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「上兵は謀を伐つ」でブラック企業に戦わずして勝つ!

戦わずして勝つことが最善であることのイメージ図

ブラック企業によって不当な扱いを受けた場合、泣き寝入りをしない限りは、私的感情に従い「全面対決」をこそ望むでしょう。

しかしブラック企業とあなたの戦力差は、かけ離れているのが普通なのです。感情に従い真正面から戦いを挑んだならば、きっとあなたは多くの損害を伴う「惨敗」を喫することでしょう。

「惨敗」を回避するための対策は複数考えられるでしょう。『孫子の兵法』における「上兵は謀を伐つ」(軍事力の最高の運用方法は、敵の策謀を未然に打ち破ることである)は最も労働者にとって被害の少ない戦い方であり、「戦わずして勝つ」をも実現させる戦い方となっています。この戦い方を採用できるならば、ぜひともそうしたい。

考え方を知っても、その具体的な方法を知らなければ、実際に使うことはできません。当ページで、過去の事例や経験をもとに、解説をしていきたいと思います。

ブラック企業との戦いは、「戦わずして勝つ」ことの重要性が特に求められる戦いである

ブラック企業との戦いにドラマのようなスマートさは一切無い

 労働者と使用者、または労働者同士が直接火花を散らして戦って、一体どのような問題が出てくるのでしょうか?

 テレビドラマに出てくるような、対等で議論の自由性に満ちた、そんな「かっこいい」戦いが繰り広げられ、はたまたドラマのように、後腐れなくきれいさっぱり終わるモノなのでしょうか?

 今までの経験からすると、ブラック企業との戦いは、不自由さと差別・卑怯な行為に満ち溢れ、かつ取りかえしのつかないしこりや経済的損失を残す戦いであったと記憶しています。それは私の先輩諸氏も同じ意見であります。一度でも不当な扱いにさらされた経験のある方は、きっと賛同するでしょう。

 労働紛争に突入すると、双方の当事者は激しい感情の荒ぶりとともに、相手を非常に憎悪するようになります。

 国家間の戦争と違い職場環境の中での戦いでは、日常生活の中で戦う相手と毎日のように顔を合わす苦痛が待っています。それがため、憎しみ合う相手の一方が何らかの理由で立場を利用できるのなら、イジメやパワーハラスメントが発生する危険も出てきます。職場内でのいじめは、学校の中で行われるイジメよりも頻繁に起こり、かつ学校で行われるいじめよりも過酷・陰湿・卑劣となるのが一般的です。

陰惨な戦いの果てに待っている結果とは

 なぜこのようなことが起こるのか?「戦う時間」と「仕事上で協力し合う時間」でその区別が難しいことが、労働紛争を難しくさせているのです。そこには多くのしがらみや鎖があります。

 家族を守るため、労働者は不快極まる会社に出勤し、勤務時間中は、会社の指揮命令に従わないといけません。会社は、反抗した当労働者に対し、指揮命令にかこつけた嫌がらせをしがちとなります。人間の性(さが)でしょうか。両者とも、仕事は仕事、と割り切って時間を過ごすことができず、そこからまた新たな憎しみが生まれ、時間がたてばたつほどに両者の相手方への憎しみは激化していきます。

 ほとんどの労働者にとって、家族生活の安寧は、神聖不可侵な領域です。経済的に自立している場合を除き、会社の不当な行為は、家族の安寧な生活を害することに直結します。その悔しさは、取り返しのつかない怒りへとつながります。後日どれほど誠意を尽くしても回復できない恨み、まさに「大怨」(たいえん)と化するのです。そこまで至った労働者が、戦いの後にしこりを残さないことなど、まず無いでしょう。

 そして、戦いの終わった後に職場に横たわるものは一体なんでしょうか?改めて考えてみましょう。

 修復不能におちいった人間関係。長労働者同士の疑心暗鬼によって士気が大幅に低下した職場。会社は法を守らないことで目先の利益を得ようとしたのでしょうが、その利益をはるかにしのぐ負の財産をも得ることになります。

 労働者にとっても同じです。激しい戦いは、見栄えはよいのかもしれません。表だって戦っている労働者は、それをしない、もしくはできない傍観労働者にとって、とても勇ましく見えるでしょう。しかし、それに伴って得る現実的結果は苛酷です。それは・・引く戦いによる収入減で多くの蓄えを失って疲弊しきった家計、なのです。

『孫子の兵法』における「上兵は謀を伐つ」による「戦わずして勝つ」の戦略を知ろう

 上記のような結果を回避するために「戦わずして勝つ」を目指したいと思ったならば、真っ先に思うでしょう。「ブラック企業に戦わずして勝つことなどできるのだろうか?」と。その可能性を探っていきましょう。

 「戦わずして勝つ」は『孫子の兵法』の有名な言葉です。孫子は、百回戦って百回勝つことは最善ではない、戦火を交えず敵を屈服させることこそが最善の方法なのだ、と唱えています。「上兵は謀を伐つ」のくだりです。

 『上兵は謀を伐つ』(軍事力の最高の運用方法は、敵の策謀を未然に打ち破ることである) ※『孫子』(浅野裕一:訳)

