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ブラック企業に泣き寝入りしないため「原因と対策」・まとめ

 なぜブラック企業との戦いでは労働者側が一方的に泣き寝入りして終わってしまうのでしょうか?それには明確な原因があります。私たちは事前に原因を知ってその対策を頭に入れておけば、この不合理な現状を打ち崩すことができるでしょう。その主な原因とは、以下の4つです。

 このページを見ている人の多くは、今この瞬間何らかの職場上のトラブルに巻き込まれている人だと思います。

 そうであれば、上に挙げた4つの原因を自分の今置かれた状況にあてはめてみて欲しい。また、周りの同僚がブラック企業の違法な行為に苦しんでいる、という人も上の原因を考えてみて欲しい。

 厳しい意見ですが、周りで何も助けになってくれない同僚は加害者も同じです。少なくとも私は己の戦いの最中にそのように感じました。見て見ぬフリを決め込む周りの同僚らの態度に、会社に対する怒り以上の怒りを感じました。

 よって、当事者ではないけど同僚が苦しんでいる、という人も、当カテゴリーの記事をしっかり読んで、ささいなことでもいいから彼らの為にしてやれることをしてあげるべきであります。 熱いメッセージも読んでください。

 泣き寝入りを防ぐための第一歩は、泣き寝入りの原因を皆が知ることです。そして、そのための対策を知り実行に移す・・・。いつも時代も、問題解決の王道ですね。さあ、泣き寝入らないための行動を始めましょう!

ブラック企業が開き直り、嫌がらせをしてくる

 労働者が反発・反論しても会社は相手にしない。無視したり、不利益を加速させ、会社に居づらくしたり、脅してくる。これはサラリーマンをしたことがある人ならば、誰でも見たり聞いたりしたことがあるのではないだろうか?

 会社の経営者は、会社を自己の所有物だと思っている。そんな中で反発をすれば、嫌がらせ等でたちどころに雇用上の安全を脅かされることになる。

 公務員でも同じである。権利を主張することで組織内での慣れきった「日常」を乱す者は、たちどころにのけ者にされるのである。組織不適合者として。

労働基準監督署が動かない

 労働基準監督署を、苦境におちいった労働者を助けてくれる「正義の味方」などと考えていると失望することになる。彼らは弱いものの味方ではない。彼らは、「労働基準法違反を監視する」責務を負った公務員なのだ。

 情けや愛を基本として活動しているわけではない。職責を全うすべく仕事上の義務を果たすために働いている人間がほとんどなのだ。であるから、決められた範囲外の行動などとってくれるはずもない。

 過大な期待は大きな危険を生む。その危険(失望)は、戦う決意すら鈍らせてしまう。

弁護士の助言が消極的で依頼を受けたがらない

 労働トラブルといえば相談先は弁護士だが、相談以外は相手にしてくれない。依頼に応じてくれたとしても、金銭的な負担が労働者を苦しめる。

 彼らは自分の事務所の経営に躍起になっている。「依頼料は大根やお米で・・・」などというテレビドラマのような話はなかなか存在しない。

同僚らが見て見ぬフリをして助けてくれない

 泣き寝入りの原因として、会社側からの脅迫に次いで最も脅威となる原因が「同僚からの冷たい態度」である。

 皆自分がかわいい。自分の生活を守りたい。慣れ親しんだ職場環境を守るためなら、会社内の友情など容易に切り捨てるのである。

 使用者と関係が悪化し、いがみ合うのは意外と耐えられる。しかし同僚らから冷たい態度を取られるのは、本当に辛い。それははっきり言ってイジメといってもよい。

最後に。立ち上がった人へ。それを周りで見ているあなたへ。

決断により苦しむのは貴方自身。あなたの心の底からの声に従って決断をするべき

 社内での立場を守りながら闘い続けるのは実に難しく、タフな精神力を要求される。そのうえ労働組合結成も苦しい。同僚たちも見て見ぬフリになってしまうのでしょう。

 私はその現実を「しょうがない」「それが社会の現実だ」と片付けてしまうのはいかがなものか、と思うのだ。なぜなら、周囲の意見に流されたところで、彼らは泣き寝入り後の不利益や屈辱を、少しも分かち合ってはくれないからだ。

 どうしてそのような無責任な周囲に合わせる必要があるのか?あなたの人生なんだ。あなたの考えで動くことが必要なのだ。決断をして笑ったり泣いたりするのはあなたなのだ。彼らではない。

手を差し伸べる勇気や気概も無い人間は、勇気を出して立ち上がった人間の心に追い打ちをかけることだけはするな!

 皆が勇気を出して一斉に立ち上がるなら、不当な行為をし続けることはできなくなる。自分のことでなければ関係無い、波風を立てる人間は社会不適合者だ、という一面的な考え方はやめるべきである。

 「不当な扱いに対しては誇りを持って対抗しよう」、と言うと必ず、「大人になれ」「社会とはそういうものだ」「経営者にも事情があるのだ」と言う人間がいる。

 恐らく彼らは自分が不当な扱いをあまり受けたことが無いか、今の自分の居場所にそれほど不満が無いのだろう。若しくは、自分に限って、間違っても紛争のターゲットにされることはない、と思い込んでいるか・・・。

 社会とはこういうものだ、という考えは、現状を改善することを面倒くさいと思っている人間の考えでもある。自分の居場所に満足していて見て見ぬフリの人間は、いざ自分がそのような立場になるまで、ターゲットにされた人間を思いやるどころか、暇つぶしの話題にして面白がる。「自分はターゲットにされることはない」と考えて安心している人間は、経営者の考え如何によって左右されてしまう、極めて不安定な立場にいることを分かっていない。いや、分かろうとしないのだ。

 そのような人間に、加勢して手助けしてやれ、などと言うつもりは毛頭無い。ただ、勇気をもって立ち上がった人の心に水を差すのだけは最低限するな、と言いたい。

 見て見ぬフリを決め込む行為は、冷酷な経営者と同じ行為であると考える。まして追い詰められた人間に追い打ちをかけるのは、悪魔の行為だ。その行為は、今学校内で問題になっている「イジメ」と何が違うのか?

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