敬遠されている。しかしそ反乱が起こっているわけでもなく、私(Aさん)との戦いが始まったからといって、支店長が孤立して追い詰められるようなことにはならない。
  • エリアマネージャーとの仲は良いが、それは表面的なものであり、紛争によって追い詰められても二人が運命を共にするとは思えない。

【この比較項目における勝算の分析】例

 支店長は「厳正」という点では一貫した態度だが、度を越しており、それがゆえに支店の部下から信頼を得られていない。しかし私(Aさん)が立ち上がったところで彼らが共に声を上げることは期待できず、この項目が支店長にマイナスに働くとは思えない。一部の同僚から私は疎まれているが、戦いになった時、もしくは紛争終了後に復職した時に、彼らが私の平穏な職場環境を害することは、他の同僚らと陰での協力関係を築いている以上、考えにくい。

「紛争当事者の戦うための力(資料・知識・経済力)はどちらが上か」についての比較

【Aさん側の事情】

  • 支店長のパワハラを証明するための証拠として「日記」は持っているが、実際の言動を記録したものは持っていない。しかし支店長の度を越した言動は相変わらず続いており、それを録音することはできる。
  • 支店長のパワハラを追及するための法的な知識に自信はないがすでに勉強は始めており、その内容を徐々に理解しつつある。
  • 多くの同僚らの支持は得ており、しばらく支店に出勤しながら戦うことができる。最悪休職しても150万円の余力がある。

【支店長側の事情】

  • パワハラは日常的に行われており、証拠を採られることについての危機感もない。
  • パワハラ紛争になったところで支店長が出勤停止になるようなことは考えられず、また、出社できなくなるような繊細な性格でもない。よって支店長に経済的な不安はない。
  • 言動から推測すると、支店長の法的知識レベルは低く、かつ守る意識も極めて低い。

【この比較項目における勝算の分析】例

 支店長の法的知識レベルは低く、守る意識もないが、紛争になった時は会社側の紛争担当者が変わる可能性もあるので、彼の知識は紛争の結果に影響を及ぼさないだろう。しかし支店長はパワハラ言動を引き続き行っているため、今のうちに言動を録音して反訳できれば、支店長の責任を追及するための有効な証拠を手にすることができる。

「紛争当事者には、どちらに専門家の有無・労働組合・同僚の団結などの人的有利さがあるか」についての比較

【Aさん側の事情】

  • 私(Aさん)に、紛争解決のために弁護士に依頼する経済的なゆとりはない。
  • 会社内に労働組合はない。社内にあるコンプライアンス室も、「パワハラは許しません!」という標語を掲げておきながら前例において無力・無策であり、頼りにならない。
  • 支店の同僚らの表立った協力は得られないが、陰での協力は取りつけている。よって無視の強要が行われ職場で実際に孤立しても、それは表面上だとわかっているため、精神的に耐えられる。

【支店長側の事情】

  • 会社はパワハラについて寛容であり、紛争になったところで、支店長が会社から叱責を受けることもない。
  • 会社もエリアマネージャーも支店長の将来性に期待しているため、彼の言動に対して肩を持つ傾向があり、紛争となったら会社一丸となって私(Aさん)を追い詰めてくる可能性がある。
  • 本社の人事の紛争担当者には、法律資格を持つ有能な課員がいて、過去の紛争においても冷徹な対応に終始していた。

【この比較項目における勝算の分析】例

 私(Aさん)に人的な有利点は少ない。しかし同僚らのとの人的なつながりは維持しており、休職後や職場復帰後の支持も得ている。よって、この紛争を乗り越えれば、職場復帰の可能性はある。しかし紛争に勝利したところで支店長の転勤はアテにはできず、復職後の嫌がらせが懸念される。合同労組(外部労働組合)への加入が有効だが、いまだに適当な組合は見つからない。紛争となれば支店長よりも本社側の紛争担当者の方が気になるが、支店長のパワハラの証拠をつかめば、勝機は見いだせる。逆に、有効な証拠が得られなければ、厳しい戦いとなるだろう。

「紛争当事者のどちらが、周囲の人間に対する公平・誠実な態度・評価をもって接しているか」についての比較

【Aさん側の事情】

  • 同僚からは「二面性がない」との評価をもらっており、私(Aさん)の部下に対しても客観的な基準をもって公平に接することを心掛けており、パワハラなどもしていない。

【支店長側の事情】

  • 支店長の他人に対する評価は、常に感情的で、自分に都合のいい人間に対してのみ甘いものであり、それがゆえに信頼は得ていない。しかし会社の後ろ盾と上司の権限を背景に不満を圧殺することをいとわない。

