兵法的戦い方(2):紛争期間中の経済的見通しを立てる
「兵法的戦い方」の第二段階である、経済的な見通しを立てる作業を説明します。
どれだけ的確な戦いの目的を立てても、目的を達成するまでに生活費が底を尽いてしまったら、もはや戦いは継続できなくなります。
紛争期間中の生活費の確保について計画を立てることもなく戦いに突入すると、底を尽いた時の被害は甚大です。不本意な就職、家族の絆の崩壊、ローン返済の滞り等、無計画がもたらす不利益は後々まで響くものとなります。
生活費のメドをつける作業は、実に現実的で大変難しく、そのような現実から目を背け、怒りの気持ちを吐き出すためにもとりあえず会社と戦い始める、となってしまう気持ちも分かります。
しかしここでは、設定した目的に突き進み始める前に、経済的な見通しを立てておきましょう。この作業をしておけば、生活費の憂いを持たずに紛争に集中できる期間というものが把握できます。そうなれば心の余裕ができますね。不測の事態が生じても、すでに見通しを一通り立てているので、計画の修正は容易であり、すぐに対応できます。
古来より、歴史上の名将は、経済的な試算や兵站(戦争必要物資・必要活動を必要な場所に送るための活動の総称)を重視していました。あなたも名将になったつもりで、あなたの戦いを支える経済的バックボーンを把握してみましょう。
紛争期間中の経済的見通しを立てることの【役割・意義】
「兵法的戦い方」の最も現実的で具体的、かつ時間を割くべき段階が、この第二段階たる【紛争期間中の経済的見通しを立てること】でしょう。あの代表的兵法たる「孫子」でも、負けないために欠かすことのできない作業だと位置づけられています。
最初に【役割・意義】を述べていきます。その後、具体的な見通しの立て方を述べていきます。ぜひとも精読していただき、あなたの紛争に役立ててください。
会社との泥沼の消耗戦を避けることができ、損失を最小限に抑えることができる
この意義を説明するためには、リアルな現実の戦いから教訓を得なければなりません。
突然ですが、ここで少し考えてみてください。民主主義下において戦争の被害が甚大となったのはなぜでしょうか?意思決定の担い手の数が増えすぎて、様々な利害・価値観にとらわれ、全体としての素早い柔軟な決断ができず、戦いを終結することができなくなった、という側面も原因の一つと考えられているのです。
君主独裁下や中央集権下では、意思決定者と利害関係者は割と少数で利害関係も一致しやすく、戦争による利益が少なくなると彼らの心の中に戦争に対する嫌気が生じ、急速に終戦に向かいました。その結果、被害の拡大が抑えられたのです。
その話は労働紛争においても大きな教訓を与えます。
労働紛争における労働者側の被害は具体的でわかりやすく、即効的ですぐさま実感できるという性質を持っています。そのことが労働者の心の中に激しい怒りと憎しみを生じさせ、目的の焦点が定まらず、合理的な意思決定を妨げます。目に見えて家計や家庭の人間関係が崩れていっても、心の中に生じたマイナスの感情が、現実に起こっている望ましくない出来事にふたをさせ、いつまでも戦いの場から逃れることができず、致命的な敗北へとつながっていくのです。
致命的な敗北・・・・それは間違いなく、「家計の破たんに伴うあなたの心の中の誇りや家族の絆の破壊と・将来設計の崩壊」です。解雇無効が認められたなかった、とか、賃金減額の不当性が認められなかった、とかは致命的な敗北ではありません。
経済的な見通しを推し量っておけば、回復不能の状態に陥る寸前で、戦いから身を引くことができます。また事前の推し量りで我に勝ち目無き場合は、転職や計画的な沈黙などの、戦略的な退避行動を採ることもできます。不当な行為を改めさせられなかったことに対する悔しさは残るでしょうが、何より最も大切なものは失わずに済むのです。
戦いの期間中、するべきことに集中することができる
事前の推し量りは、あなたが戦いに集中できる期間を明確にしてくれます。
会社との紛争期間中は、意外と多くの「行動すべきこと」が存在します。その忙しいさなかに、収支に対するぼんやりとした不安は大きな障害となります。
下に掲載した収支把握のための表や、戦いに専念できる期間を示した計画図は、あなたの頭の中の不安を和らげてくれるでしょう。
経済的見通しの具体的な立て方
経済的見通しの具体的な立て方は、それぞれの方が抱える紛争の特徴によって様々に異なります。しかし、おおかた下の4段階の順序で立てていくことになります。
- 第一段階:定めた目的を実現するための「手段」を全て挙げ、各手段に要する日数を把握する。
- 第二段階:戦いの最中の収入が減ることが予想されるならば、代替収入のメドを立てておく。
- 第三段階:貯蓄・代替収入でどれだけの期間を戦いに費やすことができるか?を把握し、「第一段階」で挙げた手段の中からその期間内に利用できる手段を選ぶ。
