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無計画で激情的な復讐は避ける~亡国は以て復た存す可からず

ブラック企業の冷酷な違法行為にさらされると、多くの人はその卑劣さからくる屈辱感と、家族の平穏すら害された憎しみから、冷静な感情を保つことができなくなります。

例え平素から計画的で冷静な人であっても、怒りからくる激情によって無計画な復讐戦の泥沼に入り込んでしまい、より多くの苦しみを受ける羽目になります。

ブラック企業自身がその卑劣な違法行為がゆえに損害を受けるのは自業自得ですが、ただ普通に勤労をしていただけの労働者が、このような受け入れがたい事態に陥るのは、あまりにも理不尽すぎます。

このページでは、自身の経験や周囲の実例をもとに、「孫子の兵法」の「亡国は以て復た存す可からず」の箇所を引用しつつ無計画な復讐戦のデメリットを説明し、意義ある復讐戦にするためのアドバイスをしていきたいと思います。

どうせ復讐戦をするならば、無計画・激情的な復讐戦だけは避け、未来につながる意義ある復讐戦にしていきましょう。

無計画で激情的な復讐戦のデメリット~「亡国は以て復た存す可からず」

 ブラック企業の行う違法行為は周到で容赦がなく、その卑劣ぶりにほとんどの労働者が激しい憎しみを感じることでしょう。

 損害や不利益が家族にまで及んだ場合、家族の尊厳まで侵された労働者は、激しい復讐心に覆われるでしょう。それは仕方のないことです。多くの労働者は、大切なモノ・大切な家族の生活を守るために、理不尽な業務命令や心無い上司の発言にも必死で耐えているのだが、魔の手が家族にも及んだら、その我慢も限界に達するのは当然です。

 そのような仕打ちを受けても、多くの労働者は、自ら会社を去るかその場にとどまりじっと耐えるかの対応をします。しかし中には、仕打ちに対する復讐を誓う労働者もいます。

 後述しますが、復讐戦自体は、全く意味のないものではありません。しかし激情に駆られて無計画な復讐戦を仕掛けると、そこには悲惨な結果が待っていることが多いのです。デメリットを見ていきましょう。

いずれ消えてしまう感情ごときで、本当に大切なものを永久に失うことの残酷さ

 「孫子の兵法」では、激情に駆られた無計画な戦いについて、以下のように述べ、注意を促しています。

”「怒りは復(ま)た喜ぶ可(べ)く、慍(いきどお)りは復た悦(よろこ)ぶ可きも、亡国(ぼうこく)は以(もっ)て復た存(ぞん)す可からず、死者は以て復た生(い)く可からず。」(怒りの感情はやがて和らいで、また楽しみ喜ぶ心境に戻れるし、憤激の情もいつしか消えて再び快い心境に戻れるが、軽はずみに戦争を始めて敗北すれば、滅んでしまった国家は決して再興できず、死んでいった者たちも二度と生き返らせることはできない。)” ※浅野裕一訳・孫子・第31刷・講談社学術文庫・2009年4月・257p~258p

 国王が激烈な怒りによって無計画に戦争をし多くの人を死なせてしまったら、後日冷静になり、どれだけ後悔しても、死んだ人間は決して生き返ることはありません。

 無計画な戦争によって国力を衰えさせ、それが原因で国そのものが滅んでしまったら、後日冷静になり、どれだけ後悔しても、再び国を興すことなどできません。

 激烈な怒りの感情など、時がたてば薄らぐものです。そしていくらでも望ましい心の状態に戻すことができるのです。しかし、死者や国は、一度滅してしまったら、もう永久に戻すことはできない。時がたてば消えてしまうような感情によって、本当にかけがえのないものを失ってしまう。それはあまりに愚かなことである。「孫子の兵法」はそのように忠告しているのですね。

本当の辛さは、冷静になった後に「失ったことの現実」に直面し、後悔しつづけていくこと

 ブラック企業の理不尽な仕打ちに対し、気が変になってしまうくらいの怒りに心が支配されて、何もすることができず、時間が止まってしまう。とても辛い経験だと思います。

 しかし本当に辛いこととは、怒りの感情に支配されている時の行動によって大切なものを失ってしまい、失った現実がずっとずっと続いていくことです。失ってしまった現実に事あるごとに直面し、その都度愕然とし、後悔して過ごしていかなければならない。これは、本当に辛い。どうすることもできないのです。