 ブラック企業との戦いにこの言葉を当てはめてみましょう。

 『労働者の戦う気持ちと資源の最高の運用の方法とは、ブラック企業の不当な企みと意図を、事前に察知し、させないようにすることである。』となるでしょう。

 百戦して百回勝つことは、とても戦い上手に聞こえます。百回戦って、一回も負けないのですから。しかし孫子は、百回も戦ってしまうことが、すでに最善ではないと言うのです。

 先ほども述べたように、百回戦ってしまったのなら、例え勝利を収めたとしてもそこには大きな損害や消耗が伴います。実際の戦争であれば、戦争費による国家財政の窮乏、それを補うための民衆への増税による民心離反、兵士の戦死等による人的損害などです。戦う回数が増えれば増えるほど、その数は多くなっていきます。

 確かに、ブラック企業との戦いにおいても、直接戦わずして不当な行為を断念させることができたのなら、それが一番いい方法だと言えるでしょう。人間関係も壊さず、お金も給料の手取り金額も減らず、以前と変わらない状態のまま生活を送り続けることができます。そこまでうまくいかないにしても、正面切っての戦いによる惨敗、よりは、まっとうな結果を得られるはずです。

 では一体どのようにして「上兵は謀を伐つ」のように、戦わずして勝つことができるのでしょうか?具体的な策を考えていきましょう。

ブラック企業に「戦わずして勝つ」ための具体策とは?

 戦わずして勝つためには、どういった方法が考えられるのか?『孫子』の謀攻篇の「上兵は謀を伐つ」では、著者の孫武が考える相手を屈服させる手段の優劣が示されています。

  • 【最善の方法】   相手の策謀や企みを未然に打ち破る
  • 【次善の方法】   相手方の結束力や同盟関係を揺るがせ、断ち切る
  • 【止むを得ぬ方法】 敵の軍隊を戦場で直接打ち破る
  • 【最も愚劣な方法】 敵の城や守備施設を攻める

 「孫子」の謀攻篇の精神からすれば、著者の孫武が「良き方法」として認めているのは、1番目と2番目の方法まででしょう。3番目と4番目の方法は、相手を打ち破る過程で多くの費用や損害を覚悟しなければなりません。ですから、3番目と4番目の位置に置かれているのでしょう。

 特に4番目の方法の場合、相手が劣勢でこちらが優勢であっても目的を達成するためには被害が激しくなります。『孫子』でも、「其の下は城を攻む」と書かれており、孫武が城攻めがいかに愚かな行為であるか考えているのがわかります。

 2番目の方法ですが、相手が同盟関係でのみ力を誇っている場合は有効ですが、同盟関係をなくしても他に強い影響力を誇示できる場合には有効性が薄らぎます。その点では、相手の策謀や企みを未然に打ち破る方法こそが、相手の状況に左右されない最も確実な方法だと言えるのです。

 この4つのケースを、ブラック企業との戦いのケースに用いて考えてみましょう。

「相手の策謀や企みを未然に打ち破る」をブラック企業との戦いのケースに用いると・・

労働者同士で団結する

 不当な行為をしようとする会社の意思を、事前にあきらめさせることができたら、そこに何の問題も生じなかったことになります。そのための方策としては複数が考えられます。

 その中で最も有効な手段となり得るものが、労働者同士で団結すること。労働組合を結成することはその最たるものです。一人だけでブラック企業に戦いを挑むことは、力の差の上であまりに不利だからです。

 『孫子の兵法』においても、「小敵の堅(けん)なるは、大敵の擒(とりこ)なり」(自己が弱小であるのに、優劣なものにかたくなに戦いを挑むのは、自ら敵の餌食となるだけである)と述べています。

 我が方に、相手(会社)を畏怖させ不当な魔の手を出しづらくさせる現実の状況があれば、相手の不当な行為をする意思は、団結していない時に比べ勢いのないものとなるでしょう。結成したばかりで、社内で勢力が弱くとも、合同労組の支部となり、その後ろ盾で会社をけん制する方策も有効です。

裁判において決定的に有効な証拠を押さえる

 団結は紛争解決・紛争未然防止の最も有効な手段です。しかし、団結ができない状態で、かつすでに不当な行為を行われつつあるのなら、相手の行為の責任を追及する手助けとなる証拠を集めるしかありません。その証拠をじっくり集め、しかるべき段階で相手に示し不当な行為を止めることを迫ることも、最たる方法ではないが企みを断念させるために考えられる手段です。

 この場合、会社の嫌がらせを受ける危険もありますが、訴訟等で直接的に火花を散らすことに比べれば、戦いにともなう損害は少なくなります。長期化を避けられる・現在の就業環境を維持できる可能性が高い・同僚らとの軋轢を避けられる可能性がある、などです。直接戦果を交えたのでは、これらのメリットは一切消えてしまいます。

表面上の服従で時間を稼ぎ、被害最小限の撤退戦を準備し、実行する

 ブラック企業の思惑が、目先の利益を考えての行動だととらえると、目先の利益を得させておいて、後でその利益を取り返すことも、企みを打ち砕く方策だと考えることができます。つまり、惨敗しない態勢をしっかりと整えてから反撃をし、不当な利益に対するさかのぼり請求によって、こちらの得べかりし利益を取り戻す策です(取り戻す時に戦うため、厳密に戦わずして勝つとはなりませんが)。

