ブラック企業との交渉におけるハーバード流交渉術のススメ
このページでは、感情的で攻撃的・かつだまし合いや汚い手段が横行するブラック企業との交渉の場において、なぜあえて問題共同解決型の典型例たる「ハーバード流交渉術」をすすめるのか?について説明していきます。
私も最初は、ブラック企業相手の前では、穏健と言われるハーバード流交渉術は無力だと思っていました。しかしそれは大きな思い違いであり、そのシンプルさからくる強さに何度もうならされました。皆さんにもその時の気づき・驚きを少しでも伝えることができたら、と思っています。
書店に行くと、数多くのビジネス書の中に、「交渉術」を取り上げた本はたくさんあります。しかしなぜ、それらの中からまず先に「ハーバード流交渉術」をすすめるのか?その理由としては以下の3点が挙げられます。
- 「相手と問題を共同で解決していく」という姿勢が徹底している
- 交渉術の内容がシンプルで細密でないため、交渉の専門家でない私達にも使いやすい
- 問題解決の最終基準を客観的な基準としているため、法律をもとに戦う労働紛争の交渉において最適である
各理由について、以下で詳しく論じていきたいと思います。
「相手と問題を共同で解決していく」という姿勢が徹底している
「共同で問題を解決」する姿勢が、最も望ましい結果を生む
「ハーバード流交渉術」全体を貫いている大きな思想の一つに、「相手と問題を共同で解決していく」というものがあります。実はこの考え方は、労働紛争を最善の過程・結果で解決するために最も必要とするものなのです。
ともすれば、労働者と経営者・会社との戦いは感情的で激しく憎しみ合い、裁判や労働組合闘争で決着をつけるしか手が無い、と考えられがちです。
理論的で攻撃的な弁論で会社側の自論や詭弁を論破し、圧倒して屈服させることは、はた目に見ていても痛快で、胸のすくものかもしれません。
しかしその方法が後の会社生活で最も良い結果をもたらすかと考えたら、それははなはだ疑問が残ります。
当サイトでよく登場する老子の言葉「大怨を和すれどもかならず余怨あり」(大きな怨みの伴うトラブルについて和解しても、怨みは完全に消えない、という意味)。それは、労働者が会社側を圧倒し撃破した場合も同様です。
「そんな!先に手を出してきたのは会社側の方ではないか!私はただ、やり返しただけのことだ」という声が聞こえてきそうです。しかしそんなことは関係ありません。激しい憎しみ合いをした両者(特に敗北した方)は、必ず心の中に”しこり”を残すのです。
怨みを残した経営者は、以後続く日常の中で、事あるごとにこの労働者に他の同僚と違った扱い(差別的取扱い)をするでしょう。それは平穏な職場生活が危機にさらされることを意味します。そして労働紛争勝利後、新たな対策を立てないといけません。
激しい闘争を経なければ解決の糸口すらつかめない紛争形態ならば論破交渉を展開するのも致し方ないですが、対話による解決の可能性が残る場合、ハーバード流交渉術の考えを見習うことは大きな価値があります。
経営者を完全に敵に回さないため、かえって話がまとまりやすい
対話による解決の可能性がある場合、心の中で「ハーバード流交渉術」を参照にしつつ、会社側の交渉担当者と共同で話し合いをしたい旨を伝えると、相手はきっと驚くことでしょう。
そこに今までの労働紛争の交渉過程と違った可能性が生まれてきます。「激しい闘争」から、「常に問題解決を模索し続ける共同作業」への転換の可能性が生まれるのです。
「そんなにうまくいくものか!」という声が聞こえてきそうですね。しかし今までと違った行動をしなければ、招く結果は「憎しみ合いの紛争解決過程」だけでしょう。会社側に共同解決型交渉で臨んでくることを期待するのは空しいですね。ならばこちらから行うのです。
少人数の会社であれば、経営者は労働者にとってなじみの人間である場合が多いでしょう。互いに笑いあったこともあっただろうし、相手のプライベートのこともある程度知っている可能性があります。そのような関係の中で、片方が「この問題を共に解決したい」と真剣に歩み寄ってきたら、それをむげに拒絶できるでしょうか?