 確かに、後悔の念もいずれは和らぐでしょう。しかし失った現実だけはずっと続きます。そこに直面することだけはどうしても避けられないのです。

 いずれ消えてしまう激情によって無計画に行動してしまい、かけがえのないものを永久に失ってしまうことは、あまりに残酷なことです。その労働者は、ブラック企業の不当な行いによってすでに十分辛い思いをしているのに、かけがえのないものを失う辛さまで味わうことはないと思います。

 その辛さを避ける方法は・・・計画的に復讐戦をすることです。怒りに支配されている時であっても、戦いの見通しや勝算に目を向け、戦いに踏み切ることに対し冷静な時間を持つことです。冷静な考えに沿った復讐戦であれば、意義も見い出すことができます。その「意義」については、以下で話していくこととしましょう。

無計画で激情的でなければ「復讐戦」にも意義がある

「最終目的」に「復讐」を選択することは各人の自由

 最終目的の設定において「復讐」を選ぶことを、私は決して否定しません。むしろ、「復讐」も大きな選択肢の一つだと思っています。

 このページでは、その理由の詳細と、「復讐」の持つ意義、そして「復讐」を選ぶ際にあなたの心を責めてしまうような世間の価値観に対する反論をしたいと思います。

 あまりに非現実的なもの、違法なもの、でなければ、どのような最終目的にするかは各人の自由だと思います。つまり「最終目的に設定する内容は自由」ということは、最終目的が「復讐」であってもいい、ということです。

 私は最終目的を設定するうえで、まず自分の心の声に耳を傾け、大まかな目的を選びます。そして以下に挙げる項目を参考にします。最後に、設定した目的が他人の無責任な意見や批判に迎合したものでないかどうか、再度チェックします。

  • 扶養家族の意向に真っ向から背き、彼らの生活を苦境に立たせるような最終目的でないか否か
  • 法律その他の規則等もしくは公序良俗に反するような最終目的でないか否か
  • 己の最低生活を脅かすような最終目的でないか否か

 つまり「己の心の声」以外で最終目的設定に口出しをできる存在は、「家族の意見」と、「法律その他の規則等」と、「己とそれにかかわる家族の生活状態」のみとなるのです。

 間違っても、同僚や上司、友達の意見など目的設定に口出しをできる存在ではないのです。インターネット上のSNS(フェイスブック等)の意見など言うまでもありません。

 目的設定を縛りうるモノをクリアした最終目的が「復讐」であったなら、それは立派な最終目的だと言えます。ただ選び取ったものが「復讐」だっただけのことです。

 傍観者の意見というものは、「復讐」や「秩序を乱すような目立った行為」に対し、批判的な傾向があります。たとえ目立った行為が、不当な行為に対する勇気ある反発であっても、そんなことは関係なく批判するのです。家族以外の周りの意見に耳を傾けてしまうことは、最終目的の設定に深刻な制限を与えることになります。

「復讐」することにも意義がある

 世間一般には、「復讐」は後ろ向きで破滅的、そして悲壮感ただよう、何か悲劇を招くようなもの、というイメージを持たれています。

 ブラック企業との戦いにおいても、そのイメージのように、経営者に対して「復讐」することは、大きな危険と苦しみを生む可能性があります。

 しかし、だからといって「復讐」は常にさけるべき選択肢かというとそうではないのです。そこには「復讐」独自の意義が見出されます。

 少し前のドラマで、「倍返し」という言葉がよく用いられました。その言葉に共感した人たちは、自分の会社にいる嫌いな上司らを仮想の敵と見たてつつドラマを視聴してスッキリしていたのかもしれません。しかしブラック企業との戦いにおいては、仮想を超えたリアルで卑劣な戦いが繰り広げられるため、「倍返し」と言って現実離れした夢を見て満足をしている余裕はありません。

 実際の労働紛争では、戦いののろしをあげたら、あとはただ自分の目的を実現させるために計画し、準備をし、実行をしなければなりません。その手間な作業をするためには、「仕返し」よりも強い気持ち、つまり「復讐」のような激しい気持ちが必要となります。

