労働協約による不利益変更との戦い方~「拡張適用」とは?
ブラック企業と労働組合の合意による不利益な内容の効力が他の組合員や非組合員に及ぶのか?の問題(拡張適用の問題)について、当該事例に対抗するための基礎知識を説明するページです。
どういった場合に拡張適用になり、どういう結果となるのか? ~拡張適用の要件と効果
労働協約によって労働条件が切り下げられる場合には、以下の2つのケースが考えられましたね。
- 労働組合法第16条のケース・・労働契約で定めた労働条件より不利な労働協約の成立により、労働条件が不利益に変更される場合
- 労働組合法第17条のケース・・労働協約の拡張適用により、組合員以外の他の労働者にも不利に合意された労働協約の効力が及び、労働条件が不利益に変更される場合
このページでは、一般的な労働組合法第17条のケース(拡張適用のケース)を見ていき、その後に非組合員・少数労働組合の組合員への拡張適用の効果の影響の実際を見ていきたいと思います。まずは労働組合法第17条を見ていきましょう。
『一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。』
条文の内容は難解な言葉もありませんがあいまいな個所も多く、議論があります。以下でそれぞれの箇所について見ていきましょう。
どのような場合に拡張適用となるのか? ~拡張適用の要件
『一の工場事業場』の詳細
『一の工場事業場』は、条文通り「一つの作業場」や「一つの工場」と判断すべきとされています。つまり、「一つの作業場」や「一つの工場」で4分の3以上かどうかを見る、ということです。
もし第17条の条文を大きくとらえ、『一の工場事業場』を「会社全体」ととらえるならば問題が発生します。会社全体では4分の3以上の多数労働組合であっても、ある事業場では少数組合であるケースです。このケースで『一の工場事業場』を「会社全体」ととらえたがため拡張適用をしてしまうと、その事業場の多数労働組合の組合員にも拡張適用がなされてしまいます。それでは多数労働組合の組合員の利益を無視する結果となってしまいます。
『常時使用される』の詳細
常時使用される・・・となると、日雇い労働者やパート、アルバイト、臨時雇用の労働者はどうなるのか?という問題が出てきます。
裁判例では、『本条にいう常時使用される労働者とは、当該事業場等において常時的に必要とされる労務のため雇用されている労働者を意味する』(宇都宮地・昭40・4・15)と判じています。
しかし他の裁判例では、雇用期間が2か月であっても、2か月ごとに労働契約が更新され、雇用期間が長期にわたっており、かつ他に日雇いの労働者がいる場合は、「常時雇用される」にあたる、とされた例もあります。
つまり、外見上の形式にとらわれることなく、実質的な状態で判断すべき、というのが主な考え方です。
『同種の労働者』の詳細
「同種の労働者」となるか否かは、労働協約の定めた適用範囲によって基本的に判断されます。
たとえばある労働協約が、事務職労働者を対象とせず、製造作業労働者のみを対象としていた場合は、事務職労働者と製造作業労働者とは「同種の労働者」にならないと言われています。逆にある労働協約が、事務所労働者と製造作業労働者を対象としていた場合は、「同種の労働者」にあたることになります。
『四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは』の詳細
ある労働協約がその労働協約単独で一つの事業場にいる同種の労働者の4分の3以上に対して適用される場合に、はじめて拡張適用されることになります。
例えば、その労働協約とまったく同じ条件で働いている非組合員の労働者などは、いくら同じ条件とはいえ「4分の3」の数字に参入されない、ということです。
拡張適用になる条件を満たしたらどうなるのか? ~拡張適用の効果
拡張適用の条件を満たしたら、どのようになるのか?それは労働組合法第17条のように、「当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用される」ことになります。
効果が及ぶ範囲は、労働協約の「規範的部分」のみです。「規範的部分」とは、各個の労働者の労働契約に優先して効力を有する部分のことです。そしてこの効力は、各個の労働者の労働条件に対して有利にも不利にも及びます[労働協約による不利益変更との戦い方~組合員に効力は及ぶ?参照]。
・・さて拡張適用の効果によって、非労働組合の組合員にも効力が及ぶのでしょうか?また、少数労働組合の組合員にも効力が及ぶのでしょうか?以下で見ていきましょう。
非組合員・少数労働組合の組合員への拡張適用の効果の影響
以上では拡張適用の効力を見てきました。ここでは、現況より不利な条件での労働協約の効力が「拡張適用」によって組合員でない労働者や少数労働組合の組合員に効力を持つのかを見ていきましょう。
非組合員への効果の影響はどうか?
原則として労働協約の拡張適用はありません。
裁判例は、『当該労働協約を特定の未組織労働者適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできない』(最高裁・平8・3・26)と判じています。つまり「著しく不合理であると認められる特段の事情」がある時は、拡張適用は認めない、ということです。
では、「特段の事情」の有無はどのように判断すべきでしょうか?この判断基準について、同裁判例は、『特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度、内容、労働協約が締結されるに至った経緯、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし』としています。つまり、それぞれのケースによって判断せよ、と言っているのです。
よって、明確な基準があるわけではありません。ですから、非組合員の労働者が、労働協約の拡張適用による不利益変更の効力を争うときは、その労働者の置かれた状況に照らした不合理性を明らかにしていくことになります。
少数組合の組合員への効果の影響はどうか?
基本的に、少数労働組合の組合員に対して拡張適用の効力は及びません。理由としては、少数組合の個別の団体交渉権上の立場・権利を侵害することになるからです。
実際、このケースに関する多くの裁判例は、労働協約の拡張適用の効力が及ぶか否かについて判断が分かれています。しかし効力が及ぶと判断した裁判例においても、少数労働組合のより有利な労働条件部分については拡張適用の効力が及ばない、としているのが大勢であります。
当ページの参照文献
- 『労働法 第9版 (法律学講座双書)』
- 『イラストでわかる 知らないと損する労働組合活用法 (Illustrated GuideBook Series)』
- 『労働相談事例集―実務者必携』(労働問題研究会)
- 『最新重要判例200 労働法』
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