トップページ > 労働法違反・職場イジメに負けないための考え方集 > ブラック企業との戦いで孤立しても、あなたの味方は必ず居る

ブラック企業との戦いで孤立しても、あなたの味方は必ず居る

このエントリーをはてなブックマークに追加

 ブラック企業との戦いの過程において孤立したとしても、立ち上がった労働者には必ず味方になってくれる人がいるものです。このページでは、その事実を具体例をもって説明します。あなたが少しでも元気になってくれれば幸いです。

「会社の不当な行為に勇気を出して反発したら周りから孤立してしまった」という経験はないだろうか?

 会社の労働法違反に直面して心ならずも反発せざる得なくなった。しかし一回反抗しただけで風紀を乱すものとレッテルを貼られてしまい、それを境に同僚や上司がよそよそしくなり、孤立したような状態いなってしまった。

 こういう状況というのは、会社の不当な行為に反発した経験のある人なら一度は経験したことがあるかもしれません。

 しかし、あなたは自分の家族や、あなた自身のあるべき権利を守るために勇気を出して会社に意見を言っただけで、何ら責められるべきことをしたわけではありません。

 人間付き合いに意見の交換は必須です。意見の交換があるから、人間は自分の料簡というちっぽけな殻の中から抜け出し、成長できるのだと思います。会社の使用者と労働者の間も全く同じだと思います。他人の意見を聞いたり参考にしたりする機会は必要だと思います。そうであるからこそ、そこで行われている不法な行為などが改善される機会が与えられるのです。

 意見の交換を許さないのは、その会社の器が狭いからでしょう。

 「俺がこうすると決めたら、それがそのまま俺の会社では法律になるんだ。俺に刃向う奴は許さない。嫌なら辞めろ。

 会社内では不当な行為が横行してるのに、会社の外でキレイな経営理念を話しつつドラッガーあたりの経営格言を得意げに話す使用者の本音は、だいたいこんな感じです。

 なんでこんな聞くも恥ずかしい考えを持てるのでしょうか。そんな経営者の心の中には、「従業員は俺より下の人間。下の人間が俺様に反発することは許さないし、してはいけない。誰が雇ってやってると思ってるんだ。」という信念に近い思い上がった考えがあるのです。

 こんな信念の持ち主であるから、不当な行為に対して勇気をもって反発した意見を「口ごたえ」という感覚でしか捉えられないのでしょう。口ごたえ?従業員は経営者の奴隷なのか・・・?私は常にそのように疑問を持ち続けていました。その疑問は、今でも決して無くなっていません。

 会社で意見を言った後、周りでどのような変化がありましたか。経営者は突然厳しくなり、親しかった人であっても表だって味方してくれることはまずないでしょう。なんだ、みんな冷たいな・・、とそう感じませんでしたか?

 そんな結果を見て、振り絞った勇気は無駄だった・うかつなことをしたと考えてしまうかもしれません。しかしそんなことは無いと思います。周りで会社の行為に憤りを感じている人は必ずいるはずです。そんな人は心の中ではその行動を理解してくれているし、できることなら応援してあげたいと思っているでしょう。

なぜ誰も声をあげて助けに入ってくれないのか?

 周りの心ある人たちは、貴方の味方をすることによって自分の生活が脅かされるのを恐れているのは間違いありません。彼らには給料をもらう事でしか守ることができない自分の生活・自分の家族がいるのでしょう。そして心ある同僚の家族たちは、あなたをかばうことで彼自身の会社内での地位を危うくすることに理解を示さないでしょう。

 いずれにしろ、自分勝手・薄情だからあなたを見殺しにしている、という訳ではなさそうです。声を上げることができない彼らにも辛い事情がありそうです。

 心ある彼らはすぐにでも声を合わせてシュプレヒコールを上げたいと考えているのではないでしょうか?

