「サンチャゴ ~レべリオン・シマバラ」の第2巻を見つけました。
先月の末には出ていたようだが、なかなか書店になく、意外とマニアックな店で見つけました。今日、じっくりと読ませていただきました。ネタがマニアックな漫画は、なかなかない。
相変わらず、残酷な当時の現状が書かれている。第2巻では、代官所襲撃&代官殺害による島原の乱勃発までが描かれていました。最も島原の乱の過程で熱い時。
「サンチャゴ」では、描かれているのは松倉・寺沢の2大名に苦しめられた領民の怒り、だけではありません。島原の乱の闇の部分である、キリシタンによるキリシタン以外の者への敵意と弾圧も描かれています。
私は小学生の時は、島原の乱が、キリシタンによる殉教戦争だと信じ切っていましたが、それ以外の側面(圧政に対する反乱的側面・キリシタンによる仏教徒への迫害・乱に反対する者に対する、一揆軍による乱への参加強要)があることを知って愕然としたものでした。
本作はその点に目をそむけず、しっかりと描かれていると思います。そこがまたリアルで、残酷さに目を背けたくなるが、見入ってしまう。
島原の乱といえば益田四郎時貞(天草四郎)ですね。その四郎、巷の説では、旧有馬・小西家の浪人らにかつがれた象徴的存在だといわれていますが、本作では大将そのものです。そこがまた面白い。四郎ファン(そんな人がいるか分からないが)にはうれしい設定かもしれません。
視点が少し変わっていて面白い本作だけど、基本的なところ(虐げられた人間の悔しさ、憎しみ、怒り)はしっかりと描かれています。
そして、支配階級としておごっている武士たちの傲慢な振る舞いもしっかりと描かれています。諸説はあるが、過酷な統治が乱の勃発を招いたことは、疑いにくい。その点は外さず描かれているので安心した。
当ブログの読者は、会社の行いに憤りを感じている人が多いはずです。その点で、自身を、島原・天草の領民に重ねて見てしまうかもしれません。
重ねてみてしまうことは、無理に抑える必要はありません。領民たちのように、反乱をおこすのはまずいでしょうが、我々にできる範囲での行動をするきっかけにすることは一向に問題ないと思います。
作中で、四郎が言います
「我々は誤りを正す。クルスを掲げ、主の御意志に従い、戦う」と。
会社と戦う決意をした皆さんにも、四郎にとってのキリスト信仰のように、何かかけがえのないものがあるはずです。
家族?己の誇り?仕事?
なんでいいではないですか。大事に思えるものがあれば。
そのために戦う、そう思えたならば、きっと過酷な会社との戦いも、ふんばることができるかもしれません。
サンチャゴ・・・一揆軍がそのように鬨(とき)の声を挙げて、圧倒的多数の幕府軍と戦ったように、私たちも、何かかけがえのないもののために、今こそ立ち上がる時かもしれません。