【この比較項目における勝算の分析】例

 他人に対して評価するうえでの公平性については、私(Aさん)の方が上回っている。しかし支店長は、支店長としての立場を利用して不満を圧殺することが可能であり、評価のマズさから紛争において苦境に陥ることはない。

七つの比較例による分析をまとめ、勝算についての総合分析をする

「労働紛争をすることについてどちらが血縁者・親近者・従業員の同意・支持を得ているか」について

 Aさんは、条件付きで戦うことについて了解を得ており、一番大事な人物(Aさんの配偶者)の支持も得ている。支店長は、過去の例からも、戦うことについて会社側の支持を得られるだろう。よってこの比較項目について、どちらが有利とはいえない。

「紛争当事者はどちらが紛争を戦う意欲が強いか」について

 両者とも、戦う意欲は強いと思われる。特にAさんは、戦い抜くことについて経済的なメドをつけ、同僚らの支持を取り付けており、強い意志が合理的な行動を引き起こしている。以後の紛争においても冷静で周到な行動が期待できる。支店長の戦う意欲も強いが、行動に違法性が伴っている以上、それを意欲だけで覆すことはできない。

 Aさんが強い意欲を維持して、紛争の過程で支店長のパワハラの決定的な証拠をつかむなどの積み重ねを実現すれば、勝算は大いに増すと思われる。

「戦う時期と戦う場所は、どちらの当事者に有利か」について

 Aさんにとって最大の懸念(紛争突入後の、職場内での支店長による過度の圧迫)について、Aさんには逃げ道(休職して戦う場所を公的な場所に移動させる選択肢を持っている)がある。支店長には会社の後ろ盾しかなく、地域を巻き込む権限もない。

 よって時期と場所については、どちらに有利かははっきりとしない。

「紛争当事者のどちらが平素より厳正で、信頼を確保しているか」について

 支店長には過度の厳しさから支店従業員に信頼と人望がないため、従業員らはAさんに水面下で同情的であり、支店長最大の有効策(支店長と支店の従業員すべてでAさんをいじめ、退職に追い込むこと)を用いることができない。支店長の卑劣な有効策を同僚らの支持を取り付けたことによって打ち砕いており、その傍らで証拠をもって合理的に戦うことができれば、勝算を見いだせる。

「紛争当事者の戦うための力(資料・知識・経済力)はどちらが上か」について

 Aさんには弁護士のような知識はないが、パワハラの言動を収めた録音記録と反訳書を得られれば、それを補うことができる。証拠をもとに交渉もでき、短期決戦も可能となり、裁判上での勝算を得られる。支店長に宣戦布告をする前にパワハラの言動を収めた証拠を複数手にすることが死生を決する。

「紛争当事者には、どちらに専門家の有無・労働組合・同僚の団結などの人的有利さがあるか」について

 人的有利さにおいては、支店長の方が上回る。Aさんはこの点をカバーするためにも、同僚らとの連絡を密にとり、常に意思を確認し合う必要がある。会社の圧力が想像以上であるならば、合同労組に加入する、もしくは休職するなどして精神的な面での保護を図ることで、人的不利を補う。

「紛争当事者のどちらが、周囲の人間に対する公平・誠実な態度・評価をもって接しているか」について

 Aさん自身は常日頃から他の同僚、部下らに対して公平に接しているため、パワハラについて権利を主張することについて、同僚らの共感を得ることができた。支店長は支店長に存する権限によって部下を抑えることはできるが、裁判などで旗色が悪くなれば求心力を失う可能性がある。

 しかしAさんが裁判で有利となろうとも、会社が率先して支店長を指導・更迭することは考えにくく、期待もできない。よってこの点において勝算を上げる要素はない。

総合分析結果

 「七計」において、Aさんが有利だと推測できる項目は3項目、不利だと思われる項目は1項目、どちらとも言えないと思われる項目は4項目である。

 有利だと思われる項目(パワハラの決定的証拠の確保が可能であること・同僚からの水面下での協力体制が得られていること・支店長の卑劣策を事前に打ち破っていること)を維持・確実にし、不利項目(人的バックボーンが手薄)を少しでも改善し、どちらともいえない要素を不利な状態へと変化させなければ、この戦いをすることは無謀ではない。

 家族・自分との取り決めを守り(150万円の取り決めを守る)、周到な準備を怠らず、戦いの結果に妥協することを認め素早く終わらせることに心がけることが重要である。これらを心掛けることで、勝利はなくとも惨敗はしない。

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