 惨敗しない態勢作りには、それなりの時間が必要です。不当な行為をされた直後にその態勢を整えることはできません。よって、その場は服従し(後で意思表示の無効を主張するための証拠を残しておく)、すぐさま準備をし始めるのです。準備期間中、その会社を見限るか否かの決断し、見限るならば大胆な戦略と戦術計画を立て、辞めるに伴って遠慮無用の容赦ない反撃をします。つまり、時期が来るまで「戦わない」ことで勝算を高め、結果として勝利を得る策です。

 撤退しつつの猛反撃によって会社側の不当な利益を取り返すことは、誰にとっても最も現実的で、未来にもつながる方策となるでしょう。泣き寝入り感も感じずに済み、次のステージへの転換もスムーズに進みます。

「相手方の結束力や同盟関係を揺るがせ、断ち切る」をブラック企業との戦いのケースに用いると・・・

 労働紛争においては、非常にイメージしにくいケースだと思います。パッと考えて、会社がほかの会社と手を組みつつ不当な扱いをしてくる例は、一般的ではありません。

 しかし、親会社の圧力によって不当行為などが引き起こされている場合には、積極的に親会社の行為を追及するなどの戦術が考えられます。しかし、このような例は、かなり大がかりな紛争だと言えますね。個人に絡む労働トラブルではあまり起こりません。

 個人と会社との紛争の場合を例に考えてみましょう。

 会社には、労務管理などの法律問題のトラブルを解決するための助言をする専門家(弁護士・コンサルタントなど)が顧問としてついています。この顧問が会社にとって有益な情報を与え続けている状態では、紛争時に労働者にとっては脅威になります。

 これは、見方を変えれば、同盟関係とみなすことができます。労働者が事前にしっかりとした準備をし、これらの専門家が使用者に消極的な助言をするように仕向ければ、戦わずして勝利を得る可能性が高くなります。

 わかりにくいでしょう。私の経験からもう少し説明しましょう。これらの専門家は、会社の行為の法的妥当性と、当該問題における勝算を推し量って、会社側に勝ち目やメリットが少ないと思えば、コンプライアンスという名の言葉を使って会社経営者に、不当な行為の自粛をアドバイスします。

 つまりあなたのすべきことは、裁判例や法律に基づいた主張を立て、それを裏付ける証拠を併せて提出し、裁判も辞さない姿勢を示して相手(専門家・経営者)に話をもちかけることです。嫌がらせを受け始めたならば、精神的な摩耗を避けるため心療内科に行って診断書を書いてもらい、すぐに休職して、離れた場所から圧迫を加えます。

「敵の軍隊を戦場で直接打ち破る」をブラック企業との戦いのケースに用いると・・・

 直接打ち破る・・労働紛争では、労働訴訟や、労働組合の団体行動(ストライキなど)が考えられるでしょう。

 これらの行為は、ドラマティックで激しく、絵になるものです。直接戦い、そして白黒がつけば、そこには目立った戦果があるように思えます。

 しかしその陰では、多くのものが失われている可能性があります。人間関係・お金・職場内の雰囲気・チームワークなど・・・。

 また、訴訟によってお金を請求したとしても、本来得られるはずであった金額と同額の金額は、まず得られません。また、ストライキをしたとしても、その期間中の賃金は、ノーワーク・ノーペイの原則によって支払われず、ストライキが長引けば長引くほど生活に影響を与えてしまいます。

 よって、直接打ち破るための戦いを仕掛けることは、開戦を避ける努力を尽くしたが成し遂げられず、かつ勝算がある場合にのみ許される、最後の解決手段として考えて下さい。直接対決に踏み切ることは、同時に我が身も傷つけることになるのを、常に頭に入れておくべきでしょう。

「敵の城や守備施設を攻める」をブラック企業との戦いのケースに用いると・・・

 労働紛争において、「城攻め」とは、どのような場合でしょうか?城攻めは、周到な準備をした相手を攻める行為です。「城」という要素が加わることで、こちらがいかに優勢であっても、大きな損害を覚悟しなければなりません。

 「城」にこもる会社とは、どのような状態か?

 不当な行為を追及され得る不利な証拠も労働者の手に渡っておらず、労働者からの訴訟等に対応できる人材に恵まれている状態。このような状態は労働者に圧倒的に不利であり、勝算はほとんどありません。

 このような会社は、こちらがいかに攻勢を強めても、直接に戦う相手としてはあまりに強大すぎます。戦う過程は確実に長くなり、その長い戦いの最中に、多くの巧妙かつ不快な待遇にさらされるでしょう。

 長引く戦いの過程で、心身はすり減り、家計の財力は弱まります。戦いの場が裁判に移ってしまったら、証拠も手元にない以上、労働者の主張が認められることはまずありません。このような場合は、「戦わずして勝つ」という最善策は捨て、「戦わずして惨敗を避ける」方針に転換すべきでしょう。