- 第四段階:会社側がどのくらい真剣にこちらの主張に対抗してくるかを予測し、勝算を予測。いったんここで、戦い継続するか否かの決断をしておく。
経済的な計画を周到に立てることの究極の狙いは、致命的な打撃・敗北をしないことにあります。勝つことは最も望ましい事でしょうが、それ以上に最も狙うべきことは、再起不能の打撃を避け、以後に続く人生に深刻な影響を残さずに紛争を乗り切ることなのです。
では経済的計画の各段階を見ていきましょう。
第一段階:定めた目的を実現するための「手段」を全て挙げ、各手段に要する日数を把握する。
あなたの目的を達成するための手段として、考えられるものを挙げましょう。
「民事調停」「あっせん」「労働審判」「裁判」「労働組合の利用」「労働基準監督署への申告」などがあります。
それだけを利用して、それだけで解決する場合もあります。いくつかを利用して、目的を達成できる場合もあります。
あなたにとって敷居の高い手段であっても、目的達成のために利用することが考えられる手段は、利用する可能性がゼロではないと考え、その手段の特性や要する日数、費用等を把握しておくのです。
後で実際にあなたが労働紛争に集中できる期間を割り出した時に、その期間の範囲内で利用できる手段を選択することになるのですが、その選択の際にここで行った下調べが役に立ちます。
第二段階:戦いの最中の収入が減ることが予想されるならば、代替収入のメドを立てておく。
平時と同額の収入額であれば、この作業は必要ないかもしれません。しかし、紛争最中は何が起こるかわかりません。少しの出来事でも収支に影響が出てきます。
会社と戦いを始めたことにより社内での居場所がなくなり、(イジメや嫌がらせが原因等で)休職や退職を余儀なくされるかもしれません。紛争の原因が賃金の減額である場合は、戦いに決着がつくまでは、減額された金額で生活しなければなりません。不当な解雇の場合であれば、今までの給料収入を一気に失ってしまうこともあるのです。
ローン・子供の学費等を支払うためにギリギリの生活を強いられている人にとっては、ほんの2~3万の減額でも、健全な家計の運営に大きな打撃を与えます。
紛争になって、支払いの危機が生じてから考えていては遅いのです。その時になれば労働者だけでなくその家族にもパニックが生じ、戦いの継続が不可能になるほどに戦意を喪失してしまいます。
銀行の通帳のような図を使い、「○月○日に○○円入金」「○月○日に○○円支出」と見やすくまとめていくと分かりやすく、現在~未来のかけての収支がハッキリしない不安からかなり解放されます(下表参照)。
このような収支と残高を把握するための表は、パソコン上の表計算ソフトがあれば簡単に作ることができます。表計算ソフトが無くても、銀行通帳等の書式を参考にして、自分で電卓で表を作成していくことができます。
この表を作ることの目的は、あくまで収支のメドをたて、不安定になりがちな紛争中の家計に、一定の計画性と透明性を与えることです。
将来の予定の収支についても、できる限り記入しておきましょう。額はおおよそでいいのです。特に失業保険を頼りに紛争に入る方は、失業保険が最初に支払われる正確な時期とその額、そして支払いが終わる時期を、はっきりとした時点ですぐに記入します。
賃金が減額された状態で在職しながら戦う場合は、代替収入は貯蓄の切り崩しがメインとなる。いくらまで切り崩すことに耐えられるか?を家族と話しあっておく。
在職しながら戦う場合、収入の減少はそれほど大きくないでしょう。この場合貯金の切り崩しが代替収入となるでしょう。
貯金の切り崩しによる収入は、支払い時期などの制約もなく、必要な時にいつでも手にすることができます。しかし切り崩しをし続けることは、心に大きな不安とネガティブな感情を引き起こさせます。それが紛争に対する嫌悪感をいとも簡単に生じさせるのです。
どのくらいの額まで切り崩すことに精神的に耐えられるか?は人・夫婦間・家族間によって差があります。ですから紛争期間中の収入補てんを貯金の切り崩しで考えている場合は、戦いになる前の家族会議で、いくらまで切り崩すかをはっきりとさせておく必要があります。
そしてその額を超えそうになったら、機械的に淡々と、次の職場に移行する準備にとりかかるのです。このタイミングを知る上で、上の表と下の図による視覚的な把握が大変役に立ちます。是非とも取り組んで欲しいと思います。
不当な解雇等で給料がもらえなくなった場合は、失業保険やアルバイトの収入がメインとなる。金額が振り込まれる時期も明確にしておくこと。
解雇等で給料収入が一切途切れた場合は、アルバイト・失業保険の収入がメインとなるでしょう。これらの代替収入は、あなたの都合のいい時に支給されるものではありません。そこで、先ほども少し触れましたが、これらの収入を頼りにする場合は、支払われる金額・時期を正確に把握し、そのうえで家計の計画を立てることが極めて重要となります。
