「兵法的戦い方」の内容と特徴について
ブラック企業の違法行為と戦う労働者は、多くのケースで泣き寝入りを強いられます。それは、法律的な知識うんぬんよりも、経済的資力が乏しいため、ブラック企業と戦っている余裕がないためだと思われます。
労働トラブルにおいては、弁護士に相談・依頼するのが一般的な解決のための手段だと言われます。しかし現状は、弁護士に事件の解決を依頼できる労働者などごくわずかであります。
突然、解雇・配置転換・賃金減額をくらった労働者が、不当な行為で赤字になって先が見えなくなってしまった経済状況の中で、高い弁護士費用(着手金20~30万)など払う余裕があるでしょうか?多くの弁護士サイトはそのことに何の疑問をもっていないかのように、「弁護士に相談しましょう」と提案をします。
現実をかんがみ、弁護士に頼まず、一般人が自分の力で、訴訟を視野に入れて戦うことはできないだろうか?その観点から多くの労働紛争を自力で戦い、この「兵法的戦い方」にまとめました。戦いに当たっては、戦いを乗り切るための行動指針を古の兵法書から得、現実の戦いの中で実践しました。
幾多の労働紛争を戦ってみて、様々な事情から、常に「勝利」を手にするのは難しいということを痛感しました。そこで「負けない」ための戦い方を摸索してきました。こっぴどく負けなければ、そこからいくらでも再出発ができるからです。これは、「孫子」でも説くところであります。
このページで、「兵法的戦い方」の大まかな内容と特徴を説明したいと思います。
どの立場の労働者にも利用できる「兵法的戦い方」の行動指針
「兵法的戦い方」とは、「労働者が兵法書を参考にして、その中に書かれている精神・理論・戦略・具体的戦術にのっとって労働紛争を戦う」というものです。
試しに本屋に行くと、いくつかの兵法書を見つけることができます。
もっとも有名なものは「孫子」ですね。その他には、「戦争論」(クラウゼヴィッツ)・「戦略論」(リデル・ハート)・「戦争概論」(ジョミニ)・「海上権力史論」(マハン)などたくさんの兵法書・軍事理論書があります。「孫子」や「戦争論」に至っては、多くのガイド本・入門本が出版されています。
書店に行ってそれらガイド本を一冊手に取って読んでみてください。残念なことに、弱者が不当な行為をする強者に勝つためのケースを念頭に入れて解説がしてある本は、一冊もありません。ほとんどすべての本が、経営者や部下を持つ中間管理職ために、人心掌握や組織の運営術・経営戦略について解説をほどこした本ばかりです。
このカテゴリー、このページで紹介する「兵法的戦い方」は、どのような立場・どのような目的の労働者でも理解し、実行できる戦闘術です。
しかし、誰でもできるからといって、安易で単純なものでもありません。かつ戦闘術の通りにすれば必ず勝てる、というものでも決してありません。
「自分に力で解決しよう」という意欲・地道な前準備・現実をありのままに分析し直視する姿勢・撤退する勇気が必要となります。
兵法中の現実的な考え方を守り、目的を達成するための目標を立て、己と敵を知り、負けないための戦況観測を繰り返す
「兵法的戦い方」は、会社に勝つことだけを目指すものではありません。さきほど「どのような立場・どのような目的の労働者でも実行できる」と書きましたね。
例えば、労働紛争において圧倒的に不利な立場に置かれている労働者でも、被害を最小限にしつつ安心して働くことができる職場に移転するための戦闘過程を計画し、実行できます。
目的を「やられっぱなしではあまりに悔しいから、自分の気持ちを納得させるために経営者に一矢報いる」にした労働者の例においても同じです。例え結果が敗北となっても、大敗をさけ、かつ相手に精神的なダメージや不快感を与えるための戦闘過程を計画し、実行できるのです。
「兵法的戦い方」を柔軟なものにしている要素とは一体何でしょうか?私は、その要素として以下の4つが挙げられると考えています。
- 「争いごと」「戦い」の本質・現実を知ること
- 相手を知り、己を知ること
- 目的を立て、そのための目標をたてる(戦略的思考法)を用いること