 心ある彼らは、今すぐにでも「○○さんの言う通りだ、社長、私たちもそんな扱いには納得できない。」と言いたがってるのではないでしょうか?

 しかし彼らの抱える大切なモノ(家族など)が彼らをそうさせてくれない・・・。そして使用者はそんな事情を知っているので「辞めるなら辞めてもらっても構わない」と平然と言うのです。

 そう考えると、あなたが声をあげて闘うべき相手は、同僚ではなく低モラルな使用者だということが分かります。声を上げたくても上げることができない同僚を敵とみなすのは、なんとも残酷な事ではありませんか。従業員同士が団結することを嫌う使用者にとって、好都合な状況であるとも言えます。

 会社が法を守り、戦前のような搾取労働の悲劇を繰り返さないためには、あなたのような勇気ある行動を取ることができる労働者が増えていくことが必要だと思います。

 しかし勇気ある労働者の方が増えていきやすい環境ができるためには、声を上げたくて上げることができない労働者も声を上げた労働者から祝福される風潮ができる必要があります。

 どうか苦しい立場の心ある同僚を憎まないでください。心ある同僚は、労働紛争の最も貴重な宝の一つだと思います。

 勇気あるあなたは決して一人ではないと思います。会社の同僚も、友人も、家族も、心ある人はみんな味方になってくれてます。

同僚が苦しんでいるのを見て、噂して面白がっている人へ

 特定の労働者が会社のターゲットにされると、必ずその周りは「力になってあげたい」と考える人、「お気の毒だがどうしようもない」と考える人、そして「他人事」として面白がる人とに分かれる。

 ここでは最後の人について一言申す。

 この状況の中で、あなたが同じことをされたらどう思うかを考えるべきだ。

 そしてその状況になることを心の底から望むなら、使用者にその気持ちを伝えるのも結構でありましょう。

 ただ、これだけは最低限守ってもらいたいものだ。不当な行為に苦しんでいる労働者の方を、面白がっている人間達ががさらに苦しめるは絶対に止めるべきだ。

 苦しんでいる人間を見て面白がっているような思いやりの無い人間になど、私はこれ以上期待はしない。人格は人それぞれであるから立ち入るのは難しい。しかし、自分の醜い悦びのために他人を苦しめるのはだけは最低限止めるべきだ。何も言えないなら、横で黙って見ていろ。

 もし私がそのような事を今されたらなら、決してそんな人間の行為を見逃すつもりはない。私の経験・知識等を総動員して、必ずその醜い行為に異を唱え追及する。

 中国・老子の有名な言葉がある。

 『大怨を和すれども、必ず余怨あり』(天下の人々の怨みを解いても、かならず後まで怨みが残る)

 ※『老子』 (岩波文庫)より引用

 老子では”天下の人の怨み”と言っているが、個人の場合も同じである。大きな怨みを持たれた後に、いくら和解して仁徳をもって接したとしても、かならず怨みは消えきらない。だったら最初から大きな怨みを買うようなことはするな。

 使用者のする不当な行為も、周りの心無い同僚がする嘲笑も、本質は同じの思いやりにかける卑劣な行為である。十分すぎるほど”大怨”を買い得る行為である。あとでニコニコ近づいても、どうして心から和することができようか?

 まわりで面白がっている人たちは、その結果の重大性を真剣に考えるべきである。理不尽によって苦しんでいる人間をより一層苦しめる行為は、極めて残酷で醜い行為なのである。

共有をお願いします

 読んでいただきありがとうございます。当ページの内容が少しでもあなた様のお役に立つことができたのであれば、下のボタンから共有をお願いします。運営者の次なる活動のための力となります。

このエントリーをはてなブックマークに追加

免責事項

 当サイトは、利用者が当サイトに掲載された情報を用いて行う行為について、一切責任を負うものではありません。

 法律等は頻繁に改正等が行われますので、あくまでも参考としてください。また、本サイトは予告なしに内容を変更することがあります。