 強い意志とモチベーションを維持するために、復讐心を利用することは、以上の点から無駄ではないのです。復讐が実現しなくても、それを実現するために会社側に与え続けたダメージは、傲慢な経営者の心に何かしらの影響を与えるでしょう(当然、改心などは望めませんが)。

 「泣き寝入り」は、予想以上に寝入った人間の心に傷を残します。たとえ勝利を得られなくても、すべきことをしたうえでその場を去ることは、実に大きな意味を持ちます。後ろにこだわることがなくなる「すっきり感」とでもいいましょうか。気持ちの問題ですが、不当な行いに堂々と「NO!」を突き付けた勇気は、きっとこれからのあなたの自信となるでしょう。

計画的な復讐戦に水をさす「教え」に注意する~成功法則本・自己啓発本に潜む罠

「すべての人に感謝しなさい」という成功法則本・自己啓発書の考え方は、今の私達には容易にできる考え方ではない

 すべての人に感謝する心が、成功を得るため必須条件であるとおおかたの成功法則本・自己啓発書には書いてあります。

 そのような本を読んでみますと、「すべての人」には、嫌な顧客や意見の合わない同僚、横暴な経営者も当然に含まれています。本によっては、彼らの幸せまで祈れ、愛せ、とまで書いてあります。

 著者の意図は、深い所にあるのかもしれません。大いなる悟りを開き、怒りも湧かない境地に至ったのかもしれません。だからこのような考え方ができるのでしょうか?

 いずれにせよ、私たちのような凡人に簡単に実行できる考えではありません。実行もできないような考え方に縛られ、心の声が「復讐戦」を望んでいることに気づいても我慢してしまうことは避けたいですね。

 これらの本の説く絶対愛の境地に至るには、怒りによる復讐などの多くの愚行?を犯し、その中から、反省・自己回顧などのプロセスを経ることが必要でしょう。いきなり何もせずに絶対愛の境地に至るなど、なかなかできることではありません。

 少なくとも、成功者の自己啓発本を少し読んだだけでそれらが得られるとは思えないのです。得られないのならば、不当な行為をした人間を愛することも、許すこともできないでしょう。許すこともできないのに、「復讐のための闘い」を遠慮する必要はないと思います。あなたのその時の心の声に従うと、たとえ敗北を招いたとしても後悔は少ないものです。

ちまたにあふれる成功者の書いたビジネス本の成功法則は、経営者への反抗心に水を差すように書かれている

 書店に行くと、自己啓発本、投資関連本と同じくらいの数の成功本が並んでいます。ここでいう成功本とは、成功法則本ではなく、成功者の書いた「~しなさい」系のビジネス本のことです。

 本の焦点のほとんどは、会社でデキる人間だと思われるためにはどうしたらいいのか?とか、成功して年収をあげるためにはどうしたらいいか?または億万長者になるためには今どう行動すべきか?というものです。

 その内容を展開するうえで、「職場で文句を言うことは、未熟者の代表である」「一人前になるまでは、ぐちぐち言わずに目の前の仕事を黙々とこなせ」「上司や経営者の立場になって考えることもせよ」などの細かい心構えがぎっしりと並べられます。注意深く考えてみれば、労働者がこれらの心構えをしっかりと守ってくれたならば、、経営者にとって実に都合のいい状況が生まれますね。

 ひたむきで真面目な労働者の方であればあるほど、その考えに容易に染まりやすくなります(それがいけないことだとは言いませんが)。そして目上の存在たる「経営者に反発すること」を「悪いこと」「未熟なこと」ととらえてしまいます。

 しかし今あなたの目の前に横たわっている最重要の問題とは、会社側の不当な行為で己や家族の生活が理不尽に危険にさらされている状況をいかに打ち破るか、のはずです。

 会社から「デキる」と思われることや、年収をあげること、山のような仕事を効率よくこなすこと、などは今は大した問題ではありません。不当な行為に甘んじることと、成功法則の考えに従うことは、全くの別問題です。

 あなたの心が「復讐戦」を望んでいることは、あなたの人格が未熟だからではないのです。己のために、家族のために、どうか堂々とブラック経営者と戦ってください。

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