- 目的に多様性を認めること(「勝利」だけにこだわらない等)
各要素については、多くの説明を要しますが、このページでは大きく簡潔に見ていきましょう。
「争いごと」「戦い」の本質・現実を知ること
「争いごと」「戦い」の本質・現実を知ることは大変重要なことだと考えています。
孫武の「孫子」でもクラウゼヴィッツの「戦争論」でも、戦いの本質とは何か?戦争とは何か?について、最初の段階で触れています。私の経験からして、労働紛争における闘争でも、これらの書物で述べられている性質が当てはまると考えています。
孫武は「孫子」の中で、「兵は詭道なり」と言い切っています。戦争(兵)はだましあい(詭道)だと確信を持って断定しているのです。労働紛争において、果たしてだましあいまで行われるだろうか?この問いに対して、一度でも会社の不当な行為にさらされた労働者の方ならば、迷うことなく首を縦に振るでしょう。
会社の不当な行為の中には、公正でいさぎよい行いなどみじんもありません。不利益な結果を告げる辞令にも、話し合いの場で会社側の人間が語る言葉にも、真実などほとんど含まれていません。
会社の上司の目に余る横暴な振る舞いに勇気を持って何度も意見した労働者が、突然解雇の辞令を受けたとします。その辞令には、解雇事由として、「会社の上司等にたびたび反抗的な態度をとり職場の風紀を乱し、再三の注意をしても改善されることがなかった。」と書いてあったとします。その解雇事由が事実と異なるのは、誰が見ても明らかなのです。しかし会社は就業規則の解雇事由にのっとり、適正な手続きで解雇した、と堂々と言うでしょう。その居直った反論について、当該労働者が異を唱えても、解雇の結果はひっくり返りません。ひっくり返したりしかるべき責任を問うには、心を鬼にした容赦ない「戦い」が必要なのです。
会社側は、労働者がそのような戦いを高い確率であきらめてしまうことを知っているのです。だから事実とは異なる理由を並べ、堂々と嘘や詐術を用い、邪魔者を抹殺していくのです。
この例は、実際に私の身の回りであった話です。残念なことに、同じような話は私の身の回りだけでもたくさん起こっています。
この例だけを見ても、いかに労働紛争における戦いが嘘とだましあい、そして相手の足元をすくうような卑劣な手段に満ちていることがわかるでしょう。加えて、それらの卑怯な行為は頻繁にどこでも行われています。それなのに、「私は会社のような嘘やだましは使いたくない。正々堂々と正しい手段と偽りない態度で臨みたい」などと言っていては、どのような目的も成就できなくなります。
クラウゼヴィッツは「戦争論」の中で「戦争の粗暴さをいとう(嫌がる)あまり、その本質に目をそむけようとするのは、無益な努力であるだけでなく、道理にあわぬ努力でさえある・・・・戦争哲学の中に博愛主義をもちこうもうなどとするのは、まったく馬鹿げたことである。」(徳間書店・淡徳三郎訳)と断じています。
戦いの本質を知り、その現実を受け入れることは、労働紛争において「兵法的戦い方」を用いて目的を達成するための第一歩となります。
相手を知り、己を知ること
「兵法的戦い方」では、「大敗をさけること」が結果の中で最低の条件だと考えます。紛争における最終目的の内容は各人の自由ではありますが、大敗を招くことが明らかな最終目的は、断じて避けるべきでしょう。
労働紛争における大敗とは何か?それは、「現在の収入・将来の見通し・愛着のある職場・穏やかな精神状態を、準備不足や感情的な態度・無計画な勇み足等で失くし、今持っているモノ(車・家・コミュニティ参加権・現在の生活レベルなど)を維持できなくなり、自分や家族の生活環境に深刻な影響を長期間に渡って与えてしまうような敗北」だと私は考えています。
孫武は「孫子」の中で、大敗をさけるためのあまりに有名にして的を得た言葉を残しています。「彼(か)れを知り己(おのれ)を知らば、百戦してあやうからず」(敵を知り己を知れば、百回戦っても大きく負けることはない)です。同段落中では、この言葉の他に、勝利のための5つの条件も併せて挙げています。
己を知ることの意外な難しさ