失業保険(本当の名前は「基本手当」。ここでは「失業保険」と呼びます)を頼りにする場合、アルバイトとの併用はほとんど望めません(例外あり)。失業保険には、アルバイトをした場合基本的に申告が必要となり、一定の額が減額されてしまいます(申告をせずに失業保険を受け取った場合、その額の三倍を返済しないといけません)。
失業保険は、会社を退職してからハローワークに所定の手続きをし、一定期間を待って初めて支給されます。その点も正確に調べ、支給日を把握しておく必要があります。ハローワークに行って説明を聞けば、支払われる時期と額はおよそわかります。
失業保険の金額では生活が厳しいため、あえて失業保険はもらわずアルバイトでしっかりと稼ごうという方は、そのような前調査は必要ないかもしれません。しかしその場合でも、アルバイトから給料が支給される日、国民健康保険料の支払い代金くらいは正確に把握し、表上の計画に組み込むべきでしょう。
第三段階:貯蓄・代替収入でどれだけの期間を戦いに費やすことができるか?を把握し、「第一段階」で挙げた手段の中からその期間内に利用できる手段を選ぶ。
まずは簡単な図を描き、ターニングポイントとなる日を把握する。そして紛争に専念できる期間を割り出す。
代替収入のメドと、使用可能な貯蓄量を把握したならば、一か月の現実的な支出を打ち出します。そうすればどれだけの期間仕事をしないで会社との戦いに集中できるか、がわかります。
忘れないで欲しいのは、転職するための準備も計算に入れておいて欲しい、ということです。年齢や、仕事を選択する時にこだわるか否かにもよりますが、次の職場を探すのに1~2か月、そして働き始めてからその職場でしっかりとした給料をもらえるようになるまでまた一か月の期間がかかります。
例えば、貯蓄と代替収入を考慮すると、7か月の期間戦いに集中できるとします。しかし転職の可能性も視野にいれたらならば、真に戦いに集中できる期間は4か月、ということになります。下の図を見てください。
紛争期間が経過するにしたがって、上の図内の日付も正確に判明します。判明したらその都度書き直していき、その日付が現実に来たら引き伸ばしなどはせずに、予定通りの行動に移ります。
割り出した期間内で利用できる解決方法を選択する。
さてここで、第一段階で下調べをした各種解決手段の解決までの所要日数を再び見ます。あなたが紛争に費やすことのできる期間は何日でしょうか?その日数の中で利用できそうな手段を選択してみましょう。
解決手段の中には、別の仕事をしながら利用出来るものもあります。そのことを考慮に入れて、あなたの目的を達成する上で最も有効であり、もしくはあなたが利用するうえでハードルが高くない手段を選びます。
第四段階:会社側がどのくらい真剣にこちらの主張に対抗してくるかを予測し、勝算を予測。いったんここで、戦い継続するか否かの決断をしておく。
ここからは、会社の出方・本気度を予測する段階となります。相手の事ゆえ、把握することは一層困難となりますが、ぜひとも時間を割きましょう。
この紛争に対する会社の本気度は、使用者の日頃の言動から推測できます。
労働基準監督署に申告をし、臨検・指導が入ってもなお不当な行為を改めず、かつ申告した労働者を抹殺しようとしてきた場合、使用者の紛争に対する姿勢は最高に厳しいものと考えられます。労働裁判・労働審判という手段をとっても、なお態度を改めない使用者は、「裁判も辞さない」という考えを持っている可能性が高いでしょう。
この二つの事例における使用者の本気度はかなりのものです。こちらもすべきことはしっかりとして、相当の覚悟と勇気で臨まなければなりません。正当な手段のみならず、嫌がらせなども繰り広げらえる可能性があります。こちらも、徹底的な準備と反抗をしていきます。
ここまでの作業で把握したあなたの戦闘力と、会社の紛争に対する本気度を比較し、勝算を考えてみましょう。不安であるのは仕方ありませんが、とてもできない、とても乗り越えられない、と感じたならば、この戦いから身を引くことも考えてみてください。
それは負けではありません。多大な経済的・精神的損害をこうむる可能性の高い戦いを、勇気をもって見送るのですから。悔しさのなかで身を引くことがどれほどに辛く勇気のいることでしょうか?その、最も勇気のいる決断をした自分を責めることはやめて、次の世界で再スタートを切るための準備に心血を注ぎましょう。
撤退する場合、経済的な推し量りのなかで判明した期間は、次の仕事への就職と順応の期間に充てればよいのです。一連のトラブルで疲れた心を癒す期間に充ててもよいでしょうね。そうすれば、戦いのために注いだ今までの時間も、無意味な時間でなくなります。
当ページ参照文献
- 孫子 (講談社学術文庫)
- 戦争論(徳間書店)
- 補給線(中公文庫)
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