逆に考えてみましょう。今まである程度気心が知れた間柄だったのに、労働紛争になった瞬間、激しい議論を戦わすことができるでしょうか?できるかもしれませんが、今まで培った人間関係(いい思い出も嫌な思い出も含める)があるがためにかえって憎しみが増し、関係は破たんしてしまう恐れがあります。
関係が完全に破たんしてしまうと、その後の対話による合意の可能性はほとんどなくなり、裁判などの強制的で手間な手段でしか決着がつかなくなります。その事実は、労働者の生活を大きく脅かすでしょう。
交渉のし始めから「ハーバード流交渉術」を参考にすることは、対話による解決の可能性を常に残しつづける、という結果を生みだします。
シンプルなため、交渉の専門家でない私達にも使いやすい
WIN―WIN型交渉の典型として、シンプルで単純
さきほども述べたように、「ハーバード流交渉術」は、両者が納得のできる解決案を共に模索するスタイルを取ります。つまり、よく言う「WIN―WIN」の状態を目指す交渉術なのです。
そして数多くのWIN―WIN交渉術の中で、この「ハーバード流交渉」が最もシンプルで明快・単純な交渉術だと私は考えています。
シンプルで明快・単純、ということは、その交渉術が使いやすい、ということです。
私たちは交渉の専門家ではありません。そして労働紛争になった時でも、交渉術の練習ばかりをしているわけにはいきません。労働法の勉強、職探し、従来の職場でいつも通りの仕事をこなさなければならない・・・・。複雑な交渉術を学び、練習する時間などほとんど無いのです。
「ハーバード流交渉術」には、4つの心がけるべき原則があり、それらを理解した後はあなたの事例に応用していくだけです。そして細かくて複雑なテクニックが少ないため、小手先の失敗をしても、交渉全体を通して発せられた「4原則にのっとった言動・姿勢・配慮」によって小さい失敗など十分取り返しができます。
労働組合の交渉者等は、この交渉術を基本にして他の交渉術でスキルアップを
他の交渉術は少々複雑で技巧的ですが、おおむね「ハーバード流交渉」を基本とすることができます。
細かくて技巧的、ということは、それらの交渉術伝授書は「マニュアル」の性質が強い、ということです。マニュアル通りに事を進めるのが安心だと考えるタイプの方は、これらの書籍を一読するといいかもしれません。「ハーバード流交渉術」はマニュアル本というより、交渉術の理論書、といった感じです。
ハーバード流交渉で交渉術の一つの形を学んだあとは、これらの書籍に駒を進めるのもいいかもしれませんね。これから交渉をたくさんしそうな立場になった方(労働組合を立ち上げた人、紛争解決の仕事を志そうと考えている人など)は、多くの交渉術の教書を読み、自分なりの方法を模索すると、交渉の場で自信を持って臨むことができるでしょう。
問題解決の最終基準を客観的な基準としているため、法律をもとに戦う労働紛争の交渉において最適である
「ハーバード流交渉術」の切り札は”客観的基準”
「ハーバード流交渉術」は、相互協力型の交渉スタイルをとるため、傲慢で敵対的な交渉相手に強気の交渉ができない、と誤解されている方も多いと思います。
しかしこの交渉術にも、強力な切り札があります。それは、第四の原則たる「客観的基準の強調」です。
なぜこの第四の原則が強力な武器になるのか?それは、交渉における灯台の役割を果たすからです。
こちらの譲歩も全く意に介さず、強引に自分の望む結果に持っていこうとする相手であっても、常に客観的基準を拠り所として交渉を進めていけば,相手はあなたの主張を完全には無視できなくなります。相手の詭弁や脅しに我の主張や意図が混乱させられたとしても、客観的基準をモノサシとして合意しようとしている内容を吟味し整理すれば、不条理な合意で後悔する確率を減らすことができるのです。
労働紛争の過程で学んだ労働諸法令は”客観的基準”となるため、ハーバード流交渉術をそのまま応用できる
労働紛争の渦中であなたが学んだ労働法の知識は、そのまま客観的基準となり得ます。この点こそ私が「ハーバード流交渉術」をすすめるもっとも大きな理由であります。
決して楽に得ることができない労働法の知識を、交渉術全体を貫く切り札的な原則の基本知識として活かすことができる・・・。そのことは、あえて勉強に取り組むうえでの大きな動機付けとなるでしょう。
会社側は、「会社内での力関係・立場」という、我々にとって最もどうすることのできない点で追い詰めてきます。ならば私たちは、会社側がどうしてもひっくり返すことのできない「法律」(客観的基準)を盾にして、交渉(紛争)の全期間を戦うことで対抗するのです。