己を知ることは簡単だと思うかもしれません。しかし今あなたの置かれている現状が、会社と戦う上で有利か不利かという視点で眺めた時、その現状に大きな不安を感じることでしょう。ほとんどのケースで、労働者にとって現状は有利ではありません。勝利に一筋の光すら見いだせないケースも多いのです。
その厳しい現実を直視し、怒りの感情に打ち勝ち、大敗をさけるための行動をとることができるかどうか・・・その点はとても重要です。現状に目をそむけ、相手に対する復讐ばかりに気を取られ、現状のウィークポイントに対する対策を立てないまま突っ走る労働者の方は大変多いのです。
相手は完全に知ることは不可能に近い
クラウゼヴィッツは、「軍事行動が繰り広げられる場の4分の3は多かれ少なかれ不確実性という霧の中に包まれている」と述べています。4分の3の中には、相手にかかわる情報が圧倒的に多いことは間違いありません。
労働紛争では、実際の戦闘と違い、戦う場の地形や天候は考えなくてもいいでしょう。しかし会社側(の経営者)の行動は、労働者に分かりにくいものです。ですから、まずは相手の最終的な目的、つまり腹の底にうごめく思惑を知ることに全力を注ぎます。これさえ分かれば、そこから多くのものを推測できるでしょう。
・・・・まとめましょう。大敗をさけるために、己を知り、相手を知る。己を知るうえでは、現実を直視する勇気を持ち、知った現実からスタートする決意をする。相手を完全に知ることはほぼ不可能であるが、だからと言って知る努力を怠らず、出来る限り情報を集める。集めた情報をもとに多くを推測し、勇気と慎重さを持って次の行動につなげる。あなたのケースにあった対応・戦術を選び取るための、土台となる作業です。
目的を立て、そのための目標をたてる(戦略的思考法)を用いること
いよいよ内容が具体的な戦略的思考段階に入ってきます。戦略的思考を用い、行き当たりばったりの行動をさけることが大きな狙いです。
労働者にとって、労働紛争で無駄な体力をつかう余力など、常に無いと言っても過言ではありません。すべての行動をあなたの望む結果に結びつけるために、「最終目的」を立て、そして最終目的に近づくための中間地点たる「中間目標」をいくつか設定し、優先順位を立て、中間目標を達成する「具体策」を立てます。
私はこの過程を、6つに分けて実践していました。もちろん、この6つの過程を完全にこなせたことは少ないです。労働紛争においても、不確実な要素はたくさんあります。相手の出方など、予想できるものではありません。
しかしこの作業をしっかりとしておくことで、体力の浪費と、状況を不利におとしめるような軽率な行動は避けられます。
目的に多様性を認めること(「勝利」だけにこだわらない)
最終的な目的をどのようなものに設定するかは、各人の自由だと、先ほど書きました。
世間一般の価値観や考えに合わせようとすると、設定しうる目的の範囲は大幅に制限されてしまいます。世間一般の人間が考えそうな最終目的は、目に見える形での「勝利」か、「あきらめ」か、もしくは「自分の心に対するごまかし」だからです。
しかし最終目的は、あなたの心の声に従って決めてもいいのです。あなたの最終目的を左右する要素は、「今まさにその時」の「あなたを取り巻く現状」だけです。
あなたのこれからの職業人としての人生や、あなたの大切な家族の生活・未来に深刻な打撃を与える決断だけ避ける、そのことだけが、あなたの最終目的の自由を制限する唯一の要素です。他人の無責任な、アドバイスという形をとった横やりはほとんど無視します。他人の意見に遠慮して流されても、彼らは一緒になって苦しんでくれることは一切ありません。
ですから、最終目的は、「復讐」でも「被害を最小限に抑えた撤退という名の転職」でも、「労働組合に加入して徹底的に争って経営者に苦汁を飲ます」でもいいのです。その結果が、最終的に敗北であったとしても、給料が少し減っただけでも、今ある地位から降格されたとしても、立ち直れないような深刻な打撃を受けなければ、あなたの設定した最終目的である限り構わないのです。
当ページ参照文献
- 孫子 (講談社学術文庫)
- 戦争論(徳間書店)
- 補給線(中公文庫)